三話 「VR ~バイオレンス・リアリティ~」 ②
薔薇水通り
誠一はレインと仁志を連れて、これから何をするか考えながら往来を散策していた。
相も変わらず薔薇水通りは治安が悪い。
叫び合い、殴り合い、殺し合いが平然と行われていた。
しかし、三人は特に周りに注意することもなく歩いていた。
「うーん……俺の趣味なんてアレくらいなんだが……他に何を見せればいいんだ? みんなでヤるのがアレなら、一人でヤろうか?」
「……それを僕に見せてどうしたいの……」
仁志は溜息を吐く。
一方のレインは話が理解出来ていない。
「先輩、無趣味なんですねー」
レインは意地悪くニヤニヤと煽る。
だが、誠一にはあまり効果がない。
「折角だし、お前の趣味を教えろよ。木崎に見せてやれ」
「え、私ですか?」
「俺に協力してくれるんだろ?」
「……仕方ないですねぇ……」
レインは満更でもない様子で腕組みをした。
「奥宮さんはどんな趣味を持っているのかな?」
仁志は誠一から現実の面白さを教えてもらうのは諦め、レインの趣味に興味を持った。
「では! 二人ともついて来てください!」
レインは笑顔で二人を『ある場所』へと連れて行った。
*
奥宮学園 正門前
レインが二人を連れて行ったのは奥宮学園だった。
先程までいた場所に奇しくも戻ってくることになった。
「じゃん! 二人ともこれを持って下さい!」
レインは二人に雑巾を渡した。
二人は既に察していた。
何故なら彼らの目の前には――
「さあ! 拭き拭きしましょうねー!」
「……」
「……」
そう言って、レインは嬉々として学園長の銅像を雑巾で磨く。
その表情は柔らかかった。
しかし、誠一と仁志の顔は死んでいた。
「綺麗になーれ。綺麗になーれ」
熱心に、念入りに磨き続ける。
「わあ! お父様! とっても輝いていますよ!」
誰も彼女の声には反応しない。
「……藤沢君、彼女は……」
「ああ、ファザコンなんだ。……まあ、こういう趣味があるとは知らなかったが……」
レインは笑顔で磨き続ける。
二人が何もしていなくとも、気にすることなく磨く、磨く。
学園長の銅像は光り輝いていた。
「……藤沢君、僕は――」
「待て! 言うな! よし、そうだ! 俺にはもう一つ大事な人生の目標があるんだった! 今度はそっちを見せてやるよ! まあ『見せる』って言うと少し違うが……」
「いや、別にいいけど――」
「いいから、いいから!」
そう言ってレインが作った謎の空間から、取り敢えず仁志を連れ出そうとする。
もちろんレインはそんな誠一の様子には気にも留めない。
だがしかし、誠一を止めるものは別にいた。
「……お前さんが藤沢誠一か?」
正門から学園に入ってくる男が一人。
誠一は仁志から目を離して反応する。
「? 俺は藤沢誠一ですけど……誰ですか?」
「俺は田坂伸次郎。梅印の銭闘員だ。お前さんを勧誘しに来た」
レインは未だ一心不乱に磨き続ける。
そんな彼女を尻目に、誠一は伸次郎に対して怪訝そうな表情を向けた。
伸次郎は腕を組んで仁王立ちしている。
「勧誘って……銭闘員に? 俺を? ギフトも使えないのに?」
「まあ、そういう指示でな。ギフトなら、銭闘員になれば価値が上がって身に付くだろう。もう既にお前さんに価値を見出している人間もいるわけだからな」
誠一は頭を掻きながら姿勢を正した。
一応目上の相手には敬意を払える性格だった。
「……もしかして、川崎の代わりってことですか? 太陽機関って実は人材難なんですか?」
「価値の高い人間は日々入れ替わる。『人間相場』という奴だ。太陽機関は投資のタイミングを逃さない。お前を獲得するために銭闘員を派遣するべきだと考えたんだ」
「俺、ただの学生ですよ?」
「? 『奥宮学園の学生』だろ? それだけで価値があるじゃないか。謙遜か?」
