第8話 七聖剣の決闘
***
俺は貴族のベッドで最高の目覚めを迎えていた。カーテンの付けられた窓から射し込む光は心地よく、今日もきっといい天気だろうことが伺える。俺は、昨日の出来事を思い出し、一人ほくそ笑んでいた。
苦労ばかりの日々から解放され、今や貴族の屋敷に客人として泊まり込む身分だ。人生何が起こるかわからないものだなぁと思う。
「……お目覚めですか?」
突然、視界に映りこんだ緑髪にびっくりしてしまう。
「な、なんだ……天才令嬢殿ですか」
ルナ・サロモンは風魔法に秀でているという。確かに彼女なら、気配を消すことなどお手の物だろう。
「その呼び方はあまり嬉しくありませんね」
彼女は少し不満げな表情を浮かべた。まあ、そう言うなって。俺からしてみれば雲の上の存在なんだからさ。
「ていうか、いつからそこにいたんですか?」
「少し前に来たばかりなので安心してください」
全然安心できないんだけど……。まあいいか。気にしたら負けだな。
「それで、わざわざ俺を起こしに来てくれたわけですか?」
「ええ、朝食の準備ができたので呼びに来ました」
「ありがとうございます。では着替えたら向かいますので先に行っておいてもらえませんか? まだ準備が出来ていないので……」
「承知しました」
俺は急いで身支度を整えると食堂へと向かった。そこには既に、ルナや使用人の女性たち、そして眠そうなクロエの姿もある。
「おはよぉリッくん……」
クロエは俺の姿を認めると気怠げに挨拶をしてくる。なるほど、こいつは朝は弱いらしい。もしくは疲れきっていたのか。
俺は苦笑いしながら返事をする。
「おはよう、クロエ」
「うん、よく眠れた?」
「おかげさまでバッチリだ。そっちは?」
「布団が豪華すぎて緊張して眠れなかったよ……」
俺が席についたところで、食事が運ばれてきた。それを見てクロエが歓喜の声を上げる。
「みてみて! こんな豪華な料理食べたことないかも! 昨日の夕食といい、やっぱり貴族は違うね!」
「しーっ! 気持ちは分かるけど、ルナにバカにされるから騒ぐなよ……」
案の定、俺たちの様子を見てルナは口元に手を当ててクスクスと笑っている。だが、バカにしているというよりも、純粋に俺たちのやり取りが面白いから笑っているような感じだ。こういうところは年相応の少女のようで、天才と呼ばれていてもこの人も同じ人間なのだと感じる。
できればもっと仲良くしたいものだが……。
「ところでクロエさん、リックさん。今日は昨日お伝えしたわたしの知り合いの研究者の元へお二人をお連れしようと思うのですが」
「研究者……? どんな方なんですか?」
俺は素朴な疑問を投げかける。まさかマッドサイエンティストみたいなのが来たらどうしようかな。
「とても良い人で優秀な女性ですよ。ただ少し変わっているというか……」
ルナは言い淀んでいるがその様子から察するにあまり仲が良い相手ではなさそうだ。
「大丈夫ですよ! 私たちはもうルナさんの事を信用していますから! ねえ、リッくん!」
クロエは俺に話を振ってきた。俺は無言でうなずく。まあ実際問題、この人は悪巧みをするような人にはとても見えない。あくまで“本人は”
「そう言ってもらえるとありがたいです。実は彼女は今とある研究をしておりまして……その研究というのが『ユニークスキル』の研究なのですが──」
ルナがそこまで話したところで、使用人のうちの一人が彼女の耳元まで近づいて何かを伝える。すると、彼女の表情が変わった。
「──決闘、ですか?」
彼女の顔には驚きと戸惑いの感情がありありと見て取れる。どうやら穏やかではない単語が出てきたようだ。俺は嫌な予感を感じながら話の続きを待つ。
「それで、フローラさんがわたしに決闘を申し込むと?」
頷く使用人。その表情は深刻そのものといった雰囲気だ。
「なあ、何があったんだ?」
堪らず俺は質問をした。
「いえ、大したことではありません。ちょっとした小競り合いです。
いやそれは大したことでしょ。俺の中のツッコミ気質の血が疼いた。
「そんな訳で、お二人とも申し訳ありません。わたしは少々用事ができてしまいましたので、これで失礼させていただきます」
ルナはそう言うと、慌ただしい足取りで食堂を出て行ってしまった。
何となく居心地が悪くなった俺とクロエも食事を終えると、ルナの後を追うようにその場を後にすることにした。
ルナは、屋敷の中庭に武装して立っていた。そして、彼女と向かい合うようにして赤髪ツインテールの気の強そうな令嬢が立っている。あれがフローラとかいう子なのだろうか。ルナよりも一回りくらい年上に見える。
「フローラ・カロー公爵令嬢。あの人も相当な遣い手で、ルナ嬢とは仲が悪いことで有名なのだけど……」
クロエが俺に耳打ちしてきた。なにそれこわい。じゃあ喧嘩にならないよう止めた方がいいかな? 王国トップクラスの実力者の喧嘩なんて、どんなもんなのか想像もつかない。いや、でもとても二人の間に庶民の俺たちが割って入れる隙はない。
「ようやく決着がつけられるわね。チビで泣き虫のルナ」
「はぁ……フローラさんはもう少し賢い方かと思っていましたが……何度挑んでも結果は同じですよ?」
「それはどうかしら? 今日のあたしは前とは違うのよ! 泣いても知らないわよ?」
二人は火花を散らしながら睨み合っている。
「はっ! 相変わらずの貧相な胸だこと。そんなんじゃ殿方の気を引くこともできないでしょう?」
「……あなたも人のこと言えないでしょう?」
フローラの挑発を冷静に流したルナが、腰に差した剣を抜いた。それに呼応するように、フローラも二本の剣を抜いて両手に構える。
「──今日こそあんたを倒して
フローラはそう叫ぶと剣に魔力を込める。と同時に、彼女が握っている二本の剣が勢いよく炎をまとった。おお! なんかかっこいい! まるで大道芸を見ているみたいだ。俺とはすっかり見惚れてしまっていた。
しかし、一方ルナは特に驚いた様子もなく静かに呟く。
「腕を上げましたね……」
「言ったでしょ? 前のあたしとは違うってね!」
二人の間合いが一瞬にしてゼロになった。目にも止まらぬ速さで繰り出されるフローラの攻撃。対するルナはそれを完全に読みきった動きで全て受け流す。さすがにすごい戦いだ。これが王国最強クラスの剣士同士の戦い……。
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