第24話 ~未知との邂逅~

「リーリア、運ぶように言われていた家具は動かし終えたぞ」

「ありがとう。 貰った魔導絡繰と魔力を繋ぐ作業は私がやるから、レイジ君は休憩していいわよ」

「そうさせて貰うよ。 慣れない環境だとやたら気が張って疲れるからな」


 仮の住居として与えられた魔法のアパートで生活の準備が整い、壁に背をもたれかけながら胡座を組んだ俺は、何気なく天井を見上げてため息をついた。


 視線の先では、棚に入りきらなかった分の日用雑貨が浮き上がり、天井の隅を収容空間代わりに納まっている。


 複雑な物理演算が搭載されたゲームのバグを疑うような狂った光景だが、これがお遊び空間では無く現実で起こっていることなのは、今さら間違いようがない。


 ないのだが……。


「落ちてこないって頭では分かってても、気は休まらないもんだな」


 支えとなるものがない空間で、どうやって物が位置を固定化されているか分からず、俺はただ頭を傾げるばかり。


「実際に手に取れる距離感で見るとますます凄いもんに見えるな、魔法って奴は」

「そうかしら? 全てを理屈で理解できるようにする科学の方が、どっちかといえば私は信頼に足りる存在だと思うわ」

「魔法を利用して発展してきた世界出身とは思えない発言だな」

「貴方と同じで、私も違う世界の視点や常識を知ってしまったから」


 俺からは全く見えない魔法の流れがあるらしい場所へ、魔導絡繰の魔力吸気口を並べながらリーリアは笑う。


 もっとも、違う世界や異界人の存在を知って常識が変わったのは彼女ばかりではない。


「普段見慣れないものが優れて見えるってのは万国共通なんだな……。 俺から見れば、着の身着のままで超常の力を扱える方が凄いと思うぞ。 身一つ動かさず唱えたり念じるだけで別の物に干渉出来るなんて、一体何をどうやってるんだ?」

「う~ん、どうやってるって言われても……。 遠くの物をちょっと動かすくらい私の世界なら赤ん坊でも出来るし……、呼吸のやり方や心臓の動かし方を聞かれているような気分だわ」


 可能であれば自分でも魔法の類いを使ってみたいという夢を隠しきれず、一縷の望みを賭けて問うた言葉を叩き潰す軽い返事。 内心それに滅茶苦茶打ちのめされながらも、自分を納得させる為にただ呟く。


「なるほどな……。 生まれながらに授かる本能なんて後天的に学びようがない」


 人が鰓で呼吸できないように、空に羽ばたくことができないように、出来ないものは出来なくて当たりのだと。


 何とか表情に出さず堪えきったつもりだったが、俺の顔をしげしげと眺めていたリーリアがすぐ隣に座って慰めるように微笑みかけてきたあたり、彼女には筒抜けのようだった。


 俺の魔法に対するささやかな憧れや、それを扱えるものへの小さな嫉妬も全て。


「じゃあ試しに、魔法を上手に扱う為の基礎訓練をやってみない? 万が一もしかすれば使えるようになるかもしれないわ!」

「……別に期待はしていないけど、これも一つの経験になるのなら」


 せめて慰めにとでも考えたのか、リーリアが言いだしたことを俺は苦笑しながらも受け入れる。 すると普段との立場の逆転に気を良くしたのか、彼女は豊かな胸を無意識に強調しながら肩を張った。


「具体的に言うと、魔力の流れや存在を肌や呼吸で感じ、何をどうしたいのかと頭の中で組み立てて念じるだけ。 複雑な魔法はこの間話したように印による仕込みが必要なんだけど、単純な魔法ならこれだけで使う準備が整うの」

「気軽に言ってくれるなぁ」

「そう言わず、まずは目を閉じて深く深~く息を吐いてリラックス。 空気と一緒に取り込んだ魔力を体内に巡らせるようなイメージをしてみて」

「イメージ……、イメージねぇ……」


 まるで新興宗教に入らされた不憫な人が、修行と称してやらされる瞑想モドキのようだと内心思いながらも、今は大人しくリーリアに従い目を閉じると、深い腹式呼吸を繰り返しながらイメージとやらをやってみる。


 一体魔力とやらがどんな形で大気中を漂っているのかは知らないが、とにかく粒子状の何かが鼻を通って肺に入り、そこから血流に乗って全身に運ばれるイメージを。


 一つ一つの細胞を魔力が満たし、やがてキャパシティを超えて溢れ出たものが周囲に広がっていく様子を。


「……ッ!」


 そこまで深くイメージして初めて、俺は気が付いた。 身体の内側から今まで感じたことのない感覚が肉体という枷を超えて広がって、何も見えないはずの周囲の情景を頭の中でSFのレーダーよろしく探知したのを。


 揺蕩う物、横たわる物、そしてそばにいる者の位置や形状が手に取るように分かる。


「なぁリーリア、なんとなくだけど俺も感じるぞ。 何も見えないはずなのに周りの様子が詳しく感じ取れる。 これが、普段魔力に慣れ親しんだ者が感じている世界なのか?」

「え? えぇっと……それはちょっと個人差があると思うけど……」

「そうか、別に俺だけがおかしいワケじゃなくて安心したぞ」


 思わず零した問い掛けにリーリアは若干曖昧な態度で応じてくるが、それが気にならないほどに俺は初めて知った世界に夢中になっていた。


 ハッキリ言ってとても楽しい。 初めて補助輪無しで自転車に乗れた日に等しい喜びが、俺のとうに枯れていた情熱を再び甦らせていく。


「なぁリーリア、もっとたくさん教えてくれ。 君が生きてきた世界での魔法のノウハウって奴を」

「う……うん……いいけど……」

「ありがとう! ズブの素人で物覚えが悪いだろうがよろしく頼む!」


 この機会を逃せば二度と魔法なんて使えないだろうと、頼み込む俺の必死さに気圧されたのかリーリアは引き気味の態度で了承してくれる。


 ただの戸惑いにしてはかなり変な反応だったが、きっと彼女も予想外だったのだろうと思い直し、俺は基礎である深い呼吸を繰り返した。


 自分でも知らなかった新たな経験との出会いに、これ以上ない喜びを感じながら。

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