誠一は気付いていなかったが、このファースト民国において、奥宮学園は一番の教育機関だった。
奥宮学園の学生への銭闘員勧誘はかなり多くの頻度で行われており、誠一だけが特別というわけでもない、よくあることだった。
ただ、少しだけ珍しいことがあるとすれば、誠一を勧誘するに至ったきっかけが、『推薦組』の川崎星華の代理だったということだ。
そのため、星華の時と同様に強制力が生まれる。
「……悪いが、拒否権はないと思ってくれ。そもそも、お前さんにとって銭闘員になることはデメリットにはならんだろう? 国の治安維持に務める……そんな人生も悪くないはずだ」
「……うーん……そうだなぁ……」
誠一は思案していた。
別に銭闘員になることに抵抗があるわけではない。
彼は、自分の抱いている『人生の目標』のために、銭闘員になることが役立つのかどうかを冷静に分析していたのだ。
そして、その結論は意外にもあっさりと決まる。
「いいですよ。取り敢えずは……無印からですよね?」
「ああ、そうだな」
「わかりました! それじゃあ、手続きの方を……」
「いや、待て」
突然伸次郎は腕組みを解き、右の手の平を誠一に向けて制止させた。
「その前に……腕試しをしないか?」
「は、はい?」
「お前さんが俺にあっさり負けるようなら、銭闘員は務まらん。何せ、銭闘員は殺人者のような悪人を捕える仕事だ。ギフトが使えなくても、多少はやり合えんと困るからな」
「え、えぇ……」
無論、伸次郎に上からの命令を無視する気はない。
だが、創太がやられたこともあって多少なりとも火がついていたのだ。
そんなことを知らない誠一は冷や汗をかいていた。
「……断ったらいいんじゃない?」
そう言い放ったのは仁志だ。
レインは銅像磨きで忙しい。
「木崎?」
「この国の治安維持……ね。それの何が楽しいんだか。僕に藤沢君の趣味は理解出来ないけど、藤沢君は自分の趣味に生きるべきだって思うよ。きっと、その方が楽しめるはずだ。もちろん、僕は同じことをしても楽しめる気はしないけどね」
「お前……」
突然話に入って来た仁志の言葉に誠一は呆気に取られる。
「お前さんは……藤沢誠一の友人かい?」
「ええ、まあ」
仁志は眼鏡の奥の瞳を輝かせながらあっさりと答える。
「……決めるのはお前さん自身だ。だが、断る様なら実力行使も止むを得ん。梅印を破る程の人物は太陽機関にとっても、この国にとっても危険な存在だからな」
ここで初めて誠一は、先日創太を追い払った出来事が重大なことだったと理解した。
この国の秩序側のシステムを理解していなかった誠一は、梅印の銭闘員というものが悪人にとってどれほどの脅威なのかを知らない。
彼は今、平凡に生活をしている一方で、秩序を脅かし得る危険人物となっていたのだ。
「いやだから、俺は断るつもりはありませんって! というか、出来れば腕試しもしたくないんですけど……」
「気に入らないなぁ」
仁志は息を吐きながら頭を傾ける。
「ねぇ、藤沢君。君がどういうつもりかは知らないけど、僕は楽しんで生きている君が見たいなぁ。銭闘員になっても楽しめるの?」
「……俺はそのつもりだ。つーか、さっきも言ったろ? どんなことでも、楽しもうとしなきゃ楽しめない。視野を広げようぜ」
「……じゃあ、腕試しも楽しめるんだね?」
「え……あ、ああ! もちろん!」
その返答は伸次郎の耳にも当然届いた。
伸次郎はニヤリと笑った。
「ようし! では、行くぞ! 藤沢誠一!」
「……クソ、しゃあねぇなぁ!」
二人の男が向かい合った。
一人の男はそれを見守る。
だが、一人の女は未だ銅像を磨き続けていた。
「俺のギフトは、『筋肉増強』だ。ただシンプルに肉体を強化できる。……フンッ!」
伸次郎が息を吹き出すと、彼の着ていた上体の衣服が一瞬にして弾け飛んだ。
