四話 「どうせ全ては水の泡」 ①

 誠一宅




 誠一は自分の『趣味』を終えて帰宅してきた。

 彼の趣味は非常に体力を浪費するので、体は疲弊しきっていた。

 もっとも、iウォッチを使えば疲労は簡単に取り除けるのだが、それが習慣づいていない他の人々達に倣って、誠一は睡眠をとって体力を回復する日常を送っていた。

 部屋に入ると、彼は伸びをしながら床に横になった。


「あー、疲れたー」


 誠一は大きく息を吐いた。


「お帰りなさい」


 押し入れの戸が開いた。

 中からは、一人の少女が現れる。


藤花とうか……。ただいま」


 ベージュ色の長髪に、白のワンピース。

 どこか儚げな雰囲気を纏い、光を失った瞳を持つ少女だった。

 魅力的なプロポーションである星華ほどではないが、スレンダーで、美しい容姿をしていた。


「……飽きないの? つまらない女を抱くの」

「酷いこと言うな。つまらなくなんてないよ。それに、俺は欲求解消以外の目的はない。飽きるも何も、ライフワークの一環なんだ」

「そう……」


 まるで興味が無いといった反応をする藤花という名の少女。


「お前もヤってみればいいんじゃないか?」

「興味ない」

「そっか」


 彼女の素っ気ない態度を予想していた誠一は適当に相槌する。

 もう何度も誘っては断られていたのだ。

 一度断られたらまた日を空けて誘い、しつこくはしないのが、誠一のいつもの女性への対応だった。


「……貴方も、他の有象無象と変わらないのかしら」

「何が?」

「……退屈」

「……」


 誠一はバッと起き上がった。


「お前は急ぎ過ぎなんだ。そう簡単に世界を変えられたりはしない。……あ、そうだ。俺、銭闘員になったから。あと、そろそろ奥宮学園の生徒会長にもなる。こっからだぜ、面白くなるのはさ」


 誠一はフッと笑いかけた。

 しかし、藤花は無表情のままだ。


「……なるべく早くしてね」


 二人の会話は、それ程長くは続かない。

 同じ屋根の下にいながら、彼らの距離感はどこか測れない所があった。

 二人は互いに対して深くは関わらない。

 それは、出会った時から変わらない――。



 半年前 ゴミ捨て場




 誠一がファースト民国に現れてから、僅か三日後のことだった。

 彼は、死体の山の中で彼女と出会った。



「……くせぇ……。誰か消せよ、この死体……」


 そこは、誰が最初に始めたのか、自殺の名所だった。

 ゴミに紛れて人が捨てられる場所なのだ。

 大きな崖の下にあり、自殺を望む者は崖から飛び降りてくる。

 その為、その場の臭いは、耐え難いどころの騒ぎではない悪臭に塗れていた。

 誠一は当てもなくさ迷ううちにこの場所に訪れていた。


「取り敢えず……上に登らねぇことにはな……」


 これ以上この場にいては、体に異常をきたすのは自明の理。

 何とかして崖を登れる場所を探していた誠一だったが、向かう先向かう先死体の山。

 誠一は手持ちのiウォッチを使い、死体を一つ一つ消していった。


「……うん?」


 死体の山の中に、誠一は何か不審な『モノ』を発見する。

 それは、色白の腕だ。

 間違いなく、女の腕だった。

 死体に埋もれているが、どういうわけか、彼はその腕が気になってしまった。

 誠一はその腕の下に向かった。

 そして、これまたどういうわけか、彼はその腕を引っ張り出そうとした。

 何故そうしたのかは未だに彼自身も理解出来ていないだろうが、それでもそうせずにはいられなかったのだ。


「……おい、大丈夫か?」


 その腕の持ち主は生きていた。

 血やゴミに塗れていたというのに、彼女はとても綺麗だった。


「……何故、助けたの?」

「……いや、わからない」


 この世の全てに絶望しているかのような表情を浮かべる彼女に、誠一は自分も気分を落とす。


「まあ、こんなとこにいたら死ぬだけだ。死に方くらいマシなのを選ぼうぜ」

「……マシって何? どうせ死ぬのに、マシな方を選ぶ理由は何?」

「それは……痛いのは嫌だろ?」

「……別に」

「……」


 誠一は彼女が死にたがっているのだと感じた。

 そして、恐らく死ぬことに恐怖を微塵も抱いていないということにも気が付いた。


「聞きたいことがある」

「……」


 反応しない彼女を無視して誠一は続ける。


「俺は、この世界が気に食わないんだ。インフィニティとかいうモンの所為で、誰でもいつでも何でも出来ちまう。退屈だろう? 銭闘力とかいうのも気に入らない。そいつの価値なんかで力が強くなるなんて、馬鹿みたいだよな? 俺は……インフィニティをぶっ壊したい。教えてくれないか? どうやったら、インフィニティをぶっ壊せると思う?」

