一話 「それは、価値ある物語」 ②
奥宮学園 地下通路
誠一はレインに連れられて学園の地下を案内されていた。
特に立ち入り禁止などの制限もなく、地下に続く階段はごく自然な形で学園内に設置されていた。
階段から先の道は明かりが無く、日の光が遠くなるにつれて薄暗くなっていた。
「……で、この先に『闘技場』なんかがあるってのか?」
響く音は自分達の声だけ。
とてもこの先に人がいるようには感じられなかった。
「……そろそろ聞こえてきますよ」
ゆっくりと歩みを進めていく二人。
やがて、薄暗い通路の前方に光が見え始めた。
光は次第に大きさを増していき、加えて僅かな人の声が聞こえ始める。
光と同様に人の声も大きさを増していく。
「何だ……こりゃあ……」
二人は通路の出口に辿り着く。
そこで目にした風景は、まさしく『闘技場』そのものだった。
闘技場では数多くの観衆が一つの巨大なリングを囲んでいた。
リングの上にいるのはレフェリーと二人の大男。
騒然とした観衆の声援を受け、二人の大男は見合い、そして――。
「レディー……ファイッ!」
レフェリーの掛け声とともに殴り合いを始める。
「うおおおおおおおおお」
観衆はその瞬間ボルテージをマックスにし、汚らしい叫び声を上げる。
誠一はその様子を引き気味に眺めていた。
「……ちゃんと喧嘩じゃん」
「まあ、一応ギフトありの『銭闘』ですけどね」
「『銭闘』……ねぇ……」
――『銭』に『闘う』って……誰が考えた単語なんだ……?
誠一の疑問に答えられる人間はここにはいない。
だから彼は疑問を口にすることは無かった。
「ほら、ギフトを使いますよ」
レインに言われて二人の大男に注目する。
「うがああああ! くらえええ!」
片方の男がその右手を掲げる。
すると、どういうわけか男の右手がどんどん大きくなっていく。
「待てよ……アイツ確か……」
誠一はそこで思い出す。
その男は、以前誠一がポイ捨てをした時に咎めてきた男だった。
「……フンッ」
もう一人の男は余裕の表情を見せる。
もう少しでその巨大な右手に押しつぶされてしまうのではないかという距離。
「うがああああああ!」
右手に押し潰れる……まさにその瞬間。
「ッらあああ!」
もう一人の男は自身の右手をその巨大な右手に向かって突き上げる。
その右手は形を少しずつ変えていき、もはや人の手ではなく、鉄の塊……いや、ドリルのような『何か』になっていた。
ブッシャアアア
もう一人の男の右手だった『何か』は、巨大な右手を貫いた。
飛び散るのは当然巨大な右手から溢れ出る鮮血。
「うああああああああ」
巨大だった右手は大きさを戻していく。
だが、溢れ出る血の量は明らかに手の平を貫いただけで流れる量ではなかった。
手の大きさを戻しても飛び散った血が戻ることは無い。
「俺に勝てると思ったかぁ!? ぶぁかめ! ガハハハハ!」
巨大な右手を持っていた男はその場で蹲ってしまった。
だが、誰も彼を助けるそぶりは見せない。
観衆はただただ声をむやみやたらと上げ続けるだけだった。
「……おい、何で誰も助けに行かねぇんだよ」
誠一達のいる位置はリングからかなり離れた客席の最上段。
あまりの出来事に動揺していたこともあるが、誠一自身が動き出すことは出来なかった。
「え? 何でですか?」
レインはキョトンとしていた。
その理由はすぐに判明する。
巨大な右手を持っていた男は、呻きながら自分の左腕に付けたiウォッチを操作し始める。
すると、iウォッチから放たれた光に包まれて、男の傷付いた右手は見る見るうちに再生をし始めた。
これも、iウォッチの効果の一つだ。
「……そういやそうだったな。iウォッチで治せるもんな」
誠一は額に触れながら、小声でレインに聞こえないようにそう言った。
「どう思いますか! 先輩!」
一試合を見終えてからレインは再び先程の話に戻そうとし始めた。
「こんな野蛮な試合にうちの生徒が参加しようとしているんですよ!? 止めるべきですよね? 生徒会長なら!」
「いや、俺はまだ生徒会長ではないけど……」
