ムゲンのセカイ

田無 竜

第一章 『バリュアブルな青春を』

一話 「それは、価値ある物語」 ①




 ――眠い。

 ――ああ、眠い。


 彼は、教室の窓際の席で机に顔を伏せていた。

 何故か?

 その理由は極めて明快だ。


 ――退屈だ。


 退屈が生む倦怠感。

 それによる眠気が彼を襲っていた。

 ただそれだけのこと。



『ピンポンパンポーン。二年生クラス・藤沢誠一ふじさわせいいち君、至急職員室まで来てください。繰り返します。二年生クラス・藤沢誠一君――』



 奥宮おくのみや学園 職員室




 彼は、眠気を抑えて呼び出しに従い、職員室の方へ向かって来た。

 呼び出したのはクラスの担任だ。


「来たか、藤沢」


 担任の女教師は足を汲んで座っていた。

 そして、彼――藤沢誠一の方へと体を向けた。


「何ですか? 先生」


 誠一は退屈そうに尋ねた。


「単刀直入に言う。私たちのクラスの不登校の生徒を、学校に登校する様に説得してほしい」

「……はい?」


 誠一はまるで意味がわからないといった様子だった。

 一旦頭を整理する。


「えっと……確かに、うちのクラスは……というか、うちの学校は真面目に登校する生徒が少ないですけど、特に問題はないのでは? 何で急に……」

「昇進だよ」

「え?」

「学園長から、最も出席率の高いクラスの担任を次の校長にするとの話が出たのでな。協力してほしい」


 女教師は表情を一切変えずに野心を口にした。

 そのことに多少の違和感を抱きつつも、彼女の無表情が平常運転なのは前々から知っていたことなので、誠一は話を理解した。


「いいですけど……何で俺なんですか?」

「お前はとても優秀な生徒じゃないか。学年で……いや、学園で一番の頭脳を持っていると言ってもいい。もちろん、教師である私たちを含めても、だ」

「それは……」


 否定というよりは別に言いたいことがあった誠一だが、話が拗れてしまうことを恐れてグッと言葉を飲み込んだ。


「クラスの代表である藤沢誠一君。不登校生徒たちを更生してはくれないだろうか」

「……」


 誠一は頭を掻きながら溜息を吐いた。


「わかりました。まあ、何とかしますよ。丁度退屈していましたし」



 翌日 薔薇水通ばらみずどお




 ファースト民国。

 それが、誠一の住む国の名前だ。

 人口はいくつか、国土面積がどの程度あるのか、誠一は把握していない。

 だが、一つだけ言えることは、この国は恐ろしく治安が悪いということだ。

 首都・天下原あまがはら州の南西にある、彼が通う奥宮学園周辺も例外ではない。

 学園からすぐの薔薇水通りでは、喧嘩が毎日のように行われている。


「オオィ!? テメェ、どういうつもりだァ!?」


 喧嘩に巻き込まれないように細々と道を歩いていた誠一は、突然巨漢の男に声を掛けられた。

 それだけではない、男の手は誠一の肩を掴んでいた。

 ……明らかに人間の物とは思えないほど、大きすぎる男の手が。


「えっと……何ですか?」


 恐る恐る尋ねると、巨漢の男は誠一に顔面を近づけ、そして――。


「駄目だろぉ、ポイ捨てはよぉ」


 ニッコリと笑った。

 そして、誠一は先程自分が捨てた空き缶に目を向ける。

 男のバカでかい手に恐怖を抱きつつも、善意で声を掛けられたことに気付いたので警戒心を薄れさせる。


「誰かが消してくれると思っちゃあいけねぇ。テメェでしっかり処理しろよ」

「は、はあ……」


 すると、巨漢の男の手がスルスルと縮んでいった。

 巨漢の男はそれだけ言って、その場を立ち去った。

 誠一は妙な気分に陥りながらも、自分の捨てた空き缶の方へと向かった。


「ったく、メンドくせぇな」


 誠一は腕に付けているとある腕時計型の機械を弄る。

 すると――。



 ズァァァ



