二話 「影あるところに正義あり」 ①

 誠一宅




 ファースト民国の首都・天下原州では、国民だろうと誰だろうと土地の利用が自由になっている。

 藤沢誠一は、この国の人間ではない。

 だが、勝手に土地に家を構えても気付かれることはあまりない。

 ばれたら厄介だが、誠一はiウォッチで家を造り出し、この国の人間であるかのように振舞って生きている。

 奥宮学園に入る時も同様に身分証を偽造した。

 iウォッチを使えば簡単にどんなものでも作ることが出来る。

 だが、誠一以外に同じことをする者は、これまで一人もいなかった。


「……ファァ」


 自宅で誠一は大きな欠伸をした。


「……行くか」

「また学校?」


 押し入れの中から声がした。

 誠一はその声の主が誰だか知っていた。


「ああ。お勉強だ」

「……目的を忘れてない? 貴方は……世界を面白くしてくれるんでしょう?」


 とても冷たい、女の声だ。

 この世の何もかもに絶望しているかのような声。


「ああ! ま、なるようになるさ」

「……期待しないでおく」


 明るく接した誠一だったが、その女の声色は変わらない。

 誠一はそれ以上特に言葉を交わすことなく家を出ていった。



 奥宮学園 中庭




「あ、いたいた。せんぱーい」


 あざとい声を出しながら、レインは一人中庭で食事していた誠一の下に駆け寄った。


「レインか。何だ、そんなに俺が好きか?」

「ええ、大好きですよ。だから、生徒会長になって下さい!」

「安い告白だな、オイ」


 レインの言葉が冗談であることは誠一にも理解出来ていた。

 これが彼女なりのスキンシップなのだ。


「言っておくが、俺は見返りを求める質なんだ」

「それなら、先輩に協力してあげますよ」

「何?」

「知ってますよ? 先輩、不登校のクラスメイトを学校に来させるように頼まれてるんですよね?」

「それはそうだけど……お前役に立つの?」

「失礼な!」


 レインが力になるとは思わなかった誠一だが、取り敢えずはクラスメイトの下に彼女を連れていくことに決めた。

 不登校のクラスメイトは四人。

 一人目の前田は交渉に成功した。

 次に彼が向かったのは、『黒子』というギフトを使う女・川崎星華かわさきせいかの下だ。



 花水木公園




 誠一達は以前星華に会った大きなプールのある花水木公園にやって来た。

 彼女は以前と同様にビーチで日光浴をしていた。


「あら、また来たの?」

「何度でも会いにくるぜ」

「先輩キモ」


 レインを無視して説得を開始する。


「なあ、学校来ようぜ? 見返りを求めるなら聞くけど」

「貴方に求めるものは何もないわ。学校なんて行っても仕方ないでしょう?」

「人助けになるよ」

「何で私が人助けしなきゃいけないのよ」


 誠一の説得では、やはり彼女を動かすことは出来なかった。


「……レイン、何とかならないか」


 諦めてレインに協力を促す。


「うーん……行きたくない人に無理を言っても仕方ないですよねー」

「やっぱ役立たずじゃん」

「なにおう!?」


 二人のやりとりを見た星華はその関係性を訝しんだ。

 掛けていたサングラスを片手でずらし、二人のことを見つめる。


「あら、藤沢君。その子は彼女?」

「はい、そうです」

「いや違うけど……」


 笑顔で嘘を吐くレインの傍ら、誠一は呆れ返る。


「……まあ、何でもいいけど。もう帰ったら? 私に関わるよりも、二人でイチャイチャしていた方が貴方達的にも有意義なんじゃない?」


 星華が再びサングラスを掛け直したのは、二人に対して僅かな恨めしさがあったからかもしれない。