「……」


 誠一の目的。

 それは、『インフィニティの機能停止』だった。

 衣食住に頭を悩ませ、特別な力など誰にも使えない。

 人間から怠惰を取り除き、活力をもたらす。

 それこそが、誠一の『人生の目標』だったのだ。


「……ま、アンタに聞いても仕方ないか」

「インフィニティの実働権は太陽機関が持っている」

「え?」

「太陽機関に認められる存在になれば、制御装置の場所を知ることが出来るようになる」


 返答を貰えると思わなかった誠一は一瞬唖然とするが、彼女から聞いた情報は、彼が最も知りたいことの一つだった。


「……成程。つまり、成り上がればいいんだな?」

「出来るのなら」

「やってみせるさ。俺が面白い物を見せてやる。この退屈な世界でな」


 誠一に腕を掴まれたままの少女の瞳は、相変わらず黒ずんでいたままだった。

 だが、ほんの少し、僅かにだが、確かに誠一の言葉に反応していた。

 彼女は誠一と目を合わせた。


「お前、名前は?」

「……巣食藤花すくいとうか

「俺は藤沢誠一だ。よろしくな」


 それ以上の質問はしなかった。

 誠一の言葉を信じたのか、それともただの気まぐれか、藤花は誠一に付いて行くことを決めた。

 だが少なくともそれは、間違いなく彼女自身が望んだことで、彼女自身が決めたことだった。

 世界に絶望していた少女は、世界を壊そうとする少年に期待を寄せていたのだ。



 太陽機関 本部




 誠一は銭闘員となったことで、手続きを終わらせに本部へとやって来た。

 必要はないはずだが、レインも彼に同行してきていた。

 二人は、エントランスで伸次郎からの案内を待っていた。


「何で私が先輩に付いてこないといけないんですか? 先輩が生徒会長になってくれるのなら、もう用は無いんですけど」

「でも来てくれるんだな。優しい」

「ま、まあ? 先輩の方から頼んでくるというのは? 初めてでしたし?」


 レインは照れ隠しをするように顔を逸らした。

 彼女の頬は僅かに紅潮させている。

 ただ、誠一が彼女を呼んだ理由は、単純に傍に女性がいないと安心できないという彼独自の嗜好が理由だった。

 人との交流が少ないレインは、共に過ごす時間が長くなるにつれて誠一を意識し始めていたが、一方の誠一は特に彼女のことは意識していなかった。

 それも、彼が普段から積極的に欲求を解消していることが起因している。

 彼にとってレインは、可愛い後輩でしかなかった。


「おう、来たか誠一」


 奥の階段から伸次郎が現れる。

 何故か上半身は裸だった。


「ああ、田坂さん、こんにちは」

「こんにちは」


 二人は上半身が裸なことには触れずに挨拶した。

 彼が能力を使えば服が破れるということを知っているので、恐らくそれが原因だろうと二人とも推理していたのだ。


「……それで、手続きは?」

「そら、これがワッペンだ」


 伸次郎は誠一に『無印』のワッペンを手渡した。


「それを付けている間は銭闘員扱いしてもらえる。まあ、別に付けずに仕事してもいいけどな」

「雑ですね……。それで、手続きは?」


 誠一はワッペンを制服に取り付けながら尋ねた。


「以上だ」

「はい?」

「これで終わり」

「……」


 誠一は一瞬言葉を失った。


「……ガバガバ過ぎませんか? この組織」

「……まあ、今の時代、こんなモンだろう」


 太陽機関だけでなくこの国の組織事情の雑さをよく知っている伸次郎も、頭を掻いて苦笑いした。


「はぇー、先輩もこれで銭闘員ですか。まあ、我が奥宮学園の生徒会長となる人物なら、『松印』を目指してほしいですけどね」

「いや、それってこの国の最高戦力だろうが……」


 呆れるような言い方をする誠一だが、彼が狙っているのはそれに近い立場だ。

 目的達成の為、まずは太陽機関に認められる立場に就く必要があった。

 生徒会長に薦められたのも、銭闘員になったのも偶然だったが、いずれ彼が目指す立場の候補であったことには違いない。

 誠一は伸次郎に尋ねる。


「田坂さん、仕事のやり方を教えてもらってもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。付いて来てくれ」