 機械から差し込まれた光に包まれ、空き缶はものの数秒で姿を消した。

 これは、この腕時計型機械の機能の一つである『分解』だ。


「……便利なもんだな。『iウォッチ』……だっけか」


 誠一は自らが使ったその機械を見つめながらそんなことを呟いた。

 そして、そのまま目的の人物の下へと向かう。



 薔薇水通り 路地裏




 ドゴォ

 ボカ

 バキィ



 鈍い音が路地裏で鳴り響いていた。

 それは、人が人を殴打するときに鳴る音だ。

 誠一もすぐに勘付いた。


「おい、何してんだ前田まえだ


 誠一が声を掛けたのは、誰かを殴打している方の男だ。


「……ん? ああ、藤沢か。久しぶりだな」


 前田と呼ばれた男は自然な表情で挨拶した。

 とても誰かを殴っている時に見せる態度ではない。

 誠一は気味が悪く感じた。


「誰を殴ってんだよ……」

「誰って……いや、ちげぇよ。『これ』は人間じゃない」

「は?」


 前田は自分が殴っていた『それ』を誠一の方に見せた。


「うげ」


 『それ』は、確かに人間の形をしているが、明らかに生気を感じない、すなわち、『人形』だった。

 ただ、その精巧な作りに思わず誠一は気分を悪くしてしまった。


「何だよそれ、気持ちわりぃな」

「ひでぇな、これは俺の『ギフト』で生み出したもんだぜ? いい能力だろ?」


 前田は人形を背負いながら誠一に笑顔を向けた。

 誠一は大きな溜息を吐く。


「『ギフト』……ねぇ……」


前田がその『ギフト』を使えると知らなかった誠一は多少の興味を示しはしたが、すぐに『どうでもいい』と思ってしまい、本題に入ることに決めた。


「そんなことより、お前、学校来いよ。どうせ暇だろ? 青春しようぜ」

「セイシュン? 何だそりゃ、アホらし。つーか、俺はやりたいことがあんだよ。今もその為の練習をしていたんだからさ」

「練習? 人形殴ってただけじゃねぇか」

「ああ、そうだよ。でも、本番は人間殴るからな。その為の練習さ」


 前田はシャドーボクシングしながらそう言った。

 誠一はいよいよ呆れ返った。


「ボクシングか何かか? よくわかんねぇけど、勉強より大事なのかよ」

「当たり前だ!」


 即答されるともう何も言えない。

 どうやら説得は無意味だと悟った誠一は、そのまま立ち去ることに決めた。



 翌日 花水木はなみずき公園




 巨大なプールのある公園。

 そのビーチ周辺でテントを立てて涼んでいる人物がいた。

 誠一はその人物に近づいて行く。


「おい、川崎かわさき


 川崎と呼ばれた女は誠一の声を聞くとサングラスを取った。

 彼女は水着を着ていて、学生とは思えない程グラマラスな体をしていた。


「あら、藤沢君……だったかしら? ごめんなさい、あまり学校行かないからうろ覚えなの」

「じゃあ、これから毎日登校しないか?」

「お断り」


 自然と誘った誠一だったが、一瞬で断られてしまった。

 誠一はやはり溜息を吐く。


「何でだよ。別に良くないか? 学校来るくらいさあ」


 今度は川崎の方が溜息を吐いた。


「ねえ、藤沢君。逆に聞くけれど、何の為に学校に行くのかしら?」


 言われた誠一は頬を人差し指で掻きながら返答を考えた。


「えっと……将来の為……かな?」

「将来? フフフ、何言っているの、藤沢君」


 川崎は腕に付けた『iウォッチ』を操る。



 ズァァ



 『iウォッチ』から川崎の手元に光が放たれ、そして――。

 その掌の上にリンゴが現れた。


「iウォッチがあればご飯には困らない。知っているでしょう? 数百年前に宇宙で開発された『インフィニティ』。それによってこの星は変わった。インフィニティの発する無限のエネルギーによって、資源は底無しになった。インフィニティの効果はiウォッチを介して、私たちは衣食住を自由に操作することが出来る。将来困ることなんてないじゃない」

「あー……毎週のように授業で説明されるな」

「でしょう?」


 誠一は頭を悩ませた。

 確かに、インフィニティがあれば人間は衣食住に困らない。

 つまり、働く必要が無いのだ。

 社会に所属する意味がない。

 だからこそ、この国の治安は頗る悪い。

 だが、それでも人間の『趣味』は無くならない。

 学校があるのは、『教師をしたい』、『勉強したい』と願う者がいるからに過ぎない。

 逆に言えば、勉強したくない者が来る必要はないのだ。


「……じゃあ、こういうのはどうかな? 俺と青春するために学校に来ないか? 授業なんて聞き流せばいい。共に人生を彩ろうじゃないか」

「……相手なら、他にいるわ」

「え?」


 そう言うと、川崎は両手を広げた。

 すると――。



 ボォォォォ



 気味の悪い音と共に、地面から黒い『何か』が這い出てきた。

 それは、確かに両手両足のある人型の物体だ。

 それが一体だけではなく、二体、三体、四体……いや、まだまだ出てくる。


「これが私のギフトよ。『黒子くろこ』と名付けているわ」


 計八体の『黒子』が彼女の周囲に現れた。

 そして、川崎は先程出したリンゴを一口齧ると、それを投げ捨てた。


「食べなさい」


 川崎がそう言うと、『黒子』の内の一体が落ちた食べかけのリンゴを拾って、目も鼻も口もない顔に持っていく。

 口は無いのだが、確かにリンゴは『黒子』の顔面に溶け込んでいった。

 それは、『食べた』というよりは『吸い込んだ』といった方が適切な様だった。


「どうかしら? この子たちは私の言うことは何でも聞くのよ? 他に何がいるというのかしら?」

「……」


 呆気にとられた誠一は当然返す言葉もない。

 前田の時と同様に、その場を立ち去ることしか出来なかった。



 翌日 マンション・レイニーレインタワー




 iウォッチによって好きなように家を作れるといっても、住む家には好みがある。

 集合住宅の生活がしたいというものがいれば、高層マンションに住んでみたいという人物もいる。

 誠一は、その高層マンションにやって来ていた。

 当然、不登校のクラスメイトがいるからだ。


「やあ、どうも」

「初めまして……木崎きざき君」


 木崎という眼鏡を掛けた男はパソコンやモニターに囲まれた部屋の中にいた。

 部屋は暗く他には何も置かれていない。

 その割には健康的な見た目をしていて、食生活の充実さを実感させられた。


「えっと……今日なんだけど――」

「学校には行かないよ」


 誠一の先手を打って木崎は拒絶した。


「まだ何も言ってないけど」

「なら、何の用だっていうのさ」

「それは、まあ……お察しの通りだけど」

「そら見たことか」


 誠一は参ったという様な表情をする。

 木崎はゲーミングチェアに座ってヘッドセットを装着しようとする。


「じゃ、もういいかな?」

「いや、せめて何で学校に行きたくないかくらいは教えてくれないか? 楽しいよ、学校。同年代とお話できるよ」

「それなら、こっちでも出来るよ」


 木崎はパソコンの方を指さした。

 誠一はやはり何も言い返せない。


「……まあ、確かに僕以外の人にとっては外で同年代の子と絡めるのは有意義に思えるかもしれないけど、僕に限ってはこっちの方が有意義なんだ」

「いやいや、現実で直接会うのも悪くないよ?」

「いや、こっちも現実なんだよ」


 誠一は頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 もしかすると特殊な趣味の持ち主なのかと思いかけたところで、木崎自身から付け足しが入った。


「あ、僕のギフト知らないよね」

「え? ギフト?」

「見せてあげるよ」


 そう言って木崎はキーボードのエンターキーを押した。


 刹那。


 誠一の見る景色が瞬く間に移り変わり、暗い部屋の中にいたはずが、気が付いたらまるでジャングルのような森の風景に変わってしまっていた。


「な……何だこりゃあ!?」


 変わっていたのは周囲の風景だけではない。

 誠一の着ている衣服も、制服から民族衣装のようなものに変わってしまっていた。


「驚いた?」

「き、木崎……これは……?」


 木崎もまた妙な格好をしていた。

 誠一の知る限り、その恰好は明らかにゲームのキャラクターの装備のようなものだった。


「これが僕のギフト。VRの世界に精神を持ち込むことが出来るのさ」

「VR? え? じゃ、じゃあ、これ、現実じゃないのか?」

「というよりは、今はこっちが僕らにとっての現実という話なんだ。こっちで死ねばあっちの僕らも死ぬ。まあ、そんな感じかな」

「どんな感じだよ……!」


 動揺の絶えない誠一とは裏腹に木崎は淡々としていた。

 彼にとっては、別にいつもと変わらない日常なのだ。


「僕はさ、こっちの世界の方が面白いんだよね。まあ、簡単にご飯が食べられるから元の世界とも行き来してるけどさ。色んな人とコミュニケーションだって取れる。学校なんて……行く理由が無いんだよね」

「……クソ、何だよ、どいつもこいつもギフト、ギフト。何でそんなもん持ってんだか……」

「知らないの? インフィニティの効果の副作用で、どういうわけか、この星の人々の『価値』に『あるエネルギー』が生まれた。そのエネルギーこそが『銭闘力せんとうりょく』と呼ばれるもの。そして、銭闘力が一定以上高い者だけが、『ギフト』と呼ばれる人知を超えた特殊能力を使える。僕みたいにね」


 誠一も知らなかったわけではない。

 ただ、どうしてもそのあまりにも理不尽なシステムに嫌気が差していたのだ。


「悪いんだが、お前には一体どういう『価値』があるんだ?」

「僕は両親がいる。僕をこの年までわざわざ育てた物好きな両親が。今の時代、子どもなんて『自動養護施設』で育てられるのが普通でしょ? そういう意味では、家族がまともにいるというだけで、僕は『価値』があるんだ」

「……成程な」


 誠一は納得してはいなかった。

 『親がいる』という、誠一からしたら『当たり前』のことが少数派で、『価値』になる今の時代が、彼はどうしても納得できなかったのだ。



 翌日 とある一軒家




「あー、クラスメイトの藤沢です。狭間君いますかー」


 インターフォンを押して問いかける。

 返事はなかなか来なかった。

 しかし――。


『……何の用ですか』

狭間康太はざまこうた君にお会いしたいんですが」

『……康太は僕です』

「あ、じゃあ、今会えるかな?」

『……上がるだけなら』


 家の扉が開くと、中にはボサボサの髪で目が完全に隠れてしまって見えない男が、一人だけ玄関にいた。


「やあ、初めまして」

「……何をしに来たんですか……」


 狭間はやけに怯えた様子をしていた。

 それなのに家に上げた理由が誠一にはわからなかった。


「学校に来ないか? 青春しようぜ」

「……それだけ?」

「ああ」

「……か、帰ってくれる……かな……」

「またかよ……」


 三度拒絶された誠一は既にこうなることを予期していた。

 それでも、一応出来る限りのことをしようと試みる。


「えっと……やっぱりお前も、他にやりたいことがあったりとか、ギフトがあるから充分楽しく生きられるとか、そんな感じなのか?」

「……ギフトは……持ってない……」


 消え入りそうな声でそう言った。

 これは誠一には少し予想外だった。

 何故なら、他の不登校の生徒は皆ギフトを持っていたからだ。

 すなわち、ギフトを持っていることによる全能感が、彼らからコミュニティに所属する気を失くしているのだと誠一は推理していた。

 しかし、目の前の狭間康太はどうやら違うらしい。


「そう……なのか? 確か、ギフトは価値の高い……銭闘力の高い人だけが持つって聞いたが……お前はそうでもないのか? あ、いや、俺もなんだけどさ」

「……僕には、何の価値もない。親もいないし、普通に自動養護施設で、子育てしたい人に育てられて、教師をしたい人に勉強を教わって、自分では何も決めずに生きてきた……。ありふれた……何の意味もない存在……それが僕だから……」


 とてつもなく陰気なオーラが誠一を襲った。

 誠一はその重みに耐え兼ねフォローせざるを得ない。


「いやいや! そんなことないだろ!? 少なくとも俺はお前のこと価値のない奴だとは思わねぇって!」

「……そうかな……」

「そうだよ!」


 しかし、康太の陰気は晴れない。


「……じゃあ、生きることには何の価値があるのかな?」

「へ?」

「インフィニティのおかげで衣食住は自由自在。生まれてから死ぬまで何も不自由は無い。趣味のある人はそれに全てを懸けて生きられるけど、僕はそうじゃない。僕には何もない。どうして……『生きる』なんて価値のないことを、みんなは平気に出来るんだろう……」

「い、いや! お前が今言ったろ! 『趣味』だよ! お前も何か趣味を持てばいいんだよ! 簡単なことさ。何なら俺が一緒に探してやるよ」


 誠一は若干やけになっていた。


「それに……何の価値があるの?」

「え……」

「……この国は……いや世界は、インフィニティの実働権を持つ『太陽機関たいようきかん』によって成り立っている。僕らの人生は……太陽機関の匙加減一つで無に帰すことだってあるのに……どうして精一杯生きられるの……? わからない……わからないよ……」


 太陽機関とは、実際にファースト民国を統治している政府機関である。

 元々はインフィニティを開発した研究機関だったが、今ではファースト民国の治安維持を務める巨大な組織になっている。


「……確かにインフィニティのおかげで生きられる俺達は、太陽機関に支配されているのに違いないが……だからって絶望することは無いだろ。生き方くらいは選んでみようぜ。きっと楽しいからさ」

