第5話 ~もっと知らないことを知る為に~
「ただいま、待たせてしまって悪かったな」
「んーんー大丈夫、待つのは仕事で慣れ切ってるから」
リーリアの学習補助の為、最寄りのショッピングモールの書店から選び抜いてきた本を、俺は異世界に繋がる窓前に置いた机の上に並べていく。 待たせている間、リーリアは俺が別に渡していた動物の図鑑をベッドで横になって興味深く読み込んでいたが、俺が椅子に座ると急いで窓の近くまで寄ってきた。
「それで、どうやって貴方が私の世界の文字を教えるの?」
「まぁ待ってくれ、始める前に簡単なテストをしよう。 君は数を表す記号を読めるかい?」
「数字のこと? 馬鹿にしないで! そのくらいだったら私でも分かるもの!」
「ならよかった。 試しにこれから俺の世界の数字を書いた紙を渡すから、それが読めるか教えてくれないかい?」
「うん……、でも分かるわけないわ。 自分の世界の文字だってロクに読めないのに」
あまり無学な所を見せたくないのか、リーリアはもじもじと身体を使って自信が無いことをアピールしつつも、俺が窓越しに差し出した紙を渋々と受け取り、書かれていた記号に目を通す。
その途端、彼女の疑いに満ちていた表情が驚きに変わった。
「えっ? なんで貴方が私の世界の数字を知っているの?」
大きな目を何度も瞬きさせながら、リーリアは身を乗り出すようにして俺の顔を覗き込んでくる。 そんな彼女の姿を見て、俺は思わず表情を緩めた。
予想が当たってくれたとほっとした気持ちを噛み締めながら、買ってきたばかりの本を机の上で広げ、その一部を窓の向こうへ滑らせる。
「理屈こそ分からないが、何らかの力で訳されているんだろう。 誰にでも分かる記号からこうやって話す複雑な言葉に至るまですべて」
「あっ!」
よく考えてみれば、今まで言葉が通じていたこと事態がおかしなことだったのかと、リーリアは今さら驚いたように口を隠す。 そんな彼女のどこまでもオーバーであけすけな態度に、俺は軽く眦を緩めながら言葉を続けた。
「この現象を使えば、恐らく俺でも問題なく君に君自身の世界の文字を教えられる。 今までも狩人として問題なく生きてこられただろうが、物事を理解する手段が増えれば君の人生はより豊かになるはずだ」
「はずだって、絶対そうなるとは言ってくれないのね?」
「それが生かせるかは君次第だからね、俺はただ新しい道具の使い方を教えてあげることしか出来ない。 でも、出来ることが増えて困ることはないとだけは断言出来る」
「新しい道具の使い方ね……、そう言われると私でもちょっと理屈が分かってきたわ」
言語的では無く感覚的に俺の言葉を捉えたのか、リーリアは自信なさげだった態度を改め、椅子に座り直しながら笑った。 彼女がこうして見せる屈託無い笑顔は、俺が今まで生きてて見てきたどんな笑顔よりも明るく眩しく美しい。
「じゃあこれからよろしくお願いするわね、私の新しい先生さん」
「先生か、何だか畏まってて小っ恥ずかしいな」
「照れることなんてないわ。 もっと自信を持っていいのよ? だって貴方は私には出来ないことが出来るんだから」
「……そうか」
話し込んでいる間にもにこにこと変わらず朗らかに、輝くような笑顔を振りまきながら、リーリアは二日前までは他人だったはずの俺のことを無邪気に信じて接してくれる。
そんな彼女の期待に報いるべく俺はペンを手に取ると、子供に促すように書き取りのレッスンを始めた。
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