膨れ上がった筋肉の密度が衣服に留まる限界を超えたのだ。
「わお……」
誠一はあまりの迫力に汗を垂らす。
まともにやり合えばまず勝負にはならない。
彼はすぐにそれを察した。
「藤沢君は何が出来るのかな?」
「だから俺はギフト使えないんだって……」
仁志はワクワクしながら見守っていた。
彼は間違いなくこの状況を楽しんでいたのだ。
「行くぞ!」
伸次郎は誠一に向かって突進する。
膨れ上がった筋肉は艶やかな光沢を見せ、体格が一回り劣る誠一など、ぶつかっただけで吹き飛びそうなほど圧力があった。
誠一は恐怖を感じながらも打開策を考える。
一撃食らうだけで間違いなくやられる。
この突進を食らうわけにはいかない。
彼が選んだ選択肢は――。
「当たり所悪くても、恨まないでくださいね」
腰に隠していた拳銃を取り出した。
パァンッ
そして発砲。
誠一が一メートル以上離れて銃を撃ったのはこれが初めて。
まっすぐに向かってきているとはいえ、狙い通りの位置に当たる保証は無かった。
だが、膨れ上がった筋肉によって表面積の上がった伸次郎の体は、非常に的にしやすい。
少なくとも、必ず体のどこかに当てられる確信はあった。
しかし―――。
キィンッ
「ハァッ!?」
弾丸は確かに伸次郎の二の腕辺りに命中した。
だが――弾丸は弾かれた。
筋肉によって弾かれたのだ。
「うおお!?」
衝撃にバランスを崩した伸次郎はその場で転ぶ。
だが、弾丸による傷は出来ていない。
「うっそだろ……おい……」
誠一は開いた口が塞がらない。
だが、驚いたのは伸次郎も同様だ。
「フンッ! 面白い武器を使うな、お前さん! 驚いた!」
「俺の方が驚きだっつの……」
伸次郎は拳銃を知らない。
ギフトを使った暴力を行う者と相対することは多かったが、拳銃を使う相手に会うのは初めてのことだった。
少なくとも、彼にとっては。
「もう一度俺の動きを止められるかな!?」
「ちょ、ま」
そう言って再び突進する。
誠一は再び銃を構えるが、それが効かないことは既にわかっている。
思考する時間はない。
避ける隙も。
「おらああああ!」
ドォォンッ
「うあああああああ!」
誠一は吹っ飛んだ。
レインが必死に磨き続けている銅像の方へと、一直線に。
ガッシャァンッ
「ああああああああああああ」
叫び声を上げたのは、誠一ではなくレインだ。
彼女の目の前にあった学園長の銅像は、誠一がぶつかったことで跡形もなく砕け散った。
「あ」
「あ」
仁志と伸次郎は同時に発声する。
先程来たばかりの伸次郎でも、状況は理解出来た。
「お父様あああああああああああ」
彼女の父親は、見るも無残な姿で彼女の足元に散らばっていた。
*
数分後
誠一はiウォッチによって回復した。
あばらが粉砕骨折を起こして肺が潰れていたが、それでもiウォッチでいとも簡単に治療が出来る。
なので、誰も彼の心配はしていなかった。
むしろ、仁志と伸次郎はレインを慰めていた。
「あ、あ、あぁ……お父様が……ボロボロに……」
「ま、まあまあ、たかが銅像だし、そんなに気にしなくても……」
「すまんな嬢ちゃん……」
誠一はレインの姿を見て呆れていた。
彼だけがこの状況に違和感を持っていたのだ。
「なあレイン」
「何ですか? この人殺し」
「俺の所為じゃねぇだろ……人でもねぇし……」
誠一は溜息を吐く。
「何で直さねぇんだ?」
「え?」
「いや、だからさ、iウォッチで直せばいいじゃん。何で直さねぇの?」
「……え? そんなこと出来るんですか?」
「……」
――なんか、都合のいい具合に発想が貧困なんだよなぁ、ここの人達……。
誠一の感じた疑問は非常に重大なものではあったのだが、それを皆に直接伝えはしなかった。
彼もまた、その重大さに気付いていなかったのだ。
「出来るよ、ほら見とけ」