レインの圧に押されながらも、気持ちは彼女と同じだった。
「……確かに、いくら治せるとはいえ、体の傷だけだもんな。あんな痛い思いするのは精神衛生的にも良くはない。しかし……まあ、趣味の範囲なら別にっていうか……」
その時、リングの方では勝者の男が敗者の男に近づいて行っていた。
「おい、てめぇ」
「う……ぐぅ……ま、負けたよ。なかなかの銭闘力だ」
勝者を称える謙虚さを見せるも、相手の方は同様の称賛を見せるそぶりはない。
「何勝手に治してんだ?」
「え?」
勝者の男は、再び右手をドリルのような『何か』に形を変えさせ、そして――。
グッシャアァ
「あああああああああああああ」
敗者の男の左腕を引き千切った。
「な……!?」
レインが驚きの表情を見せる。
誠一も驚いたが、何よりもレインが驚愕したことに動揺した。
彼女はその前の試合でのやり取りでは全く表情を変えていなかったからだ。
血が飛び散っても悲鳴すら上げていなかった彼女が驚愕した。
だが、それには訳がある。
「ハハハハハハハハハ! ここでの敗北はなあ! 『死』、なんだよ! 馬鹿が! ハハハハハハハ!」
左腕を引き千切ったのは、彼がiウォッチを左腕に付けていたからだ。
それごと彼から切り離したことで、もう先程の様に治すことは出来ない。
だからこそ、レインも驚愕したのだ。
そして、追い打ちをかけるように男はドリルのような右手で彼の胸を貫いた。
グッシャアアア
「さあ、次だ! 次の奴、出てきやがれ! 『
馬場と名乗る大男が叫ぶと、客席の中から一人の男が颯爽とリングへ上がった。
その男に、誠一は見覚えがあった。
「俺が相手だ! 『何でもあり』とはいえ、『殺し』を当たり前にやるテメェを、ずっとボコしたいと思ってたんだよ!」
誠一は流石に冷や汗を垂らさずにはいられなかった。
「……前田……!?」
レインも彼の制服を見てすぐに奥宮学園の生徒だと気付く。
「先輩! あの人……!」
「おいおい、何考えてんだアイツ……!」
観衆は相変わらず盛り上がり続けるだけ。
人が一人リング上で血をまき散らしているというのに、彼らは誰も怯えた表情すら見せなかった。
「……クソ、駄目だ死んでる」
前田は倒れた男の意識を確認したが、既に彼は息を引き取っていた。
左腕から胸にかけてドリルのような右手が貫かれていたので、出血の量は尋常ではなかった。
前田がリングに上がるとほぼ同時に彼は息を引き取っていたのだ。
「……許せねぇ! テメェが来てからここは変わっちまった! 『殺し』だけは誰もやってこなかったのに! 裏社会のゴミ野郎が!」
「ハッ! 何寝ぼけたこと言ってんだ? 俺をここに呼んだのは地下銭闘同好会のオーナー様だぜ? 恨むなら俺じゃなくオーナー様を恨めよ! ぶぁぁぁか!」
誠一は二人の会話を聞いて、前田がここでの試合を行うのが初めてではないことに気が付いた。
「レイン、何なんだアイツは? 何で当たり前みてぇに人を殺してんだ? 捕まるだけだろ?」
「……そう……ですね。街で人殺ししている人は確かにすぐ捕まりますけど……その、ここはちょっと訳が違うというか……」
「は? どういう意味だよ?」
レインは顎に手を当てながら説明を続ける。
「この国において、『奥宮学園』は治外法権なんです。全て学園長の裁量で決まる……。けどこの闘技場は別で、昔の人が、学園側は闘技場に一切関わらないことを条件に、無理に闘技場の上に学園を設立させてもらったので、お父様も何も出来ないと言いますか……あ、生徒だけなら関わってもいいらしいんですけどね」
「ちょ、ちょっと待てよ。は? 何だ治外法権って。お前それ意味わかって使ってんのか?」
「使い方間違ってましたか?」
「……いや、いい」
誠一は思案する。
後で聞けばわかる問題はとにかく後回しにする。
今の問題は、どのようにクラスメイトである前田を、あの馬場万里という男から殺されないようにするのかということだった。
この場は明らかに彼にとって異常な空間だったが、それでもクラスメイトを守るという目的だけは明らかだった。
