三話 「VR ~バイオレンス・リアリティ~」 ①

 マンション・レイニーレインタワー




 誠一は、レインを連れて次なる不登校生徒・木崎仁志きざきひとしの下にやって来ていた。

 仁志は、基本的に自分のギフトを使ってゲームの世界で生活しているが、その能力の解除条件は至極明快だった。

 彼は、自室でヘッドセットを付けている時だけゲームの世界に精神を投影することが出来る。

 つまり、そのヘッドセットを外せば強制的にゲームの世界から現実に戻される。

 誠一達は勝手に家に上がり、彼のヘッドフォンに手を掛ける。



 仁志はゲームの世界を楽しんでいた。

 ゲームの内容は冒険ファンタジー。

 彼は剣を片手に魔物と戦っていた。

 しかし――突然周りの景色が変化する。

 現実世界に戻されたのだ。


「……また君か」

「よ、元気か?」


 誠一は笑いかけるが、仁志は苦い顔をしていた。


「酷いなぁ、人が楽しんでいる時にさぁ」

「学校行こうぜ!」


 誠一は取り敢えずサムズアップした。


「……はぁ……それなら、メリットを提示してよ。僕のゲームより面白いイベントがあるの?」


 仁志が登校を拒否する理由は、学園が舞台のゲームに精神を投影することで事足りると考えているからだ。

 逆に言えば、ゲームより面白い出来事があるのなら、登校もやぶさかではないと捉えている。


「ある! ゲームもそりゃあ面白いだろうが、こっちもいいもんだぜ?」

「じゃあ、具体的に何があるのか教えてよ。僕のギャルゲーに出てくるヒロインより可愛い人とかいるの?」

「先輩、この人ヤバいですよ」


 レインは仁志の現実の女性を馬鹿にするような発言に呆れ返る。

誠一はそんなレインを手で制す。


「まあまあ。いることにはいるだろ。ほら、コイツとか」


 そう言ってレインを指す。

 レインは自分が『可愛い人』の具体例として出されるとは思っていなかったため、僅かに頬を紅潮させた。


「え……どこが?」

「先輩、この人殴っていいですか?」


 誠一は再びレインを手で制した。

 そして語りだす。


「……あのさ、俺はさ、別にゲームと現実のどっちがより素晴らしいとか、そういう話をしたいわけじゃないんだ。どっちも違って、どっちもいい。そう思ってる。同じじゃないんだよ。そっちで体験できることがこっちで出来るわけじゃないし、こっちで体験できることがそっちで出来るわけじゃない。ならいっそのこと、どっちも楽しむ方が有意義だと思わないか? それとも、お前は時間に追われてるのか? あるいは、わざわざこっちの世界を楽しむだけの器量を持ち合わせていないのか? 今のお前は、視野を狭めて、楽しめるものを楽しもうとせずに、無視しているようにしか見えねぇよ」


 煽る様に説得する誠一だったが、仁志は特に苛立つことは無く真剣に話を聞いていた。

 彼は別に意固地になっているわけではない。

 ただ、知らないだけなのだ。

 現実の世界の面白さというものを。


「……理屈はわかるよ。確かに、僕は勝手に、現実はゲームの劣化だと考えていたけど、何も現実の全てを知り尽くしたわけじゃない。もちろん、ゲームの世界も知り尽くしてはいないけどね。楽しめるかどうかはわからないのかもしれない」