誠一はiウォッチを弄り、銅像だった残骸に対してiウォッチから放たれる光を向ける。
すると、たちまちにして銅像は元の形へと戻っていく。
「うわああああ! お父様が生き返った!?」
「元々死んでねぇだろ。ったく……」
誠一は伸次郎の方に体を向けた。
「えっと……俺の負けですけど、銭闘員にはなれない感じですか?」
伸次郎は口角を上げた。
「いやあ、問題ないだろう! お前さんは度胸がある。俺の突進を真正面から受けたわけだしな!」
「いや、避けられなかっただけですけど……」
伸次郎はガハハと笑った。
そして誠一の肩をポンポンと叩く。
誠一は気まずい顔をしながらも、取り敢えず愛想笑いを浮かべることにした。
「藤沢君、見てたよ」
「木崎……」
仁志は満足そうな顔をしながら誠一に歩み寄る。
一方の誠一は、楽しそうなところを見せられなかったと感じて気を重くしていた。
「僕、決めたよ」
「ま、待ってくれ! 他にも面白いものあるからさ! な? 学校来ようぜ! 楽しいからさ! いや、マジで!」
「何をそんなに焦っているのか知らないけど、学校に行こうと思っているから安心していいよ」
仁志はあっさりとしてそう言った。
「え……マジ?」
「マジだけど」
「でも……何で?」
誠一が疑問に思っているのがおかしいのか、仁志は眼鏡をクイッと上げながら笑う。
「現実にも面白いものがある、そう思ったからさ」
「え……何が面白いと思ったんだ? 自分で言うのもなんだが、お前が楽しめそうなものを見せられた気がしないんだが……」
「……確かに、君の趣味は僕には楽しめそうにはない。奥宮さんのもね。でも……そうじゃないんだよ」
「どういうことだ?」
「僕が面白いと思ったのは、君だよ、藤沢君」
「俺?」
「あ、奥宮さんもね。それにそちらの銭闘員のおじさんも」
話を理解していない伸次郎はもちろん、レインも疑問符を浮かべていた。
「イベントこそゲームの方が充実しているかもしれないけど、キャラクターの多様さはこっちの方が豊富かもしれない。それを観察しているだけでも十二分に面白い……そう思ったんだ」
「木崎……!」
「藤沢君ほど愉快で滑稽な人は今まで見たことない。おかげで、現実も期待出来るんだって理解したよ」
「木崎……」
誠一は馬鹿にされているように感じて少し苦い顔をする。
だが、とにもかくにもこれで仁志を学校に連れてくることには成功。
目的を一つ達成したことに彼は安堵した。
「なんだかよくわからないですけど、よかったですね、先輩」
すっかり機嫌を直したレインは誠一に対して微笑みを見せる。
「ああ。あとは一人だけ……。これで先生からの任務は達成できそうだ」
「というか、藤沢君はどうして僕ら不登校生をそんなに学校に来させたいの? 面白いから?」
仁志はニヤリと笑みを浮かべながら尋ねた。
「そうだな……敢えて言うなら、俺の『価値』を高めるためかな?」
「君の『価値』?」
誠一はフッと笑った。
「レインにも頼まれているんだけど、俺、生徒会長になる気なんだ。先生からの人望は欲しいだろ? まあ、そうでなくても、俺は今、誰でもいいから俺という人間の評価を上げてほしいって思ってるんだよ」
「それは……ギフタ―になりたいから?」
「それもあるが……何より、俺は成り上がりたいんだよ。この国の、一番偉い人間に……な」
それは、誠一が抱いている『計画』の一部。
他人に話すのはこれが初めて……ではなかった。
彼の『計画』……及び、『人生の目標』を知っているのは、彼自身と、もう一人。
その人物は、今も彼の部屋の押し入れの中にいた。
彼だけが知る、彼に関する秘密の共有者だった。
その人物の名は――。
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