第11話 ~招かれざる者達~

 鬱蒼と草木が生い茂り、傾斜がキツい山中を俺は迷わずひた走る。


 落ち葉が山積した窪地を飛び越え、小川や倒木をまたぎ、周囲に人がいないことを見計らって林道を車両以上の速度で疾走する。


 受け身も取らず高所から落下しても傷一つ無く、通りすがりに横切った野生生物すら遙か背後へ置いていく。 興奮して追いかけてきたイノシシや、不用意に縄張りに踏み込まれて怒ったクマなど、様々な動物のわめき声が時折耳に入ったが一切気にも止まらない。


 山に慣れてるか以前の問題で、それは最早人間の所業ではないことは何となく分かっていたが、今はそんなことどうでもよかった。 今重要なのは、俺の身体がどこまで常人から離れた存在になっているかを把握すること。


 切っ掛けは昨晩まで遡る。


「ねぇ、明日は私が貴方にご馳走して上げる!」

「……君がかい?」

「そう! 私もずっと一人暮らしだったんだから料理の一つや二つ出来るわ! ……舌に合ってくれるか分からないけど」


 俺が作ったトンカツを旨そうに平らげた後、お礼とばかりに伝えられたリーリアの申し出。 彼女の言うことはいつだって唐突だったが、人様の善意を無碍に突っ返すほど俺は冷血ではなく、迷わず頷き返してやった。


「あぁそれは多分大丈夫だろ? 俺と君の味覚も似通ってるようだし、君が美味しいって感じる物は俺も美味しいって感じるはずだ」

「本当?じゃあ楽しみにしててね!」

「ああ、待ってるよ」


 俺の返事を聞いて不安が解消されたのか、彼女は仕事道具を担ぐとさっさと何処かへと消えてしまう。


「いつもいつも決断が早すぎる」


 恐らく食材の調達か何かだろうとさっさと思考を打ち切ろうとするも、彼女から受け取った魔力の塊たった一つで凄まじい力を得てしまったことを思い出すと、強い不安に駆られて立ち上がる。


 たった一粒のエーテルとやらを口にしただけでこんな異常な力を得てしまった今、これ以上別の世界の食物を安易に口にしたらどうなってしまうか見当も付かない。


 故に、少しでも詳しく現在の身体の状態を把握しておこうと、俺は朝早くから近郊の山地まで赴き、行軍の真似事を行っていた。


「きっとあの娘に悪意はないんだろうけど……」


 別の世界の食べ物を摂取しただけで身体能力が異常に向上するなど、こんなあまりに突飛すぎる現象を予測出来る者など誰もいないだろう。 そんなことを考えながら険しい崖を指だけで登り切ると、突如開けた景色に心奪われる。


「随分高いところまで登ってきたんだな」


 大きく曲がりくねった川を中心に広がる田園と、緑の絨毯の中に切り開かれた大きな道路。 そして、それらの遙か向こうに見える海原と山々が織りなす風景は、多少疲れた俺の心身に癒しをもたらす。


「良い景色だ、四苦八苦して山を登りたがる連中が多いのも分かる気がする」


 気分晴らしのハイキングに出かけた訳でも無かったが、思いがけない収穫を得たと誰もいない所で俺は一人静かに笑うと、日が暮れる前に帰ろうと崖下へ目を向ける。


 ……が、視界の中で微かに蠢く人影を認めると、俺は反射的に岩肌へ身を隠しながら崖を滑り降りた。


「……ヤクザか?」


 こんな山奥に、まともな人間がみだりに踏み込んでくるはずがない。


 そう考えると同時、俺は深い草むらの中へ潜り込むと、気配を感じる方向へ意識を集中させて窺う。


 そこで屯していたのは、絵にも描いたような小汚いチンピラ達。 一切人間らしい知性を感じさせず、3大欲求にのみ忠実に生きてきたのであろう社会の産業廃棄物達は、担いできたガラクタを地面に放ると、馬鹿みたいな大声でお喋りを始めた。


「いやぁ、こんな訳の分からないガラクタを山ん中に捨ててくるだけで大金が貰えるなんて夢みたいな話だよなぁ!」

「でもさ、こんな上手い話が本当にあるのかよ? 仕事押し付けてきた連中は別に何とも無いとは言ってたけどさぁ」

「細かいことは気にすんなって! 見ろよ前金で貰った十人の諭吉を! もうすぐ各々で百人ずつ増えるんだから使い道考えておこうぜ!」


 飲み干した空き缶やらペットボトルを放り投げ、汗を吸ったシャツを着替えながら男らは下品に笑うと、リュックから抜き出した説明書らしき紙を見ながら、足蹴にしていた機械のスイッチを弄り始める。