 彼女は『黒子』という自分の言うことを何でも聞く存在があるにはあるが、生きた人間の友人や恋人、加えて家族といった存在は持ち合わせていなかった。


「イチャイチャなんてしねぇよ。……そうだ! お前、今何か困ってたりしないか? 助けてほしいこととかあったりさぁ」

「……」


 前田の時の様に交換条件を提示してほしいと思っていた誠一だが、星華は何も答えてはくれない、

 だが、それが却って図星を突かれているように見て取れた。


「……なんか困ってることあんの?」

「……別に」


 星華の態度からはもはや明らかだった。

 彼女は何か問題を抱えているに違いないと誠一は確信する。

 だが、ここで食いつく気にはなれなかった。

 彼の理想では、彼女の方から助けを請う様な状況が出来るのを待つことの方が、交渉に望ましい。


「まあ、何かあったら頼ってくれよ? ほら、俺達クラスメイトだろ? 助け合いって奴だ」

「……考えとくわね」


 それだけ言って誠一は彼女の下を去る。

 これでもし彼女の身に何かあったら自分が矢面に出される状況を作り出した。

 今日はそれで十分という考え方だった。



 薔薇水通り




 誠一とレインは帰路についていた。

 誠一は毎日何かしらの用事事を抱えているので、一日に一人しか相手取る気はない。

 薔薇水通りは、相変わらず喧嘩をする連中があちらこちらで蔓延っており、安全な場所はどこにもない。

 関わらないようにしたところで絡まれるのが関の山。

 平和な日常を暮らすためには力を持つしかない。

 だからこそ、『ギフタ―育成』を掲げている奥宮学園の生徒は襲われることが少ない。

 自分より銭闘力の高い相手との喧嘩は勝ち目がないので、銭闘力の高い者が多い学園の生徒は相手取りたくはないのだ。

 それでも誠一とレインの周りでは、建物を壊して暴れまわっている者や、遊び半分で放火している者、罵り合い、殴り合いする者がいる。


 二人はそんな周囲を全く気にすることは無く、足取りを進めている。

 奥宮学園の制服を着ている彼らに近づくものはいなかった。


「先輩、いいんですか? あの人の説得」

「まあ、気長にやるのが俺のやり方でな。どうせ明日も明後日も暇なんだ。ゆっくり楽しもうぜ」

「楽しんでたんですか……」


 世界に退屈していた誠一はどんなことでも楽しむ気でいた。

 生きる上での『目的』が明確になったことで、余裕が増したのだ。

 その『目的』をレインは知らない。


「……何だアレ」


 ふと誠一は、道路に並ぶ建物の一つの屋根付近に目がいった。

 いくつもの屋根の上を次から次へと駆けていく人物が二人、誠一の目に入った。

 一人は成人と見られるボサボサで髪の整っていない男。

 そして、それを追いかける少年。

 少年は鞭を手に握っていた。


「待ちやがれコラー!」

「誰が待つかクソガキが!」


 追われている方の男はぎこちなく次の屋根へ次の屋根へと飛び移るが、少年の方は淀みがない。

 大きくジャンプをして素早く追いつき、そして――。


「待てっつてんだろ! オラッ!」



 バシィンッ



 少年は手に持っていた鞭でボサボサ髪の男を叩きつけた。


「ぐああああああ!」


 見た目以上にとんでもない破壊力。

 たかが鞭だというのに、ボサボサ髪の男は一瞬吹き飛び、瓦の屋根に激突した。

 ぶつかった瓦は破壊され、男はのたうち回るだけで立ち上がることが出来ない。

 一撃で追いかけっこは終わりを告げた。


「バーカ! 正義は必ず勝つってな! やっぱり俺は正義のヒーローだったんだ!」


