第17話 ~死の淵~
あの後、俺は時間が許す限り可能な場所までリーリアを連れて行った。
海岸線を連なる道路を突っ走り、ひと目につかないが評判のいい小さな店で食事を取り、風光明媚な場所を見つけては立ち止まり、彼女と見て回る。
そして薄暗くなって最後に連れて行ったのは、街や海を一望できる山の展望台。
内燃機関無しでは到底出せないスピードで疾走する小さな輝きを指さし、リーリアは俺に興味津々で問いかけた。
「凄い綺麗! あの動いている光の点が全部車なのね!?」
「それだけじゃない。 あの小さな光の中一つ一つに、この街で息づく全ての人の営みがある」
「凄いわね本当に、私の世界であんなことすればきっと……」
俺の説明を聞いてリーリアは羨むように呟き、言葉を切る。
だがすぐに笑顔を取り戻すと、思わせぶりな態度がなかったかのようにキラキラとした視線を俺に向けた。
「今日一日ありがとう! 私、貴方にお願いして良かった! 元の世界じゃ絶対に見られないものをたくさん見られたんだもの!」
「……そう言って貰えて何よりだ」
無邪気に微笑みかけてくる彼女の顔を見て、俺はぎこちない笑みを返して促す。
「さぁて、あまり遅くならないうちに帰ろうか。 君は肉体労働者なんだから睡眠はキチッと取らないとな」
「あっ、今私を子ども扱いしたでしょ。 私はね、これでも大人なんですぅ~」
「はいはい」
むくっと膨れっ面を晒すお嬢様をなあなあと宥めつつ、俺はリーリアにヘルメットを手渡しながら何となく周囲を見渡した。
日中にはそれなりの人が集まる場所であるが、流石に夕暮れ時になるとめっきり人がいなくなる。 寂しく電灯が駐車場を照らす中、歩くのは俺達二人しかいない。
「ん?」
否、一人だけいた。 観光目的とは思えない、変に軽装な挙動不審の男が。
あまりにも暗い表情を浮かべた中年太りの小男は、何故か神経質に周りを見渡しながら、展望台のそばにある古びた神社の奧へゆっくりと入り込んでいく。
堂々と展望台でお喋りをしていた俺達に一切気付かなかったのは、あまりに間抜けだが。
「……まさかな」
「どうしたの?」
「いや、取り越し苦労なら別にいいんだがな」
イヤな予感が頭をよぎり、俺は静かに素早く名も知らない男の背中を追うと、程なく予感は的中する。
追いついた矢先に俺が目撃したのは、首を吊ろうと大木の枝に括られたロープに首を突っ込む男の姿。
厄介事に巻き込まれるのはごめんだったが、普通の人様の死をほっとけるほど俺は冷酷ではなかった。
「馬鹿がやめろ!」
「ひ!? ぎゃあああ!??」
即断即決で足下から拾い上げたスコップを投げてロープを切断し、吊られ掛けていた男を無理矢理地面に叩き落とす。
乱暴なやりかただが、手段を選んでいる暇などなかった。
落下し、地面で悶える馬鹿を素早くねじ伏せて確保すると、俺は無責任な馬鹿の緩んだ横っ面を睨み付ける。
「手間をかかせやがって、誰がお前の死体を掃除しなければならないと思ってるんだ。 自然分解なんてチンタラ待ってられないんだぞ」
「ち……違う! お……俺はただ異世界で生まれ変わるだけなんだ! こんな世界で生きていくのはイヤなんだよ! ここで死んだら生まれ変われるって聞いたから俺は!」
「バカかテメェは!」
馬鹿のあまりに身勝手な言い分にむかっ腹が立った俺は、馬鹿のぶよぶよな腕を思い切りねじり上げた。 汚い悲鳴が闇に響くが、そんなもんは俺に関係ない。
「そんな都合のいいモンがあるわけ無いだろ。 仮に生まれ変わりとやらが実際にあったとしてだ、人間やそれ以上の知性を持った生命体に生まれ変われる可能性がどれだけあるか冷静に考えてみろ。 微生物や昆虫を含めて、一体どれだけの生命体がこの世に存在すると思ってる?」
「い……痛い! 分かったからやめてよ!」
「嘘つくなよ、離した瞬間飛び降りる気だろテメェ」
ねじ伏せられながらも必死に周囲を見渡し、あわよくば落下死を狙う馬鹿。 勿論そんなことを許すはずもなく、そいつが持参していたロープを使って木に縛り上げた。
「いいか? 人間に生まれただけでも超が何億個付いても足りないほどの豪運なんだ。 さらに飢えや渇きと寒さに怯えなくていい現代日本が、一体どれだけ恵まれた環境か頭を冷やしてよおおおおおおく考えてみろ」
「で……でも……」
「そうか不満か? だったら紛争地帯か極地に置いていくぞ? 今の俺にはそのくらい軽く出来るんだがいいんだな? こんな贅沢な環境にいたくないんだろ?」
「う……う……」
この馬鹿の為に1秒でも無駄な時間を使いたくないというのが本音だが、試しに脅しをかけて見ると、あっという間に黙り込んでしまう。
何と言うことはない。 どれだけ屁理屈を捏ねたところで、結局ただキツいことをしたくないというだけの、ヌルい覚悟でしかなかった。
「彼をどうするの?」
「取り敢えず警察に通報する。 放っておいて死なれちゃ目覚めが悪い」
「……優しいのね、貴方」
普段から命のやり取りを行う世界で生きている故か、リーリアの馬鹿に対する評価は極めて厳しく、こんな奴ほっとけと言外にアピールしてくるも、俺は身振りだけで彼女を引き留めながら携帯を手にする。
しかし、最初に馬鹿がほざいていたことに俺はふと疑問を抱くと、馬鹿のそばで片膝をつき、その緩んだツラをジッと睨んだ。
「そういえばアンタ、ここで死ねば生まれ変われるって言ってたな? 一体誰にそんなこと吹き込まれた?」
「い……異界学会の……え……偉そうな先生達に……」
「異界学会だと?」
昼間に聞いた恐らく碌でもないであろう団体の名を聞き、俺は思わず顔を歪めた。
異界に対して強い敵愾心を向けていたはずが、この世界の人間を間接的に殺そうとしたことに矛盾を感じ、その名を深く頭に刻み込む。
「ともかく、一晩お巡りの世話になって貰うぞ。 そこで一晩頭を……」
「レイジ君! ちょっとこっち来て!」
突如響くリーリアの声。 それに対して俺は反射的に地面を蹴り、彼女の元へ急行する。
馬鹿のそばにいたくないと言わんばかりに、距離を取っていたリーリアのそばにあったのは、無数に連なる小さな赤い鳥居。
それだけならばなんの問題もなかったが、連なる鳥居の中を奔る蒼い光の筋を見た瞬間、俺は瞬時に真顔になった。
この光を俺は見たことがある。
つい最近チンピラ共が、どこから支給されたかも分からない機械を使い、無理矢理門を開いた時に見たものと同じ輝きであると。
そう気が付いた瞬間、山肌を切り裂いたような形状の門が、俺とリーリアのそばで音も無く切り開かれた。
星も見えない空よりも暗い深淵より這い出てきたのは、グズグズに腐った肉の首と、妖しく揺らぐ陽炎の身体を持った狐の怪物。
激昂するかの如く、はちはちと全身から炎が爆ぜる音を立てるその怪物は、俺達の姿を視界に入れるや否や、牙を剥いて襲いかかってきた。
腐敗した眼窩の奧に、昏い殺意の光を宿して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます