第22話 ~人の縁~

 一時間、また一時間と、手術室前の長椅子で待っている間、俺は眠ってしまったリーリアのそばでこれからの身の振り方を考え続ける。


 ああいう輩が門の周囲で右往左往している今、自宅にはしばらく帰れない。 かといってリーリアが追われる身である以上、安易に知り合いを頼って面倒に巻き込むワケにもいかない。


 どうするべきかと、ただでさえ人相の悪いツラを深刻に歪ませながら、俺は無意識のうちに天井を睨んでいた。


 だが、手術中を知らせる灯りが消え、処置室へ繋がる扉が開け放たれると、俺は反射的に立ち上がって大柄な医者の元へ駆け寄る。


「ヒノクマさん! アイツは!?」

「大丈夫だ、無事峠を越えられたよ。 ああいう悪質な魔術的仕掛けの解呪は、既に我が医院の得意分野だ。 ……不本意な話だがね」


 呪いだの魔法だの、こんな非科学的は話はいい加減こりごりだと、大柄の医者はマスクと手術帽を脱いで表情を歪めるが、リアルで俺と初めて顔を合わせたのを思い出すと、改めて表情を作って胸を張った。


「こうやって現実でツラを合わせるのも初めてだな。 私は熊沢逹人、地元に寄生しなければ生きていけない哀れな町医者だ」

「鷹見怜二です。 地元の図書館で働かせて貰っています。 もっとも、今は閉鎖されているせいでニート同然ですけど」

「閉鎖された図書館だと? 最近いきなり門が繋がった文化施設があるとアルケニーから聞いたが……」

「俺の職場です。 お恥ずかしい話で」


 全国ネットで晒されたとはいえ、異界人のネットワークでも周知されていたとは知らず、俺は苦笑いを浮かべることしかできなかったが、熊さんは笑いもせずただ首を振る。


「君は何も悪くないだろう。 逆に迷惑を被っていると、他の出資者共々あのベンチャー企業に怒鳴り込んでいい立場だ。 夜逃げでもやったのか今は音沙汰も無いがね」

「熊さんもあの実験が原因だと?」

「他に無いだろう? あの実験を見届けた矢先、新築のマイホームにおかしな門が出来てしまったからな。 そこのお嬢さんを見る当たり、君の家もそうなんだろう」


 ひと目見たときから異界人であると看破していたのか、熊さんが何気なくリーリアを見やりながら額を流れる汗を拭うと、いつの間にか起きていたリーリアが俺の背後に隠れながらおずおずと口を開く。


「あの、あの人は……」

「今は深く眠っている。 もっとも、起きていたとしてもリハビリをしなければ腕一本動けやしないだろう。 命を救う為とはいえ、こちらもかなり無茶をさせて貰ったからな」


 オペの疲れを誤魔化すように、熊さんは二度ほど深い呼吸を繰り返すと、処置室の奧から顔を出した看護士に身振り手振りで指示を出す。 すると、素人にはよく分からない液体に満たされた容器に突っ込まれた植物が、異界人らしき医師の手で搬出されていった。


「あんなものがアイツの身体に植わっていたのか……」

「患者に仕掛けられていた呪いと逆の作用を起こす術式を外部から付与し、侵蝕が抑えられている間に摘出した。 後数分処置が遅れていたら脳や脊椎を貫かれていただろう。 君の判断が早くて幸いした」

「こっちとしても、今アイツに死なれちゃ困るからな」

「それは、彼女が死に至る呪いをかけられていたことと関係あるかい?」

「…………」


 治療に応じてくれたのには感謝するが、彼までも厄介ごとに巻き込むわけにはいかず、俺はこれ以上干渉しないよう敢えて沈黙で返す。


 しかし、それがかえって彼の世話焼きな面を刺激したのか、熊さんは穏やかな笑みを浮かべながら切り出した。


「門がある自宅にはしばらく帰らない方がいいだろう。 私が個人で異界人向けに貸し出している賃貸物件があるから、ほとぼりが冷めるまでそこに住むといい」

「そりゃ俺達としてもありがたいけど、あのまま門を開けっぱなしにするワケには……」

「心配はいらない。 門の正確な所在が分かればアルケニーがある程度制御してくれる。 何があったかまでは聞かないが、今は身を潜めているんだ。 その娘の為にもな」


 俺達に出会う以前よりトラブルを背負った多くの異界人と接してきたのか、熊さんは馴れた様子で手製のパンフを俺達に手渡し、そこへ向かうよう促す。


 思わぬ所で得られた助け船に、俺は内心ホッとしながらそれに従う。


 しかし、対するリーリアは初めてまともに出会う俺以外の男性が怖かったのか、片時も俺のそばを離れようとしなかった。


 その様子を愛らしい生き物を見るような、滅茶苦茶温かい眼差しで見られていたことなど知る由も無いまま。

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