 少年は鞭を抱えながら高らかに勝利宣言をした。



「……なあレイン、アレって……」

「はい? 太陽機関の銭闘員じゃないですか? どうかしましたか?」

「……銭闘員……確か、この国の警察みたいなもんだっけか……」

「? 何ですか? ケイサツ?」

「何でもない」


 レインは『警察』という単語を知らないわけではないのだが、彼女にとってそれはあまり聞き慣れていない単語だった。

 誠一もそれをわかっているので独り言のつもりで言っていた。



「ち、ちくしょおおおおお」


 その時、のたうち回っていたボサボサ髪の男が右手を鞭の少年に向けた。

 その右手は、まるで電動ドライバーのようにグルグルと回転を始め、その勢いはどんどんどんどん増し続ける。

 そして、そのまま――。



 ギュルギュルギュルギュル…………ズドンッ



 男の右手が腕から離れ、少年に向かって吹っ飛んだ。

 が、しかし。


「フンッ」


 少年は鞭で思いきりその右手を払い飛ばした。

 右手は明後日の方向へ飛んでいき、別の建物の屋根に激突する。

 屋根はその勢いに負けて完全に破壊される。

 建物の中を貫通し、誠一とレインのすぐ近くの地面へと突き刺さった。

 だというのに未だその右手は回転を続けていた。

 少しずつ、少しずつ回転は収まっていき、やがて制止する。

 その結果から、その右手がどれほどの勢いでボサボサ髪の男から放たれたかを誠一は把握した。

 同時に、それをあっさりと払いのけた少年の力にも気付く。


「ギフタ―だったんだな。ま! 俺には敵わないけどな! 俺には正義があるからな!」

「ば、化け物めぇ……」


 いつの間にかボサボサ髪の男の腕には、無くなったはずの右手が戻っていた。

 右手を回転させて飛ばし、その後はまた新たな右手を生やす能力……それがこの男のギフトだった。

 しかし、目の前の少年には全く効果が無かった。



「あのガキンチョ、何モンだ?」


 一連の出来事を見て、誠一はレインに尋ねた。

 レインは少年の衣服の肩の部分を見つめる。

 肩にはワッペンが付けられていた。


「あの紋章……『梅印ばいいん』ですね」

「は? 何だそれ」

「え? 知らないんですか? 太陽機関の『銭闘員』は、松竹梅でランク付けされているじゃないですか」

「……すまん、俺世間知らずでさ」

「えぇ……先輩ヤバいですね……」


 レインの表情はあり得ない人物を見るかのようだった。

 誠一は問うたことを自省した。

 彼はこの国のことを全くと言っていいほど知らないので、少しでも疑問に思ったことは大体がこの国の常識であることが多い。

 基本的には自分が無知であるとは思われたくないので、知ったかぶることの方が多かった。


「実際には松・竹・梅に加えて無印むじるしもありますけどね。というか、ほとんどの銭闘員は無印です。梅印は限られた数十人だけ。竹印ちくいんはさらに少なく、確か今は十……七……だったかな? 松印しょういんは六人だけ。『六松隊ろくしょうたい』と呼ばれていることは知ってますよね?」

「……いや、知らん」

「!?」


 レインは驚愕で言葉が出ないといった表情だ。

 それだけ誠一の世間知らずさというのが異端過ぎたのだ。

 誠一はきまりが悪くなって頬を掻いた。


「……まあ、要は銭闘力の馬鹿高い奴ってことだろ? つまり、『価値』の高い連中……有名人ってわけだな。あのガキンチョも有名人なのか?」

「少なくとも、私は初めて見ますね。若い人間の方が価値はあるといえ、あの若さで梅印とは末恐ろしいです。きっと生まれが良くて、これから有名になるタイプだと思いますよ」

