第28話 ~深緑の世界~
地球と別の世界を隔てる窓に飛び込んだ瞬間、俺の意識は眩い白だけが存在する世界に飛ばされた。
定命の者から神と称される絶対者だけが潜む謎の空間。
一種のあの世とも取れる場所で俺は一瞬虚空を睨み上げるが、サディスト気取りのアホの玩具にならないために黙って歩を進める。
「どこかに隠れて高みの見物か、畜生がよ」
いないはずがない。 確実にこちらの様子を窺っていると、咄嗟に広げた俺自身の魔力が、全身に広がる痛みと共に何者かの存在を耳元で囁く。
「どうせこれも……、奴の嫌がらせなんだろうな……」
何者かの視線を探るこの瞬間にも、頭から背筋を伝い、骨盤を終点とする激痛の連鎖は、膝をつきたくなるほどの絶望を俺に叩き付けてくる。
しかしそれでも、俺は微かにリーリアの魔力の痕跡を感じる方向へ足を踏み出し続けた。
「あの子を止めるんだ……、惨い目に遭わされる前に……」
見知った誰かが危険を冒そうとするのを黙って放っておけるほど、無責任でも冷血漢でもない。 無意識のうちに地を這うような無様な姿勢になってでも、消えつつある彼女の痕跡に縋り付く。
「頼む……、あの子のそばに居させてくれ……」
既に何度も経験した通り、元の世界へ蹴り出されるのが関の山だとしても、ほんの僅かな可能性にかけて手を伸ばした。
「……っ!?」
その瞬間、途轍もなく強大な何かが俺の背中にそっと触れるのを感じると、今まで眩しくて堪らなかった世界が一転して闇に包まれる。
「何がどうなって……うぉ!?」
状況を把握するために試しに一歩出てみたところ、何かに足を引っかけて思い切り滑った挙げ句、したたかに顎を地面に打ち付けた。
闇の中をどたばたと忙しない残響が響き、やがて真っ暗だった空間に光が灯る。 いつも遠くから見ているばかりで、決して辿り着けなかったリーリアの部屋の中に。
そう、いつの間にか俺は地球ではない別の世界にいた。
「レイジ君!? どうやってこっち側に……」
「俺が聞きたいよ、散々門前払い食らわせてきた癖にいきなりどうなってるんだ」
今までどれだけ試しても行き来が許されなかった俺が窓を越えている現実に、リーリアは一瞬だけ驚きの表情を浮かべるが、すぐに冷静になって周辺を見渡すと、窓にかかった全てのカーテンを手早く閉じていく。
「リーリア?」
「ごめんなさい、貴方の姿を誰かに見られてはいけないから」
俺からの問いかけにもそこそこ返すに留め、彼女はタンスの隅から引っ張り出した種らしき何かを握ると、俺には全く分からない現地の言葉による呪文を唱えながら、俺の胸に軽く拳を押し当てる。
――刹那、リーリアの魔力に晒されて発芽した種の内部から幾筋もの太い植物の触手が溢れ出し、俺の身体に巻き付いてきた。
「うおおおおお!?」
「大丈夫だから落ち着いて、別に取って食おうとしているワケじゃないから」
問答無用に絡みついてくる蔦やら茎やらよく分からない物を咄嗟に払いのけようとするが、全く動じないリーリアの態度を見て、俺は内心不満を抱きながらも大人しく為されるがままになってやる。 すると、俺の全身を覆い尽くしたそれは溶けるように表面の成形を開始し、鎧のように姿を変えていく。
「これは……」
「一緒に来るつもりなら、ここでは植物を使って作られた魔法の人形のふりをして。 絶対に中身を見られたり喋ったりしたら駄目よ。 もし絞殺病を患ってない大人の男がいるってバレたら……」
「バレたら?」
「死ぬまでここ一帯にいる住人達の共有資産にさせられるわ。 良かったわね、モテモテになれて」
「勘弁してくれ、ハーレムなんて与えられて喜べるほど単純で下劣な品性は持ち合わせていない。 それに……」
「それに?」
「自分すら幸せに出来ないのに、数十数百の嫁さんを幸せに出来るほどの甲斐性なんて俺にあるはずないだろう」
手や足、その他身体中の可動部の調子を確認しながら、俺は正直な感想をリーリアに聞かせてやる。 単なる友人関係の構築すら面倒に感じる俺が、ハーレム内のマネジメントまで押し付けられたら、比喩でも無く気が狂って逃亡しかねないだろう。
もっとも、俺の返答の全てに納得出来なかったのか、リーリアはムスッと不満げな表情をしてそっぽを向いてしまった。 理由は全く分からなかったが。
「……まぁそれはそれとして、早くここを離れましょ。 私だって貴方とここでお喋りをするためにワザワザ帰ってきたワケじゃ無いんだから」
本来の目的を果たすべく、リーリアは周囲を警戒しながら外へ飛び出すと、分厚く無骨なデザインをしたナイフを片手に、軽く手招きをしてくる。
それに従って、俺はリーリアが住まう小屋から表へと足を踏み出すと、元の世界では決して見られないような景色に圧倒されてしまった。 視界の先に広がるは、樹齢がいくつあるのかも分からない巨木が無数に林立する深緑の世界。
「ようこそ、私の故郷“ヴェレス”へ。 貴方の世界と相反する弱肉強食の世界へ」
思わず立ち尽くして周囲を見渡す俺に、リーリアは何故か胸を張る。
完全な立場の逆転に軽い優越感を感じているのか、その表情は妙に嬉しげだった。
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