「……」


 誠一の説得は無駄だった。

 結局、彼は不登校のクラスメイトを誰一人として復学させることは出来なかった。

 だが、その責任は誠一ではなく、間違いなくこの世界の方にあった。



 奥宮学園 中庭




「はぁー……」


 誠一は派手に溜息を吐いた。

 周囲に誰かがいれば振り向かずにはいられないことだろう。

 彼は周りを気にしていたわけではなかったのだが、反応する人物は確かにいた。


「先輩! 辛気臭いですよ!」


 誠一に声を掛けたのは、学園の女子制服を着た少女だった。


「……何だ、お前か」

「『お前』とは何ですか! レインですよ! 奥宮おくのみやレイン!」


 少女は誠一に食って掛かってきた。

 誠一は満更でもない様子でわざとらしく嫌がりながら避ける。


「あー、あー、そうだったな。よ! 学園長の娘!」

「はいそうです! 私は学園長の娘! とっても『価値』のある女なんですよ? 私に絡まれることを誇りに思ってください!」

「はいはい。……で、何の用だ?」


 一旦空気を落ち着かせ、二人は中庭のベンチに腰を下ろした。



「私からの話はいつもと同じです。先輩……学園の生徒会長になって下さい!」

「やっぱそれか……。何で俺なんだよ」


 誠一は呆れ返ってしまった。

 この学園に来てからというもの、彼は定期的にレインから生徒会長になることを望まれている。

 その理由は――。


「試験の結果ですよ。先輩は間違いなく天才です。少なくとも学業に関してだけを言えば」

「……それだけで会長に薦めるなよ」

「価値のある人が価値のある立場に就くべきなんです。それによって先輩の銭闘力はより一層高まります」

「それに何の意味が――」


 そこまで言って、誠一は昨日の康太の言葉を思い出した。


『それに……何の価値があるの?』


 自分も康太と同じ様に、無駄なことを無駄だと吐き捨ててしまうところだった。

 世の中に絶望したくはなかった彼は、『意味』を考えることを止めた。

 だが、レインは彼の質問にあっさりと答えた。


「お父様がお喜びになります。この学園は元々、ギフトを持つ者……『ギフタ―』を育成するための場所ですからね!」

「……ファザコンめ」


 誠一はフッと自嘲するかのように笑った。

 少し目を細めて思案した後、誠一は口を開いた。


「……何度も言っているが、『時期が悪い』。何というかこう……『つまらない』とは思わないか? 突然俺が生徒会長に就任してもさ。ぽっと出の転入生だぜ? 俺は」

「えぇ……何を意味のわからないこと言っているんですか。じゃあ、一体私はどうすればいいんですか?」

「……そうだな……特には何も。まあ、その内お前の頼みは受けるよ。多分」

「多分!?」


 誠一は笑顔を浮かべながら立ち上がった。

 彼は生徒会長になってほしいというレインの頼みを断る気はなかった。

 ただ、彼は酷く退屈していた。

 衣食住に困らない生活の出来るこの世界において、彼は退屈を破壊してしまいたかったのだ。

 だからこそ、彼はただ生徒会長になるのではなく、何か劇的な出来事に伴って就任したかったのだ。


「あ、待って下さい!」

「何だ?」


 立ち去ろうとした矢先にレインが呼び止める。


「実はもう一つ頼みたいことがあるんです」

「もう一つ?」

「……先輩は、この学園の地下に何があるか知っていますか?」

「地下? 何かあるのか?」

「この学園の地下には、闘技場があります」

「は? 闘技場? 何で?」

「学園は闘技場の上に後から設立されただけ……。闘技場では地下銭闘同好会ちかせんとうどうこうかいと呼ばれる連中が、毎日毎日賭け試合をやっています」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何だそれ!? 賭け試合って何? 何を賭けて何の試合をするの?」


 突然滅茶苦茶な単語の羅列を聞いて、誠一は冗談を聞いたかのような気になった。

 だが、レインの顔は真剣だ。


「『自分自身』を賭けての、『何でもありの喧嘩』です」

「な、何だよそれ……」

「観客もたくさんいます。でも……一つだけ問題があります」

「いや、問題しかなくね? 逆に何が大丈夫なの?」


 レインは無視して話を続ける。


「それは……この学園の生徒の中に、地下銭闘同好会に参加している者がいるということです」

「何だって……?」

「お父様も大変お困りのようなんです。先輩……何とか生徒の試合への参加を止めるのに協力してくれませんか?」


 レインはあざとく上目遣いで誠一に頼み込んだ。

 退屈を持て余す誠一には断る理由がない。


「……まあ、つまらなくはなさそうだな」


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