「あれは……」


 俺にはその機械に強い既視感があった。


 以前ヒノクマさんに誘われて渋々振り込んだ、異世界接続プロジェクトのクラウドファンディング募集ページに堂々と載っていた機械。 チンピラ共が有していたものはそれに極めて酷似していた。


「何故あんなチンピラ共があんなものを?」


 そんなことを考えながら、俺はチンピラ共のやっていることを神妙に注視し続けている。 別に連中がどうなろうと知ったことでは無かったが、万が一危険な世界に向けて門が開いてしまった場合を考えると、無責任に放置しておくことも出来なかった。


「頼むからどこにも繋がるな……」


 何も起きないことが一番だと、乱雑に機械を動かし続けるチンピラ共の背中を睨みながら祈る。


 だが当然のように祈りは届かず、開くべきではなかった門が再びこの世界で開放された。


 開かれた門のそばで待ち構えていたのは、強靱な顎と頑健な甲殻を備え、ヒグマよりも巨大な体躯を持った、虫に酷似した化け物。


「え」


 一体何が起こったのかも分からず、事を起こしてしまったチンピラ共は事態把握の為に思わず互いの顔を見合わせるが、それが連中の最期の行動となった。


 そいつらは化け物の顎の奧から飛び出した口吻に首根っこを纏めて貫かれると、向こう側の世界へ引き摺り込まれ、全身を噛み砕かれて瞬く間に絶命する。


 世界の垣根を超えて繰り広げられた弱肉強食の理に俺は思わず絶句するが、偶然口にした馬鹿共のお味が大層お気に召したのか、化け物が意気揚々と門目掛けて迫ってきたのを見て、反射的に地面を蹴った。


「なんてことだ……!」


 こいつを決してこちら側に出す訳にはいかない。


 意を決して俺は草むらから飛び出すと、門を形成していると思われる機械に向かって一目散に駆け出す。 すると化け物もこちらを認識したのか、次は俺を食い散らそうと、チンピラ共の肉片で汚れた口吻を再び飛ばした。


 だが、そんなものを食らってやるほど俺はお人好しではない。


「触んなよ不細工な虫が!」


 俺は飛んできた口吻を逆に引っ掴み、腕力に任せてそれを引き千切ると、元の持ち主自身へ投げ返してやる。


 戦車から撃ち出された砲弾以上の勢いで宙を駆けたそれは、元の持ち主の脳天へぶっ刺さると、不細工な首とそれに連なる神経系ごとぶっこ抜かれて闇の中へと消えた。


「勝手に人ん家のモンを持って行ってはいけません。 良い勉強になっただろう?」


 確実に始末したことを目視して、俺は転がっていた機械とその説明書を足で拾い上げて操作を開始するが、時間的猶予は限られていた。


 同胞を殺されたことに激昂し、闇の中から這い出てきた無数の巨大な虫共が、俺を殺そうと門に向かって遮二無二向かってくる。


「馬鹿共が」


 これがモンスターパニック映画なら間違いなく失敗して惨事に繋がる展開に転がるが、手にした機械が馬鹿でも問題なく動かせる設計になっていたことが幸いした。


「じゃあな」


 喚き声を上げながら迫ってくる化け物共にさよならの挨拶をしてやった後、門を開いたガラクタから手順通りにバッテリーを引っ張り出すと、知らない世界との繋がりが一瞬にして完全に断たれる。


 残されたのはチンピラ共が無駄に撒き散らしたゴミと、出所不明の忌むべきガラクタのみ。


「一体誰がこんなモンを……」


 手にしたガラクタを隅から隅まで観察してみるが、メーカー名など当然のように記載されておらず、付属していた説明書も機械の単純な操作方法以外は一切明記されていない。


 分かっていることはただ一つ、これ以上深入りしたら碌でもないことに巻き込まれることだけ。


「誰だか知らないが俺を巻き込んでくれるな」


 自分自身の平穏と、何より命と将来を守るため、俺は指紋を綺麗に拭き取った後、ガラクタを踏み砕いて足早にその場を後にした。


 くだらない好奇心に負けて平穏を破壊しようとする馬鹿が、これ以上現れないことを祈って

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