「だったら――」

「それなら僕に見せてよ」

「え?」


 仁志は眼鏡をキラリと輝かせながら装着した。


「藤沢君が楽しんでいる姿をさ」



 奥宮学園 中庭




「まずは君がどれだけ現実を楽しんでいるのか教えてほしいな。僕もそれを見てどうするか決めるよ」


 仁志の知的好奇心は高い方だった。

 誠一がそれ程までに誘うのならば、と現実にも興味を示していた。


「うーん……具体的に何すればいいんだ?」

「そんなの、君が普段していることをすればいいよ。面白そうだったら僕もこれから登校するからさ」

「普段してることって……」


 誠一は頭を掻いて悩んだ。


「先輩って普段何してるんですか?」

「……うーん……」


 彼は、答えるべきかどうかを悩んでいた。

 あるいは普段と違うことをして、それをいつもやっていると騙して仁志を説得しようかとも考えていた。

 だが、素直に言われた通りにしようと決めた。


「じゃあ、そうだな……レイン、お前今日暇?」

「私はいつも暇ですけど?」

「お前、友達とか彼氏とかいないの?」

「……い、いませんけど……余計なお世話です!」


 レインは顔を赤くして膨れ上がった。

 彼女は現在、奥宮学園の生徒会長代理。

 基本的な仕事は他の生徒会の人間に任せているが、彼女の普段の生活は奥宮学園の運営に従事していた。

 父親の為の仕事。単純にそれ以外のことに興味を持っていなかったのだ。


「なら、付き合えよ。木崎も一緒にな」

「どこに行くの?」

「ホテル」


 誠一はあっけらかんと言い放った。



 ホテル・ウェストダージリアン




 誠一は自ら三人分のチェックインを済ませると、早速二人を借りた部屋の方に連れて行った。

 ホテルの雰囲気はどことなく薄暗さがあったが、清潔感の高さは見るも明らかだった。

 何やら甘い、思わず酔いしれそうな芳香剤の香りが漂っていたが、部屋の中に入るとその強さはさらに増す。

 部屋には大きなベッドが一つだけ。

 何故か窓が締め切られている。


「わー、いい寝床ですね。私の家のベッドより大きいです!」

「そりゃあ、一人用じゃないからな」

「? どういうことですか?」


 レインはダブルベッドを知らなかった。


「……僕はツッコんだ方がいいのかな?」


 この場がどういう場所か理解した仁志は呆れながら呟いた。


「さて……と、レインは初めて?」

「何がですか?」

「何がって……」


 誠一はベッドの横に置いてある、『ソレ』を手に取った。

 レインにもわかる様にそれを見せる。


「わかるだろ?」

「? 何ですかそれ」


 レインは純粋な目で尋ねた。

 本気でわかっていなかった。


「あの、僕はどうすればいいのかな?」

「お前も混ざればいいだろ?」

「えぇ……」


 仁志はドン引きしていた。

 しかし、まだレインは気付いていない。


「先輩、これから何をするんですか?」

「何って……『ナニ』だけど……」

「?」


 誠一はようやくレインが何もわかっていないことに気が付いた。

 そして、ここまで黙ってついてきたことから勝手に了承済みだと思っていたので、深く、深く溜息を吐いた。


「お前、わかんないで部屋まで来たのか……」

「? ? ?」


 誠一は、レインにもわかる様に懇切丁寧に説明した。

 それが終わるまで暇が出来るので、仁志はベッドに腰を下ろした。



「な、な、な、な……なんてことする気だったんですか!」

「いや、わかってないでついてきたお前が悪いだろ」

「いやいやいや! というか! 木崎さんがどうやって混ざるんですか!」

「え? 普通に三――」

「馬鹿!」


 レインは全身から血が吹き出そうになるくらいに真っ赤になっていた。

 誠一は何故か呆れていた。

 だが、この場で一番呆れているのは仁志の方だ。


「藤沢君、君、普段からここに誰かしらと来てるの?」

「まーな。趣味だよ、趣味。いつもは同じ趣味の奴テキトーに漁ってんだけど」

「そんな趣味もあるんだねー……」


 仁志の目は死んでいた。

 レインは汗を拭う。


「あー、危ない、危ない。素肌を晒すのは恥ずかしいですからね」

「君もなんかズレてるね」


 仁志はゲームで基本的に常識を学んでいた。

 その方が逆に、他人とあまり関わらないレインに比べて性知識も付いていた。

 この世界では、『知識』を持っている人間はそこまで多くはない。

 教育を受けることが義務でなく自由なので、興味を持たないことに関しては全く知識がつかなくてもなんらおかしいことではない。

 それでも、創作に関わっている人々は、作品の為、多種多様な知識を付けようとする。

 ゲームも創作の一つ。その中には多種多様な知識が込められている。

 つまり、そのゲームの世界を実際に体験している仁志は、この世界では相当な知識人なのだ。


「参ったなぁ……これが俺の趣味なんだけど……。なあ木崎、楽しいぜ?」

「……そうだなぁ……もうちょっとマイルドなのがいいなぁ……」

「マイルドねぇ……」


 誠一はかなりの好色家だった。

 素直に自分の趣味を仁志に見せようとしたのは、彼にとっては何ら恥ずかしいことではなかったからだ。

 死生観は比較的まともに理解がある誠一だが、貞操観念の方はあまり常識的ではなかった。

 仁志に苦笑いを浮かべられて、彼は少しだけそのことを理解した。



 太陽機関 本部




 桐谷創太は、顎を両手にのせて、しかめっ面をしながらエントランスのアクリルベンチに座っていた。

 先日誠一に敗れたことを気にしていたのだ。


「どうしたんだ? 機嫌悪いな創太」

「田坂のオッサン……」


 田坂伸次郎たさかしんじろう

 創太と同じく梅印の銭闘員だ。

 創太の父親と昔から仲が良く、創太が幼い頃から面倒を見てきた。


「で、川崎の嬢ちゃんはどうなったんだ?」

「……もう勧誘に来るなって」

「いやいや、それじゃ駄目だろう。上からの指示なんだから」

「でも……俺、殺されたくないし……」


 伸次郎は驚いた。

 彼の知っている桐谷創太という人物は、相手が大人だろうと決して臆することは無く、自分の強さに絶対の自信を持っている少年だったからだ。

 その彼が、誰か他人を恐れていた。


「まさか、川崎の嬢ちゃんに負けたのか?」

「いや、その友達……。アイツ怖い……」


 創太は身震いをした。

 脅迫を受けた経験は無かったので、彼にとっては相当なトラウマになっていた。


「……誰にやられたんだ? 上には連絡したのか?」

「した。ただ……」

「ただ?」


 創太は俯いた。


「なんか、代わりにそいつを勧誘しろって言われてさ。……俺行きたくないから、オッサンか水乃みずのが代わりに行ってよ」

「まあ、別にそれは構わないんだが……だから、『そいつ』って誰なんだ?」

「……悪魔」


 伸次郎は、創太にトラウマを植え付けた人物について少しだけ苦々しく感じた。

 彼は創太を実の息子の様に見てきただけに、彼に対して若干親心のような物を抱いていたのだ。

 早速彼からその人物の名前を聞くと、伸次郎はその男の下に――藤沢誠一の下へと向かっていった。

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