第14話 ~小さな旅路の始まり~
こちら側の世界を直に見てみたいというリーリアの願い。
本来なら屁理屈を捏ねてでも止めるべきだったかもしれないが、口に出してしまった以上、今さら断ることなど出来ないとはとても言えなかった。
しかし、一旦やると決めたからには全霊を賭してやり遂げるべきだと、俺の中に強い使命感が生まれたのもまた事実。
加えて、リーリアと共に長い時間を過ごすのも悪くないとも感じていた。
「あの馬鹿共みたいな愉快犯さえいなければな……」
もっとも、異界との繋がりのせいで混乱が広がりつつある今、迂闊に彼女を衆目に晒すのは避けるべきだと言うことは、誰に指摘されずとも分かり切ったこと。
かといって夜中にこそこそ動き回るだけでは、きっと彼女が満足できるだけの体験をさせることなど出来ない。
「ツアーガイドなんて完全に専門外なんだが」
彼女の要望を叶えつつ、どうすれば身の安全を確保出来るか。 自分の財布を睨みつつ数日悩んだわりに、思いついたのは至極ありふれた結論だった。
「乗り物に乗って?」
「そうだ。 交通の流れに乗ってさえいればさほど目立つこともないし、広い範囲を一気に見て回れる。 おまけに万一騒動が起きてもさっさと逃げればいいだけの話だ。 良い方法だと思うんだが」
「よく分からないけど……、私より賢い貴方の考えることだから大丈夫だって信じてるわ」
「そう言って貰えるとこっちとしてもありがたい。 そうと決まれば、君にも少し勉強して貰うぞ」
「えっ!?」
自分は待つだけだとでも思っていたのか、目を丸くして驚くリーリアの前に、子供向けの法律本から、外国人向けに書かれた日本旅行ガイドまで、テキストとして揃えた大量の本をデンと置く。
「郷には入れば郷に従え。 余計なトラブルに遭わないよう、予習はしっかりやっとかないとな?」
「うー……分かったわよもう……」
計画が決まれば、次は招待客であるリーリアの長いお勉強が始まる。 生まれて初めて見るものに対しての驚きは減ってしまうかも知れないが、彼女の身の安全には変えられない。
最低限、こちら側で生活する上で必要な法律の知識や常識を何日もかけて教え込む傍ら、彼女の為に必要な物資や服をネット通販で確保し、神経質なまでに慎重に準備を重ねる。
――そうしてリーリアに話を切り出されて一週間後、ようやく俺はリーリアをこちら側へ誘う決心がついた。
「レイジ君、本当にいいの?」
「ああ、だがその前に言っとかないといけないことがある」
彼女が待ち望んだ出発の朝、俺はこっち側の服に着替えたリーリアを自室に招き入れると、もっとも注意すべきことを改めて確認する。
「いいかい? もし違う世界のことを尋ねられたら?」
「そんなものは存在しないって一笑に付す……よね?」
「そうだ、たとえ疑われても知らず存ぜぬを貫くんだ。 もし君が異世界からやってきた存在だと知られれば、多くの人間が君を攫いに来るだろう。 下手すれば辱めを受けた挙げ句、命すら奪われるかもしれない」
「……平和な貴方の世界にも、碌でもない悪党はいるのね」
「そんな奴がいない世界の方がきっと珍しいさ」
微かに憂いの光を瞳に宿したリーリアが少し悲しげに呟くが、ロクデナシなんて腐るほど見てきた俺にとっては気にすることでもない。
せっかくの旅行気分が台無しになる前にさっさと出発してしまおうと、俺は彼女がいる間には決して開けなかった玄関のドアを押し開いた。
初めて外に出たリーリアを出迎えたのは、鬱陶しいほどに良く晴れた空。
遮るもののが何一つ無い大空を見上げながら、彼女は一言ぼそりと呟く。
「こんなに広い空、私初めて見た……」
「おいおい、こんなことでイチイチ感激してたら身が持たないぞ」
感慨深く青い空を見上げるリーリアの姿に、俺は思わず苦笑いを浮かべると、彼女の為に取り寄せていたヘルメットを手渡し、本日酷使する愛車の元へ案内する。
初めて自分だけの力で手に入れた500ccクラスの大型バイク。 それも載りだしのままではなく、そこそこに手を加えた自慢の愛車であるが、初めて見るリーリアにとって、二つのタイヤだけで身を支える姿がとても奇妙に思えたようだった。
「これが貴方の言っていた乗り物? なんだか変な格好しているわね?」
「見た目だけで判断しちゃいけないな。 対等な条件でかけっこしたら君よりこいつが速いぞ」
安くは無い金をはたいて買った愛車を変呼ばわりされ、俺は思わずムッとしながらも大人としての余裕を見せ付けるべくグッと堪えながら、先にバイクに跨がってエンジンをかける。
途端に鳴り響く威勢の良い轟音。 それを聞いてリーリアは怪訝そうだった表情をすぐに改めた。
良くない第一印象を払拭出来たようで、俺は内心ほくそ笑みながらリーリアをシートへ誘うと、彼女は物怖じせず後ろに乗って俺に命を預ける。
「いいか? 教えた通りしっかり身を寄せているんだぞ?」
「うん!」
何もかもが初めての経験だというのに、恐れ知らずにリーリアは微笑む。
文字通り全てを委ねた、全幅の信頼。
それにしっかりと報いるべく、俺はリーリアの温もりをしっかりと背に感じながら、スロットルを引き絞った。
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