第7話 ~与えあう変化~
借家の窓が異世界に繋がる門と化して早半月、どんなに奇妙な事柄であっても人間慣れてしまうようで、窓際に俺の世界に存在しない物を勝手に並べられたりしても、困惑することは少なくなった。
しかし未だ、この家の窓が異界と繋がる門となった原因は分からないまま。 当然自由に開け閉めなど出来ず、招かれざる客が乗り込んでくるかもしれないという懸念は、俺の中で今も燻り続けている。
もっとも、それが原因で俺とリーリアの交流が滞るようなことはなかった。
「これが火を表す言葉で、これが水を表す言葉。 前よりちょっと複雑になってるけど大丈夫か?」
「うん大丈夫、母さんに教えて貰った呪文の印と形が似てるから、今までよりも感覚で分かるわ」
互いの時間に余裕がある間だけという極めて不安定な学習の仕方でも、リーリアの呑み込みは極めて早く、短い作文まで自分の力だけで書けるようになった今、次のステップとして俺は彼女に漢字の読み書きを教え始めている。
以前だったら異世界でこんなものが役に立つかと己を鼻で笑っただろうが、書いた物すら勝手に訳され続けるおかげで、俺は胸を張って彼女の教師としての役目を担い続けていた。
「なぁ、こうして文字を教えるようになってしばらく立つけど、何か役立つようなことはあったかい?」
「うん、おかげで今まで使ってた魔法の中に新しいレパートリーが増えたわ!」
「魔法の?」
「そうなの、私の世界では魔力の流れを正す印が力をくれる。 だから試しに貴方から教わった文字を印に混ぜて使ってみたら、面白い動きをするようになったの! 見て!」
そう言うなり彼女は手始めに複数の筆ペンを宙に浮かせてみると、今まで付近を単純に追従し飛び回るだけだったそれを、自分から大きく離れた位置で自在に動かす。
十数本の白い羽根が編隊を組み、等間隔を保ったまま曲芸飛行をした後、急加減速して机の上に着地する。
無駄一つないその挙動は、まるでベテランパイロットを乗せた飛行機のそれそのものだった。
「おおっ」
「普通ならこんな動き、制御不能になりかねないから危なくてさせられない。 貴方が文字を教えてくれたおかげよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいが買いかぶりすぎだな。 魔法とやらを制御してるのは君自身だろう? だったら自分の腕前をもっと誇った方が良い」
「そう? そうかな? でも……うーん……」
彼女からの感謝の言葉が妙にくすぐったく感じ、思わず照れ隠しに首を横に振って返事をするも、リーリアは納得出来なかったのか俺の顔をチラチラ見返しながら考え込んでしまった。
何としてでも俺のおかげだったと結論付けたいのか、彼女にしては真剣な声色でうむうむと考える声が、採点の為に黙ってペンを走らせる俺の心を和ませる。
しかし、そうやって考え込んでいるうちに何やら別に気になる話題が浮かんだのか、リーリアは突然立ち上がると、窓のすぐそばまで顔を近づけて俺に問いかけてきた。
「そうだ! ねぇレイジ君、最近身体の調子はどう?」
「……いきなりどうしたんだ?」
「えっ!? うん何でもないよ? ちょっと気になっただけだからね?」
自分から切り出したわりには俺の返答に動揺して、リーリアはすぐしどろもどろになってしまう。 そんな彼女のコロコロと代わる百面相を見ているうち、俺は話すより見せてやった方が早いと一人合点すると、ちょっと見ていろとハンドサインをして、部屋の隅っこに積み上げていた金属ゴミの一つを手に取る。
「レイジ君?」
「多分、君の聞きたい身体の調子ってのはこういうことなんだろう?」
困惑するリーリアの反応を余所に、俺は両手に軽く力を入れると、いらないフライパンを指の力だけで紙屑のように引き千切り、燃えないゴミ入れに放り投げた挙げ句、その他のゴミ共々蹴り割って詰め込む。
「え? え?」
「普通なんてもんじゃない。 君に渡されたエーテルってモンを食べて以来、俺はずっと絶好調だ」
ガラスを砕いても血一滴流れず、ネジや釘を踏んづけても突き刺さるどころか逆にへし折ってしまう始末。 ミシミシという耳障りな断末魔を上げるゴミ共に耳もくれず、俺は袋を抱え上げて一気に力を入れると、袋の中に詰まっていた全てのゴミを上半身の力だけで綺麗に圧縮して見せた。
袋の中に残ったのはインゴット状の塊だけ。
「はわわっ……」
「ざっとこんなもんさ、ハッキリ言って個人が持ってて良いパワーを優に超えちまってる。 当然身体の強度や持久力までもう常人のそれじゃない。 君の世界で生きる人達は全員これが普通なのかい?」
「いるにはいるけど変わり者というか、魔法を使わない人達がそんな感じなの」
「なるほどな……、便利な力を使わないか使えない代わりに身体能力をブーストしていると……」
「?????」
「ああこっちの勝手な憶測だ、気にしないでくれ」
俺が咄嗟に呟いたことの意味が分からなかったのか、キョトンとした顔をして固まってしまったリーリア。 そんな彼女をフォローしつつ、俺はまた窓前に戻ってこちら側に返されていた答案の採点を再開する。
もっとも、今の彼女には勉強よりも気になることが出来てしまったようで、窓の向こうから俺の顔を覗き込むように眺めながら問いかけてきた。
「ねぇ、貴方は今まで無かった力を使って何かをやろうとは思わないの?」
「そんなことはやらないさ。 変に注目を集めて君の存在が世間に知られたり、とち狂った連中に身内が迫害されては困る」
「でも貴方の世界では、私の世界と違って皆が団結して生きていると聞いたわ。 皆、普通に受け入れてくれるんじゃ無いの?」
「残念だけど、全ての人が他人や社会を重んじて生きているわけじゃない。 それどころか人様を騙して財産を肥やしてやろうとするロクデナシは山ほどいるのさ」
だから、腹に一物持っている連中の玩具になってしまうような真似はしないと、筆を動かしながら返すと、リーリアはかえって困ったような顔をしてしまう。
「ごめんなさい、貴方の言ってることが難しくてよく分からないわ」
「……気にするな、君にはずっと分かって欲しくない汚い話だったからな」
ずっとむつかしい顔をして必死に考えるリーリアの顔を見て、俺は悪いことをしてしまったと考えると、採点が終わった答案を速やかに返却してやる。
「ほら全問とも正解だったぞ。 やはり君は、自分が思っている以上に賢いと思っていい」
「本当!? えへへっ……」
花丸が付けられた答案を返された矢先に、困ったような顔から驚いた顔、そしてとても嬉しそうな顔へと早変わりしていく。
そんな可憐なリーリアの姿を見て俺は、この世界に渦巻く汚れに彼女が関わるようなことが無いことを願った。
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