「レディー……ファイッ!」
二人が話し合っていると、レフェリーが早くも試合開始の合図を出してしまった。
気が付くとリング上にあった遺体は無くなっている。
空き缶と同じ様に、既にiウォッチで消されたのだ。
「しまった! クソ、どうすれば……」
「先輩! 駄目ですよ、助けようとしたりするのは! 先輩が殺されてしまいます!」
「でも! アイツも殺されるかもしんねぇだろ!」
誠一にとって前田は何の関係もないただのクラスメイトの一人でしかない。
だが、見過ごすことは出来るはずもなかった。
しかし、既にリング上の二人は殺し合いを始めてしまう。
「うらうらうらぁ! どうしたぁ!? 近付くことすら出来ねぇってかぁ!?」
「ぐ、くそぅ……」
前田のギフトは『人形を出せる』ということだけ。
当然だが、ドリルのような腕を持つ馬場には太刀打ちできるはずもない。
しかし――。
「これでもくらえぇ!」
前田は人形を出現させて、馬場に向かって投げつけた。
そして、それを目隠しにして突っ込もうとする。
「うおおおおお!」
だが――。
グッシャァァ
「うあああああああああ」
無残にも、前田はもろにドリルの一撃を受けてしまった。
「……フンッ! 話になんねぇなぁ!? ……トドメだ」
高々にドリルを掲げた、その瞬間。
「待て!」
そう言い放ちながら、先程の前田の様に客席からリングに飛び乗った者が一人。
誠一だ。
「……あぁ? 何だてめぇ」
レインは、止める間もなく向かってしまった誠一を見つめる。
「……先輩……あのバカ……!」
――どうしよう……先輩が殺されてしまったら……お父様に褒めてもらうことが出来ないのに……!
彼女はあくまで利己的な目的で彼と接触している……訳ではないのだが、天邪鬼なため、心の中ですら、彼を失っても自分が動揺しないようにと、利害関係でしかない相手だと思い込むことで本心を押し隠した。
誠一は馬場にひと睨みすると、踵を返して前田の傍に寄った。
そして、iウォッチによって彼の傷を治す。
「大丈夫か? 前田」
「……う……藤沢か……? 何でお前が……」
「そんなことより、約束しろ。俺がアイツをどうにかするから、その代わりにお前はこれから毎日学校に通え。つーか、喧嘩がしたいなら相手を選べよ、せめてさ」
「う……ぐ……わ、わかった……ありがとう……」
「いいのか……」
自分で聞いておきながら承諾を貰えるとは思っていなかった誠一だが、これによって彼の任務の内の一つは解決した。
次なる問題は目の前にいる。
前田を治し終えると、彼は再び馬場と向かい合った。
「さて……じゃ、お前をどうするかだよな」
「人の話聞いてたかぁ? てめぇは誰だって聞いたんだよ!」
観衆は、予想外の乱入続きにただ盛り上がるだけ。
この場を異常に思っているのは誠一とレインだけだった。
「レフェリー!」
誠一は呼び掛ける。
レフェリーは動揺しながらも反応を示す。
「次の相手は俺だ。しっかり合図してくれよ」
「は、はあ」
無視された馬場の怒りは頂点に達していた。
「舐めやがってこのクソガキがぁぁぁ!」
一連の事態を何とか出来ないかと思案するレインだったが、解決案は一つも思い浮かばない。
「先輩……何考えて……。ホントに殺されちゃいますよ……!?」
「まったくだ」
「!?」
突然レインに相槌を入れる人物が現れる。
気が付いたら、隣には長髪の男が一人立っていた。
「あ、貴方は……」
「私かい? 私はここのオーナーだ」
「な……!?」
「しかし、彼はまた無謀な少年だ。あの男……馬場万里君は、裏社会で『殺し屋』をやっている者なんだよ。この地下銭闘同好会が盛り上がるかと思って連れてきたのだが……そこらの喧嘩屋じゃ相手にならない。そろそろ出て行ってもらおうと思っていたんだ」
「じゃ、じゃあ! 今あの二人が争う理由はないじゃないですか!」
「そうだ。だが……もう遅いようだ」
「レディー……」
レフェリーは既に開始の合図を取ろうとしていた。
「先輩!」
レインの声も虚しく、誠一の耳には届かない。
「ファァァァイ!」
ズドンッ
鈍い音が響き渡った。
観衆は静まり返る。
先程まであんなにやかましかった闘技場が、静寂に包まれた。
「……あ?」
馬場は、自分の肩の辺りに目をやった。
何やら穴が開いている。
「……は?」
ドクドクドクと、穴から赤い液体が漏れ出してきている。
ズドンッ
二度目。
馬場は崩れ落ちる。
「あ……ああ……ああああああああああ!」
肩と、足。
二つの部位から血が流れだして止まらない。
馬場は、誠一の方に目をやった。
「な……なんだああそりゃあああ!」
誠一は、右手に『それ』を握っていた。
いつでもどこでも誰にでも、いとも容易く人を殺めることが出来る、人間が生み出した武器。
――『拳銃』を。
ズドンッ
さらにもう一発。
「ああああああああああ!」
先程は左足で、今度は右足。
「……何でもありだろ?」
誠一は馬場に近づき、そして――。
ズドンッ
彼が右腕に付けていたiウォッチを至近距離で打ち砕く。
もはや周囲の人間は何が起こっているのかわかっていない。
レインとオーナーですら理解が追い付いていなかった。
「……て、てめぇ……」
「銃使っちゃ駄目だった? でも、説明しないレフェリーが悪いよな? そもそも、曖昧なルールで喧嘩してんじゃねぇよ。普通何でもありの喧嘩っつったら『これ』を使っていいのかを最初に確認するべきだろ? ギフトとかいう特殊能力に頼るからそうなんだよ」
誠一は、iウォッチを使って拳銃を作り出していた。
レフェリーの合図とともにそれを撃ち放っただけ。
この地下銭闘同好会は、基本的にギフトを使える者同士が争う場であり、武器を持ち込む者はいても、拳銃を持ち込む者はこれまでに一人もいなかった。
そもそも、殺人を好む者はそういないので、殺してしまう恐れのある武器を使う者がいなかったのだ。
『何でもありの喧嘩』を『殺し合い』と解釈してしまった馬場万里の、自業自得の結果とも言える状況になってしまった。
「オラ! 俺の勝ちだろ! レフェリー!」
呆気にとられたレフェリーだったが、勝敗は見るも明らかだった。
「……いや、驚いた。あんな物いつの間に……」
オーナーはリングを眺めながらそう呟いた。
「……アレは、『あり』ってことでいいんですか?」
「……まあ、いいだろう」
「ええ……」
オーナーのいい加減さに呆れるレインだったが、それ以上に、誠一の胆力に驚嘆していた。
拳銃を使うだけならまだしも、まるで一切の抵抗もなく狙いを定めて撃ち、しかも執拗に連発した事実が、彼の異常性を表していた。
レイン自身も拳銃を目撃したのは初めてだったので、それまで以上に誠一に対する関心は増していく。
再び誠一の方を見つめ直すレインだったが、その時、誠一が後ろを向くタイミングで、馬場が両手を振りかぶる姿が目に入った。
「先輩!」
距離を取っていなかったのが災いしたのか。
両膝を地面についたまま、誠一に全身全霊をかけて襲い掛かろうとしていた。
「死ねぇぇぇぇ」
ブシャアアア
だが、誠一に触れる直前、突然馬場の頭が吹き飛んだ。
「な……」
振り返った誠一も驚愕を隠せない。
馬場の頭を吹き飛ばした『何か』は、レインのすぐ隣にいたオーナーの右手から放たれた。
一瞬だったが、確かにそれは、まるで炎か電気のようなプラズマ、エネルギーの塊のような『何か』だった。
オーナーは、それをまるで水切りでもするかのようなモーションで馬場に向けて放っていた。
「……良くないな。ここでの敗北は『死』を意味するのだろう? ならば、君は当然死ぬべきだ」
誠一はオーナーの姿を確認した。
目の前の大男を殺したその長髪の男に睨みを利かせる。
「どういうつもりだ!」
「……? 何がだ? 君のおかげで厄介払いが出来た。感謝するよ、奥宮の学生君」
「何で殺したって聞いてんだ!」
誠一の倫理観では怒りを向けて当然のことだったのだが、この場では誰一人として共感を得られない。
「わからないな……。彼は既に人を殺している。君や君のお友達も殺そうとしただろう? だというのに……何を疑問に思っているんだ?」
