第19話 ~電子の蜘蛛糸の上で~

 ――我々と同じような立場の者が集まるアドレスだ。 必要ならば使うといい。


 そんな言葉と共に、ユリウスから一方的に渡された一枚の紙切れ。


 見知らぬ人間から受け取ったものを100%信頼するほど、俺はお人好しではない。 だが、本当に俺と同じ立場の人間が集まっているのなら、得られるものは間違いなく大きいだろう。


 一晩悩んだ末、俺は一緒に来たがったリーリアを伴って、普段の生活圏から遠く離れたネカフェへと向かった。


「ねぇレイジ君、これ全部読んでいいの?」

「構わないが独り占めはやめてくれ。 他のお客の迷惑にならないよう、読める分だけ持ってくるんだぞ」

「はあい」


 大きな本棚に並んだ大量の漫画本を見て目を輝かせるリーリアを余所に、俺は手早く受付を済ませると、漫画本を抱えた彼女を連れて個室の方へと向かう。


 わざわざ県外のネカフェまで足を運んだ理由は、単純に用心の為。


 考え無しに近場からアクセスして、万が一ロクデナシ共に自宅を探り当てられたらと思うと、安易に自宅から繋げることなど出来なかった。


「さて、一体何が出て来ることやら……」


 頼むから面倒事にはなりませんようにと願いながら、俺は紙切れに書かれていたアドレスにアクセスする。


 その途端、今まで閲覧していたブラウザが真っ黒に染まり、代わりに見たことがあるようでそうではない、不思議なデザインのインターフェースが構築され始めた。


 現行の主要なSNSを参考にしたと思わしき謎のサイト。そこへのアクセスが完了した瞬間、何者からか物騒なDMが送り付けられてくる。


「新しいアクセスポイントからの接続あり。 誰からの招待だ? 納得いく説明がなければ端末のOSを破壊する」

「え」


 こちらが何かする間もなく、簡易チャット越しに送られてくる滅茶苦茶な警告。 別に真に受けたワケじゃないが、もしそれが本気ならば、店に損害の補填を要求されるのは間違いなく俺の方だろう。


「勘弁してくれ、俺はライオン頭のダンディーに誘われただけだ」

「ライオン頭だと?」

「あら? ということは貴方、この間うちの馬鹿と話していた人ね? 大丈夫よ管理人さん、彼は敵じゃない。 彼が異界人を連れていたのは私も確認している。 金髪の活発そうな可愛い娘だったわ」


 咄嗟に俺を弁護してくれたのは文面から察するに、ユリウスを連れていた女性のものと思われる書き込み。 それを受けてようやくこちらを信用したのか、管理人は態度を一転させた。


「わざわざネカフェからアクセスしてくるとは用心深いんだな。 だが今はその臆病さが大事だ。 残念だが我々異界人はこの世界の為政者から歓迎されていない」

「気持ちは分からんでもないがね。 俺の世界でも住人を脅かす難民は魔物以上に厄介なものだった」

「人様を棄民呼ばわりはやめろ定命の者。 誰もがここでの居住を希望しているわけじゃない」

「そうとも! 俺っち達はここで一儲け出来りゃそれでいいんだからな。 元の世界じゃありふれた物もここの世界じゃ黄金並みの価値がある。 マジでボロい商売だぜ~」


 管理人が信頼したのを呼び水に、この世界出身ではないであろうメンバーの書き込みが続々と寄せられてくる。 数千人もの参加者のうちの極一部のようだが、文面から察するに立場、種族、生業も何もかもが異なるようで、真の意味で人種の坩堝のようだった。


 ならばこちらからもリーリアに何か応答させようかと考えるも、当の本人は少女漫画を夢中で読み進めていて、こちらに興味を示すことはない。


 少しず太くなったんじゃないかと思うも束の間、リアルであったという親近感からか、ユリウスを連れていた女性から続けてメッセージが届く。


「あの子は元気? え~と……」

「ネット上では飛鷹と名乗っています。 貴方も今ここで本名を名乗らない方が良い」

「あ……、確かにそうね! 私はショーコ。 ホントの名前はリアルで会ったら教えて上げる」

「また顔を合わせられるかは分かりませんが……」

「どうかしら? 世の中が思ったより狭いのは貴方も分かったことでしょう?」


 あんな偶然は二度と起きないと遠回しに連れない返信を送ってすぐ、リアルの暗めな雰囲気とは真逆の、極めてポジティブなメッセージが返ってきた。


 二回り以上も大きな巨漢と対等に付き合うのを見ておいて今さらだが、かなりの肝っ玉だったんだなと、俺は彼女への評価を改める。


 そして肯定を意味するスタンプで反応を示して対話を終えると、知らぬうちに送られていた管理人からのリプに応じた。


「そろそろいいか? 差し支えなければ異界人と遭遇してからの出来事を教えて貰いたい。 同胞の動向把握の為、少しでも情報が欲しいのだ」

「……そりゃアンタがやるべきことかい?」

「当然だ。 異界人同士寄り合う場所もない以上、彼らの橋渡しを行う者が必要になる。 でなければ誰にも知られないまま、この世界に殺されるだけだ」

「世界に殺されるか。 いいだろう、身バレに繋がらない程度の事だけは教える。 それ以上は無しだ。 いいな?」

「構わない、ご協力感謝する」


 本当に最小限の情報提供しか行わなかったが、それだけでも十分な成果だったようで、管理人の反応は極めて良く、即座に長ったらしい感謝のDMが送り付けられてくる。


「改めてようこそ我ら異界人の“アルカディア”へ、私達は君達の合流を歓迎する。 私の名はアルケニー。これで我々は運命共同体。 日々の何気ないことから命に関わることまで、共に解決していこうではないか」

「運命共同体ねぇ……」


 想像以上に面倒なことになった気がしないでもないが、何かあった時の保険にはなるはず。


 だから今回の遠征に無駄がなかったと、俺は自分に言い聞かせると、退屈のあまりいつの間か眠ってしまったリーリアの肩に触れ、優しく揺り起こした。

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