第13話 ~未知への憧れ~
「今日もお役人から連絡は無しか……、人の職場でいつまでも何やってるんだアイツら」
職場で起こってしまった開門騒動以来、実質的ニート状態になってしまっているが、未だ国からは納得のいく説明も無いまま、俺は長々と時間を潰してしまっている。
唯一救われているとすれば、何故か働いているとき以上の賃金が口座に振り込まれていることだが、このことに対しても納得がいく説明は未だやって貰っていない。
「ド田舎県に住んでる貧乏人は端金貰って黙ってろってか? ふざけやがって」
散々周回遅れになって、世間様の知る段階になっているにも関わらず、責任回避に知らぬ存ぜぬを連呼する座敷犬への文句を呟きながらも、俺はリーリアを迎える準備を始める。
リーリアが門を越えられるようになって以来、彼女の為に時間を費やすことが格段に多くなった。
とはいえ、互いのプライベートを尊重するという方針は重視しており、互いの合意がない場合、余程のことがない限りは干渉しないという新たに作られたルールはキチンと守られている。
「リーリア、そろそろ開けても大丈夫かい?」
「うん! 貴方はお寝坊さんだから昨日の復習をしながら待ってたわ!」
遮光カーテンの向こう側から聞こえてきた返事を聞き、俺は一人頷くと、カーテンを開いてやる。 その途端、待ち構えていたかのように、リーリアが俺の胸の中へ飛び込んできた。
「おっ……と、おいおい危ないからそうするのはやめてくれって言わなかったか?」
「えへへ~、知らな~い」
「まったく、とんだ甘えん坊だったな」
俺よりも一回り小さな身体を軽く抱き止め、繊細な硝子細工を扱うように丁重に床に下ろすと、彼女が持ってきた宿題を受け取って一緒に答え合わせを始める。
今一緒に勉強しているのは、文字の成り立ちや故事成語といった、以前よりもだいぶ難しい国語の問題。
文字や文章を介して魔力を扱うという、彼女の世界の事情に則って、彼女が今以上のより良い生活を送れるサポートにと、俺が選んだカリキュラム擬きだった。
ありがたいことに文字や言葉の自動翻訳機能は、何故か門を介さずとも問題なく発動を続けているようで、彼女の勉強の妨げになるようなことは起きていない。
「しかし文字で魔力の扱い方が変わるって理屈がよく分からないな。 一体どんな仕組みなんだ?」
「私にも分からないわ。 でも貴方だって普段使っている機械? ……の詳しい構造は分からないって言ってたじゃない。 それと同じ道理ってことでいいでしょ?」
「そんなもんかねぇ……」
「何にでも理由を求め続けてたら疲れちゃうわよ? 気が抜けるところでは存分に抜いとかないと」
「ああその言葉には一応同意しておくが、ここらへんの問題少し間違えが多いぞ」
「あっ!」
自動翻訳を介しているとはいえ、まだまだ学習の歴が浅いリーリアにとって分からないことは多いようで、時々彼女のペンを握る手を上から軽く握ってやりながら、正しい文字の書き順や、難しい文を書くサポートをしてやる。
「ふふふっ」
「何だ、いいことでもあったのか?」
「内緒、絶対内緒でーす」
「あぁ……そうか……」
ここはこうだと教えている最中、時折嬉しそうにリーリアは笑うも、その理由も教えて貰えない。
親しくなってきたとはいえ他人は他人、まだまだ話すには気が引けることはあるのだろうと、俺は結論付けて勝手に悲しくなる。
「レイジ君?」
「大丈夫だ何でもない。 ……無理して頭に詰め込もうとしても非効率的なだけだし、今日はここまでにしておこうか。 引っ掛かったところが多かった問題は宿題ってことで」
「うん、今日もありがとう御座いました。 レイジ先生?」
「その呼び方はこっちが恥ずかしくなるからやめてくれ」
時間の流れは早いもので、気が付けば既に二時間近く経過しており、彼女の精神的疲労も考慮して切り上げを宣言すると、リーリアは身を翻して向こう側へと宿題を持っていく。
この世界では当然魔法は使えない。
だが、彼女が猟師として働く間に鍛え上げられた身体能力には全く影響は無く、気まぐれな猫のように音も無くあっち側とこっち側を軽々と行き来していた。
彼女と過ごす日々が長くなっていくうち、向こう側からのお土産と称した俺の知らない食べ物が、冷蔵庫の中で勝手に増えていく。
慣れとは恐ろしいもので、かつて抱いていた食の安全性の懸念など、とっくに失せてしまっていた。
当然、貰いっぱなしでは俺の沽券に関わってしまう。
