第15話 ~赤き獅子~
「凄い! 鉄の箱がたくさん走ってるわ! アレが車って物なのね!?」
「そうだ。 この世界に住む多くの人の足であり、文明を支えているものの一つ。 種類によっては、運搬から戦いまでこなせる凄い奴だぞ」
バイパスに乗って郊外を巡る最中、信号停止中にリーリアが興奮しながら口を開くと、俺はヘルメットに搭載されたマイク越しに返してやる。
しかしそれに対しての返事はなく、彼女の関心はまた別の物へと移ってしまう。
どこまでも続く道路も、多くの水を湛えた大河も、山を貫くトンネルも、彼女にとっては目新しいものに思えるようで、走行中もずっと周囲を興味深そうにキョロキョロと眺めていた。
「そんなに珍しいことだらけなのか? 俺にはまったく分からないが」
あまりにも周囲に気を逸らし続けるので、俺は思わず問いかけると、リーリアは少し羨むように呟く。
「私の世界では、空の果てから地の底までずっと太い枝が複雑に入り組んでいるの。 その先に一体何があるのか誰にも分からない。 何もかもが分かってるこの世界と違って」
「ちょっと買い被り過ぎだな。 本当に凄いのは、何もない頃に命を賭して働いてきた先人達だ。 今生きている俺達は、そのおこぼれに預かってるに過ぎないんだぞ?」
「でもその成果を今にまで伝えているのよね? 街を焼いたりもせずに」
「……今のところはな」
なんでそんな発想が出るんだと、思わず突っ込みたくなってしまったが、無用な詮索はせっかくの旅行気分を台無しにしてしまうだろうと、俺は咄嗟に話題を変える。
「結構長く走ったし休憩でもしようか、そろそろ飯にしてもいい頃合いだろう」
「うん!」
あらゆるものが興味の対象であるとはいえ、やはり飯が一番楽しみであるのは、どこの生き物であっても変わりない。
ただ、せっかくのドライブでチェーン店に入ってしまうのは味気ないと、俺が選んだ飯処は通りかかった道の駅。
孤高のライダーからドライブを楽しむファミリーまで、全ての交通者を等しく受け入れる憩いの場。
しかし、駐車場に足を踏み入れた俺達を待っていたのは、余暇を楽しむ人達の何気ないお喋りではなく、ある程度恵まれた世界ですら欲望を満たすことが出来ない、活動家という名の暴徒達だった。
人様の甘さにつけ込んで暴利を貪る社会の寄生虫共は、駐車場を占拠し、下品に手作りの太鼓を打ち鳴らしながら、シュプレヒコールをあげる。
そこに文明社会の中で生きる、知的生命体としての思慮深さは一切窺えない。
「異世界万歳! 転生万歳!」
「魔法が存在しないこの世界はただのゴミ世界!」
「こんなクソまみれの世界からは皆で一緒に解脱しよう!」
「恵まれた世界で甘やかされた原始人共を、苦労した俺達の奴隷にしてやるんだ!」
「……何なのあれ?」
「目を合わせるなよ、あんな連中相手しても損するだけだぞ」
比較的、あらゆるものに対して好意的なリーリアからですら、怪訝な視線を浴びせられる活動家という名の社会の産業廃棄物達。
やろうと思えば俺一人で排除出来るが、血の雨を降らすような真似をして喜ぶのは、ノルマ未達成の警官くらいしかいない。
だから絡まれる前にさっさと別の場所に行こうとギアを入れ直したが、リーリアが何かを指差していることに気が付くと、目立たない所にバイクを停め、示された所へ視線を向ける。
そこにいたのは周囲と比較しても一際大きな男。 彼は足止めされていた人の波を悠々と掻き分けて現れると、馬鹿共の耳にわざわざ聞こえるような大声で朗々と語り出した。
「はっ! 愚かしいねぇ実に愚かしい。 今の恵まれすぎた世界ですら落ちこぼれるアホが、仮に別の環境で生まれても、カモにされるだけだというのが分からんのか!」
背は仁王立ちした羆に匹敵するほど高く、筋骨も身の丈に相応しいほどに太く逞しく、それでいて顔付きは極めて端正な、神話の英雄をそのまま現実に持ち出したかのような完璧過ぎる者。
燃えるような赤毛を靡かせ、太い腕を見せ付けるように組みながら胸を張る、恐れ知らずの偉丈夫は、集団で威嚇してくる馬鹿共を見下して不敵に笑う。
「そんな馬鹿だから、人様の迷惑すらも考えられないほど脳味噌が小さくなってしまうのだろう? 馬鹿は馬鹿らしく、まず手の届く範囲を幸せにすることから始めてみろ!」
「う……ううう……! 差別主義者め……!」
何とか暴力で排除しようにも、逆にボロ雑巾にされて、パトカーにすし詰めにされる未来が見えてしまったのか、今まで傍若無人に好き勝手やっていた暴徒達は、荷物をまとめるとそそくさと逃げ出してしまった。
異常な状況をたった一人で手早く解決してしまった好漢に向けて、群衆から盛大な拍手が送られるが、男は和やかに微笑んで鎮まるよう態度で示すと、そそくさと道の駅の何処かへ消える。
「ほわぁ……」
「スゲぇな、あんなタフガイがこの世にいるなんて」
一部始終を間近で見ていた俺もリーリアも感嘆し、消えていく背中をしばらく眺めていたが、腹を満たすのが目的だったのを思い出すと、バイクを正しい駐車位置に停めて、自分達も道の駅の中へ入っていく。
不幸中の幸いか、さっきの馬鹿共のおかげで食堂はだいぶ空いており、リーリアに好奇の視線を向けられるようなこともない。
だから食事ものんびり済ませられるだろうと、出発したときから力が入りっぱなしだった肩からようやく力を抜いた。
――その時だった。
「まさかこんな所で同じ立場の人間に出会えるとは、夢にも思わなかったぞ」
「……何だと?」
圧倒的な気配を感じ、俺は咄嗟にリーリアを背後に庇いながら振り返る。
そこに立っていたのは、先ほど活動家共を言葉だけで蹴散らした大男。
彼はリーリアに、そして俺にと順に視線を移すと、敵意がないことを示すように両手をフリーにしながら、快活に笑った。
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