「ふーん……まあ、治安維持の為に働いてるわけだから、悪い奴ではないんだろうな」


 誠一は、太陽機関の銭闘員がどのようにして治安維持をしているのか把握していなかった。

 今まで興味も無かったが、今の少年を目撃して考えを改めた。

 治安維持の手段は、至極単純な武力制圧だったからだ。


「……ギフト……俺も欲しいな、アレ」



 翌日 花水木公園




 川崎星華は公園のプールで一人泳いでいた。

 水泳を誰かから教わったわけではないが、彼女は自分なりの泳法でゆったりと浮かぶようにして泳ぐ。

 背面を水につけ、腕は動かさずに足だけで進む。

 空を眺めながら、彼女は考え事をしていた。


 考え事の結論が出なかったのか、それとも考え疲れたのか、彼女はプールから上がった。


「川崎星華って、アンタか?」


 手すりを上がっていたところで彼女に声を掛ける者が現れた。

 それは、彼女よりも一回り背の低い少年だった。


「……銭闘員かしら? まだ子どもじゃない」

「アンタだって子どもだろ! 俺が何しに来たかわかるか?」


 星華はビーチに立つと、髪の毛を揺らして水を払った。


「勧誘でしょう? この私を、銭闘員に」

「何だ、知ってるのか。それじゃあ話が速いな! おめでとう! アンタも今日から正義の味方だ!」

「……」


 星華は呆れた表情を見せる。

 それ程目の前の少年の目の輝きが眩しく見えたのだ。


「私、上の人には断ったはずなのだけど」

「は? 断るなんて出来たのか? 大体、正義のヒーローになれるのに何で断るんだ?」

「……いや、別になりたくないわよ」

「ええ!? 何で!?」

「あのねぇ……」


 少年の驚き様に呆れを通り越して苦笑いを見せた。

 と、そこで彼女は、少年の肩のワッペンに気付く。


「梅印……」

「ん? ああ! そうだよ! 俺は桐谷創太きりたにそうた、梅印の銭闘員だ!」


 星華は渋い顔をする。

 彼女も梅印銭闘員の持つ力は理解していた。

 ギフトを持つ者は、基本的に太陽機関から無印銭闘員に勧誘される。

 もちろん、だからといってギフター全てが銭闘員になるわけではないが、奥宮学園の学生は卒業後太陽機関に勤めることが多い。

 だが、数多くのギフターを抱える奥宮学園からでも、梅印の銭闘員になるものはそれ程多いわけではない。


「アンタのギフト見せてくれよ。俺が、銭闘員に相応しいか見てやるから」

「だから、『ならない』って言ってるでしょうに……」


 それでも星華は見せる気を起こす。

 彼女には人並みの自己顕示欲があった。


「これが私のギフトよ」


 星華は両手を広げ、『黒子』を呼び出した。

 地面から生えてくる黒い人型の影のような物体。

 全部で八体。

 それぞれが目的もなく蠢いている。


「ふーん。ま、なかなか面白そうな能力だな。でも、戦ったら俺が勝つかな!」

「どうかしら? 私、こんなことも出来るのよ?」


 そう言うと、『黒子』達は形を変えて一つにまとまり始めた。

 そして、黒い物体は大きさを増していき―――巨大な怪物へと変貌する。


「ヴオオオオオオオ」


 口もないのに、その怪物は大きな咆哮を轟かせる。

 まるで巨人のような姿だった。


「へ、へぇ……まあまあ凄いな」

「銭闘員になる気はないけれど、そこら辺の無印なら相手にもならないでしょうね」


 巨大な『黒子』の迫力に押されて創太は少したじろいだが、すぐに体勢を正す。


「こんなの操れるなら、梅印にだってなれるぜ! なのに……何で断るんだよ?」

「……」


 星華は目を伏せ、ビーチのデッキチェアに腰を下ろす。


「私の人生は私のもの。私だけのものよ。どう生きるかを決めるのも私。ずっとそうやって生きてきた。というか、それ以外の生き方を知らないの」


 創太は黙って聞いていたが、話を理解してはいなかった。

 彼には銭闘員となることを拒む理由などあるはずがないと思っていた。


「貴方は、親はいるの?」

「いるけど? 太陽機関の偉い人」

「私はいない。でも、私には価値がある。私の亡くなった両親が、価値のある存在だったからよ。貴方の親の様にね。……貴方と違って、私はもうずっと一人で生きてきた。二人が死んで、敷かれるはずのレールが無くなった所為で……。周りに従って生きてきた貴方にはわからないでしょうね、私が自分の生き方にプライドを持っていること」

「うーん……よくわかんねぇけど、人の言うこと聞きたくないってことだな?」

「わかってるじゃない、そういうこと」


 星華はニヤリと笑った。

 彼女が誠一からの登校の誘いを断る理由もそこにあった。

 両親を早くに亡くしたことで、初めから家族のいない人と違って、彼女はそれによるコンプレックスのようなものを抱えていた。

 他人に指図をされるのが我慢ならないのは、一番傍で自分の生き方の指針を示してくれるはずだった存在である両親の代わりをされているようで苛立つからだ。


 星華の微笑を見て、創太は勧誘を諦めることにした。

 彼女を言葉で説得するのは不可能だと判断したのだ。

 ただ、もし武力で言い聞かせるのなら、彼はあの巨大な『黒子』をぶつけられたとしても、何食わぬ顔で相手取ったことだろう。

 彼がもし、『どんな手を使ってでも勧誘しろ』と命令されていたら……まだ彼は帰っていなかったことだろう。

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