 誠一とレインは伸次郎に付いて行く。

 三人は奥の階段を上って、二階へと向かった。



 伸次郎に付いて行くと、彼らはある大部屋に辿り着いた。

 そこは数多くの機械が建ち並び、AR技術によって、立体映像が至る場所に投影されていた。

 ビジョンには数字やグラフ、他にも地図のようなものが描かれている。


「ど、どうなってんだ……これ……」


 このAR技術は誠一も初めて目撃する物だった。

 特殊なプロジェクターによって空気中に映像が投影されている。

 触れると透けるが、映像がずれることは無い。

 この技術は、インフィニティと同様の原材料を使って生み出されていた。


「ここは、マッピングルームだ。銭闘力を発する者を地図に書き出す場所だ。おまけに銭闘力を数値化して測ることも出来るぞ」

「へぇ―……」


 誠一は映像の地図を確認する。

 確かに地図には何かを意味する光が点々としていた。


「あの大きなのは……?」


 地図の中にある光の大きさはほとんど一定だったが、一部、明らかに他の物とは比べられない大きさの物があった。


「ああ、それはきっと六松隊の誰かだろう」

「六松隊……六人しかいないっていう松印の銭闘員ですか」


 ――出来れば対立したくはないな……。

 誠一は心の中で誓った。


「先輩、銭闘力を測ってみませんか?」

「ああ、いいぜ」


 レインに言われて、誠一は測定器の下へ向かう。

 測定器はシンプルな作りで、地面にサークル状の機械が敷かれており、その中に人が立つことで測定することが出来る。


「こう……でいいのかな?」


 誠一は伸次郎に従って測定を開始する。

 サークル状の機械から、上に向かって誠一を包むように光が投射される。

 その光は一旦誠一の頭まで行くと消え、また地面から新たな光が現れる。

 それが何度か繰り返されるうちに、測定は終了する。

 が、しかし――。



 ヴー ヴ―



 機械の表示には『NO DATA』の文字が出ていた。

 しかし、伸次郎は英語がわからない。


「何だ? 読めん」

「どうしたんですか? 田坂さん。故障ですか?」

「わからん。故障のはずはないんだが……」

「ちょっと見せて下さい」


 レインが覗き見る。

 レインにも英語はわからないのだが、彼女には経験則に基づく思考力があった。


「あー……これはきっとアレですよ。先輩のデータが無いんです、太陽機関に。たまにいるじゃないですか」

「あー、アレか」

「アレって……何それ?」


 誠一はこの国の人間ではない。

 なので、彼の情報がこの国に登録されておらず、簡単に言ってしまえば流浪人状態だった。


「先輩実は他の国の人だったんですか?」

「……いや……同じ言葉話してるだろ」

「? どういう意味ですか?」


 誠一は誤魔化したが、レインには伝わらない。

 その理由は今の彼にはわからない。


「……まあ、無理だってことはわかったよ。それより田坂さん、仕事のやり方を教えてもらっても……」


 誠一は銭闘力の測定を諦めて機械から離れる。


「あ、ああ、わかった。まず、あの地図を見てくれ。光に色があるのはわかるな?」

「はい。さっきから不思議には思っていたんですけど、赤、青、黄に分かれていますよね」

「黄色の光はギフトを持たない人間。青色の光はギフトを持つ人間を表している。あの大きな光も青色だろ?」


 伸次郎は指をさしながら説明する。


「では、赤色は?」

「それが、俺達銭闘員の捕縛対象だ」

「え? どういうことですか?」


 レインが割って入る。


「先輩、世間知らずだから銭闘員の仕事知らないんですよね? いいですか? 銭闘員はこの国の治安維持の為にあります。つまり! 殺人者を捕まえて、『更生施設こうせいしせつ』送りにするのが、銭闘員の仕事なんです!」

「殺人者? まあわかるが、他の犯罪者は?」

「ハンザイシャ……? ああ、犯罪ですか? ……犯罪……。犯罪……?」


 レインは頭を悩ませる。

 知らないわけではないが、彼女にとっては聞き慣れない言葉だった。

 誠一がどういう意味でその言葉を使ったのかを考えていたのだ。

 そして、その様子を誠一は察した。


「……ああそうか、この国には法律がないもんな。……冷静に考えて、法律もないのに治安維持って意味がわからないな。いや、待てよ……そうか、怪我しても治るし、物を盗む理由もない……。だから、『殺人』以外は犯罪じゃないってことか。いや、犯罪ではないな……何ていえばいいんだ? 悪?」

「先輩一人で勝手に話し進めないでくださいよー……」


 誠一から聞き慣れない言葉が続くもので、レインは頭がパンクしそうになっていた。

 おまけに誠一の独り言はわけのわからない論理展開に感じ取られた。

 それ程までに、誠一と彼女らの持つ常識は違っていた。


「つまり、あの赤い光は殺人者を表していると……そういうことですか?」


 誠一は田坂に尋ねる。


「ああ、そうさ。ここで見つけた奴を適当に捕まえにいくんだ」

「て、適当に……」

「捕縛人数が増えれば梅印に昇進出来るからな。まあ、頑張れ」

「わ、わかりました……」


 仕事の説明はあっさりと終った。

 伸次郎もここの地図がどういう原理で作られているのかを知らない。

 ただ赤い光の印のある場所へ向かって行き、仕事を果たすだけ。

 他のメンバーも同じで、それだけでこの太陽機関は成り立っていた。

 他にも伸次郎は、誠一に、殺人者の捕縛後の対処について説明した。

 捕縛後は一人の例外もなく『更生施設』へと連行する。

 『更生施設』とは刑務所のような場所であり、明確な刑期などは存在しないが、殺人者を社会から隔離する目的で作られた場所だ。

 そして、そこに連行するまでが銭闘員の仕事。

 誠一は、伸次郎から仕事内容について全て教わると、ある確信を持った。


 ――銭闘員の仕事……恐ろしく雑だし、保険があるわけでもない……。

 ――これは……無理してやる必要はなさそうだな。


 彼は銭闘員の立場を手にはしたが、その仕事をする気はなくなってしまった。

 組織の雑なシステムに呆れながら、誠一は本部を後にするのだった。

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