「何って……」
そこで、誠一はオーナーの隣にいたレインの姿を見る。
レインも自分に困惑しているように見えた誠一は、それ以上言及することは出来なくなってしまった。
この場で異端なのは己のみだと思い出したのだ。
「……クソ」
誠一は頭を抱えて歯を食いしばった。
自分が意味のない問答を行っているのに気付いた。
そこで食って掛かるのは止め、前田の方に向かった。
「おい、約束守れよ」
「藤沢……! お前、強いんだな! 尊敬するぜ、おい!」
「いや……銃使っただけだが……」
「約束は守るぜ!」
「……ならいいんだけど、お前、何でさっき飛び出したんだ?」
乱入したのは自分も同じだったが、前田が飛び出した理由はよくわかっていなかった。
前田と馬場の言葉のやりとりは聞いていたが、はっきりと飲み込めたわけではない。
「……俺はさ、結構ここでの馬鹿試合好きなんだよ。やっぱ、男は殴り合ってわかり合うもんだろ? それが、俺にとっては何よりも重要で……俺の『生きる意味』は、ここにあったからさ」
結局、まるで理解出来なかった。
「……わからんが、約束は守れよ? あと、さっきも言ったが殴り合いがしたいなら他でやれ。ここじゃ学園長に心配される」
「……チッ、しゃあねぇな」
何故自分が譲歩してもらう立場になっているのかと疑問に思う誠一だったが、口を真一文字に結ぶだけに留めようとする。
が、しかし、大きな溜息はどうしても止めようがなかった。
*
夕方 奥宮学園 中庭
誠一はレインと共に帰路についていた。
とはいってもレインの自宅は学園内にあり、実質的には誠一を正門の外まで送っているだけに過ぎないのだが。
「先輩、あまり無茶しないでくださいね?」
「何だ、心配してくれてたのか」
「当然です! 先輩が生徒会長になってくれないと、お父様に褒めてもらえませんから!」
「あ、そう」
ニヤニヤしながら尋ねた誠一だったが、すぐに真顔に戻された。
そもそも、誠一はレインに対して浮ついた感情は湧かなかった。
彼女は誠一の好みのタイプではなかったからだ。
「でも、拳銃なんてどこで手に入れたんですか?」
「は? iウォッチに決まってんだろ?」
「え? そんなことも出来るんですか? これ」
「……」
誠一は思案した。
――まさか、みんなこれの『ヤバさ』わかってないのか?
――……なら、黙っておいた方がいいか。
「先輩?」
「いや、何でもない。それより、アレで良かったのか?」
「あ、はい! 大丈夫です! あのオーナーの……
「……そ」
試合後、二人はオーナーと話を通して、今後学生の地下銭闘同好会への参加を禁止してもらうように頼み込んだ。
話はあっさり通ったが、数人の学生側の反発は免れないことだろう。
「後は、先輩が生徒会長になるだけです! 先輩のカリスマで生徒たちをまとめ上げて下さい!」
「あー……そのうちね」
誠一は適当に相槌を打った。
彼は今、そんなことよりももっと壮大なことを考えていた。
それは、この世界のことだ。
――本当に……イカレてるな、この世界は。
――『インフィニティ』のおかげで、生きるのには困らないが、『生きる意味』は見えづらい。
――おまけに、人の『価値』が『銭闘力』になる、とかいうのも下らない。
――退屈だ。ああ、退屈だ。
――だからこそ……このつまらない世界の連中に、俺が面白い物を見せてやる。
誠一は不敵に微笑んだ。
彼は、この世界を根本から変えたいと考えていた。
その為の第一歩が、自分の『価値』を高めることにあると彼は今日気が付いた。
ギフトを使った銭闘を目の当たりにして、その力の強大さを直に感じ取った。
もう『何の意味があるのか』などとは思わない。
今までただ退屈に時を過ごしていたのは、具体的な計画を考えていなかったからだ。
だが、この時初めて、藤沢誠一という男は、『世界を終わらせる計画』をはっきりと思い描いた。
ここからが、彼の物語の始まりとなる。
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