故に、返礼として菓子が詰まった段ボール箱を渡したこともあったが、腕以上の身体の部位を通そうとすると門に弾かれてしまい、俺自身が向こう側に渡るのは未だ叶わない。
「こっちからの入場は禁止だって言うのに、そっちからの入場は好き放題なんて不公平じゃないか」
「そんなこと言われても困っちゃうわ。 私の力でやっていることじゃないし……」
「君じゃなくて俺を門前払いしやがる神気取りのデクの木に言ってるのさ」
「デクの木? ねぇその神気取りの誰かってこんな格好してなかった?」
俺の言ったことが妙に気になったのか、リーリアは向こう側で自動筆記の魔法を発動すると、何かしらの絵を描き上げてこちらに手渡してくる。
渡された紙に描かれていたのは、途方も無く巨大な植物群をデフォルメしたもの。
そう、その姿は俺が真っ白な空間で遭遇した何者かと、特徴が完全に一致していた。
「そうだコイツだ、俺に接触してきた奴は間違いなくこの盆栽野郎だ」
「凄い! 本当に存在していたなんて嘘みたい! シスター様達もきっと喜ぶわ!」
「そりゃ結構、それでこいつは一体何者なんだよ」
「彼は私達の世界の礎になった神様! 自分の身体を犠牲にして、世界そのものになってくれたとても偉い人なの!」
「神だって? こんなよく分からない何かが?」
突然引っ張り出された架空の存在に面食らい、俺は思わず目を白黒させるが、リーリアは構わず勝手にお喋りを続ける。
「そういえば私も神様に会ったよ! ものすごく大きな蒼い玉のような姿をしていたわ!」
「物凄く大きな蒼い玉だと? なぁ、もしかしてソイツはこんな姿していなかったか?」
彼女の言葉で即座に思い至った俺は、スマホで地球の天体写真を見せてやると、リーリアはこれだこれだと言わんばかりに首を縦に振る。
「凄い大当たりよ! なんで分かったの?」
「この世界で一番偉い奴は誰かって考えたら自然に行き着いただけさ。 それで俺の世界の神様とやらは君に何と伝えたんだ」
「別に大したことじゃないわ。 ただ自分の気の済むまま、好きなことをやりたいだけやれだって」
「……干渉しすぎたら殺すとかじゃなくてかい?」
「うん」
あまりに無責任な言動すぎて俺は思わず聞き直してしまったが、既にこの世界で起きてしまった現象の数々が、リーリアの言葉が正しいことを間接的に証明する。
「なるほど、うちの神様はこんな騒動が起きてなお放置を決め込んでいるわけか。 ……事態がまったく収まらないわけだよ」
もし、地球上で起きてしまっている現象が異世界で起こっていたら、きっと住人達が気付かないうちに現地の神によって対処されていただろう。
だが、この世界の怠惰な超常的存在は、混乱が波及することを何故か許容した。
その結果がこの体たらくなのだと、心底呆れてしまった。
「魔法も寄越さず、創造物も守らず、ただ傍観に徹するだけか。 神ってのは随分楽な仕事だな」
俺を人並みの幸せにすら導いてくれなかった神に愛着などなく、強い侮蔑の感情を抱きながら思わず口走る。
「レイジ君?」
「気にするな何でもない。 ただ……、うちの方の神様にやる気があれば、俺にも魔法が使えたかもしれないと思っただけさ。 出来るなら使ってみたいモンだろう?」
神の恩寵を授かる身の彼女に不快な思いはさせたくないと、誤魔化すように淡い願望を語って聞かせる。
この点に関してだけは、別に嘘でも何でもなかった。
しかしそれを耳にしたリーリアは、少し複雑そうな表情を浮かべると、以前貸したボールペンを指先で玩びながら、淡々と口を開く。
「でも、こんな便利なものを使えても、こっち側の世界ではこんな小さな筆一つ造ることが出来ない。 たとえ貴族様お抱えの職人であっても」
まるで羨むように、上目遣いでこちらを見つめながら、リーリアは言葉を紡ぐ。
そして暫しの沈黙の後、意を決したかのように表情を引き締めながら顔を上げた。
「ねぇレイジ君。 私、貴方の世界を見てみたい。 誰にも頼れなかった人達が、自分達だけの手でどんな世界を作ったのか知りたいの」
「何だって?」
突然の申し出に俺は思わず問い返すが、彼女のいつになく真面目な雰囲気に呑まれ、安易に断ろうとする言葉を飲み込ませる。
「……やるならちゃんと準備をしてからな」
彼女から注がれる無垢で強い視線に根負けし、俺は渋々ながらも了承の返事を絞り出す。
その途端、リーリアは表情を綻ばせ、屈託なく笑ってくれた。
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