第16話 ~拒まれし者達~

「同じ立場だと言ったな? 自分が言ってる意味分かってるか?」


 見知らぬ何者かが意味ありげにほざいたのを聞き付け、俺は思わず自分よりもずっと背丈の大きな男を睨み上げる。


 尾行されたことも、自宅を荒らされたこともなかった、ならば単なる吹かしなのかと、自分達のことは語らずに問い直すが、男の自信に満ちた表情に変わりは無い。


「勿論だとも、同類が見ればすぐに分かるからな。 次回からはもっと気をつけると良い」


 俺の影に隠れたリーリアへの警告なのか、男は一瞬だけ俺の背後に目配せをした後、何故か己の顔を拭うような手振りをする。


 すると、男の“人間としての顔”が蜃気楼のように揺らぎ、その下からライオン獣人の顔が、僅かな間だが露わになってまた消えた。


「……ッ!?」

「分かっていただけたようで何よりだよ。 やはり信用を買うには自分のツラを晒すに限る」


 すぐさま人間の顔に戻った大男は、驚く俺の顔を見るや口端を吊り上げて笑うと、軽くお辞儀をして見せる。


「我が名はユリウス。 ガイウス・ユリウス・カエサル。 以後お見知りおきを」

「ユリウス・カエサルだと?」


 ふざけた名前だ。


 子供に信長、秀吉、家康の類いの名を付けるようなモンだと、俺は心の中で一人突っ込むも、ユリウスは構わず言葉を紡ぐ。


 もっともそれは、群衆や馬鹿共に言って聞かせていた明るく朗らかなものではなく、極めて真剣かつ重い脅しのような警告だった。


「あのアホ共を見ただろう? ああいう思想を持つ輩は別に珍しくもない。 もっと身辺に気を配っておくことだ」

「……彼女を攫わせるようなドジはしないさ」

「君がこの世界の誰より強かろうが、周囲が敵ばかりではどうしようもなかろう。 世の中、結局手数の多さと財力が全てだ。 ……見てみろ。 ちょうど今、連中の広告塔がゴミ箱の中で騒いでるぞ」


 俺の返事を聞いて、ユリウスは半ば呆れたように軽く鼻息を吹くと、食堂の片隅に置かれたTVを指す。


 万民が見るであろう広告として堂々と流れ始めたのは、異世界のことに堂々と言及した謎のCM。


 下品なBGMと色彩を放つTVの中で、どこかで見たことあるが名前を一切知らないタレント達が、何やら感動的な映像をバックに踊り回っている。


「流れてきたゴミを資源に! 招かれざる敵をトロフィーに! 人に似た怪物を労働力に変えよう!」

「敵を庇う裏切り者には罰を! 皆の手で裏切り者共を処分しよう!」

「貴方の明日を良いものに! 異界学会です!」

「……なんだこりゃ?」


 全くもってワケが分からないと、再び俺の方からユリウスへ問いかけると、この世界で無茶ばかりやった連中への侮蔑を露わにするように、赤毛の巨漢は眉を顰めた。


「自分達の方から不用意に接触しておいて、思い通りならないと分かればああやって言葉の通じぬ敵呼ばわりだ。 実に身勝手だと思わないか?」

「……さぁね、人食いの化け物が右往左往している世界を見た立場から言えば、少なくとも100%NOとも言えない」

「そりゃ何処に繋がってるかも分からないのに安易に門を開いた馬鹿が悪いのさ。 自分達の迂闊な好奇心が招いた結果を、他人に押し付けるのはお門違いなんだよ」


 無能な働き者には迷惑していると、ユリウスは心の底からのゲンナリしたお言葉を俺に伝える。 俺にそんなこと伝えられても正直な話困るのだが。


 もっとも、相手方もそれを察してくれたのか、愚痴をそこそこに留めてくれると、そっと小さな紙切れを手渡してくる。


「我々と同じ立場の者が集まるサイトのアドレスだ、必要なら使え。 心配ならいらない端末から試しにアクセスしてみろ」

「……そんなあっさり渡してもいいのか?」

「迂闊に漏らせば、君が呪殺されるだけだ」

「なるほどね」


 異界からの来訪者らしく、既にこの世界の範疇に収まらない自衛方法は確立しているらしい。


 えげつない手段を持っているのはお互い様だろうと、言ってやりたい気持ちを飲み込んで、俺は手渡された紙を大事に懐へ収める。


「守秘義務を安易に破るほど、俺は反社会的じゃない」

「ならいいがな。 では征こうぞ! 我が下僕よ! 下僕どこ行った? 下僕!」

「……下僕?」


 話にケリが付いたところで、ユリウスは俺とリーリアに軽く手を振ると、誰かの姿を求めて周囲をゆっくりと見渡した。


 ――刹那、振り返った巨漢の腹部に痛烈なボディブローが直撃し、易々と膝を付かせた。


 唐突な暴力沙汰に何事かと駆け寄ると、心底うんざりした表情を浮かべた小柄な女性が、蹲ったユリウスの真正面で腕を組んで立っている。


「下僕じゃないって言ってるでしょ、このバカ殿。 ……すいません馬鹿がとんだ迷惑を」

「お気になさらず、こういった手合いの相手は馴れている」


 普段から散々振り回されているのか、いつの間にかユリウスのすぐそばに控えていた若い女性は、気疲れした様子を見せながら俺に頭を下げると、傲岸不遜な男を無理矢理立たせて引っ張っていった。


 一見地味目で気弱そうな印象だったが、己よりずっと大きなユリウスに平気で拳を入れるあたり、対等な関係は築けているようで遠慮が無い。


「世の中、案外狭いモンだな」


 少し足を伸ばしただけで、隠れ潜んだ異界人と遭遇する可能性がある。


 その現実を鑑みるに、地球と繋がった異世界は俺が考えていた以上に多いのだと、改めて思い知らされた。


 だが、今出先の俺達が優先することはただ一つ。


「……とりあえず飯にするか」

「うん」


 考えるべきことは多いだろうが、まず腹を満たすことが先決だと、俺は狙っていた窓際の席へリーリアを伴っていく。


 それに、せめて今日ぐらいは厄介事から逃げ出したいと、和やかなリーリアの顔を見ながら俺は思った。

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