第9話 『リジェネレーション』×『ライフドレイン』

「なかなかやるじゃないの。ならこれならどう?」


 フローラがさらに攻勢に出た。炎に包まれた剣を振るうと、斬撃とともに巨大な火炎の渦が出現してルナを襲う。うおっ!? あんなの長年冒険者を続けていても見たことがない。喰らったらひとたまりもないぞ! だが、ルナの取った行動は予想に反したものだった。

 なんと彼女はフローラの攻撃を避ける素振りすら見せず、手のひらを前方にかざしてただ一言「風よ」と呟いただけだった。


 次の瞬間、彼女の背後から突風が吹いて火炎の渦をフローラの方に押し戻していく。


「え……うそ……ちょっとまって……」


 慌てるフローラだったが時すでに遅し。押し返された火炎の渦が彼女を飲み込み、その体を宙に浮かせた。


 勝負あったか。


 俺は完全にあっけに取られていた。いやだってまさかあのちっこいルナがここまで強いとは思わなかった。あの人ほんとに何なんだ?


「……く、ま、まだまだああ!! 炎の遣い手であるあたしが、炎で致命傷を受けることはないのよ!」


 しかし、フローラは諦めていなかった。炎が収まるとすぐに体勢を立て直す。

 フローラは再び炎をまとった双剣を構えて、ルナに襲いかかった。だが、その剣が彼女の身体に触れることはなかった。

 フローラはその場で動きを止められていた。見ればルナがいつの間にか放った無数の風の刃によって、彼女の四肢が浅く切られており、そこから血が滴り落ちている。おそらく、剣を振り上げたところで動けなくなってしまったんだろう。

 ルナは、呆然と立ち尽くすフローラに近づくとその肩をポンっと叩いた。


「降参してください。友人を、これ以上傷つけたくはありません」

「な……何で? 何であんたがこんなに強いのよ? 一体何なのよあんたはぁぁぁぁ!!!」


 叫びながら膝をつくフローラの目には、大粒の涙が浮かんでいた。ルナの強さは本物だった。俺みたいな、ユニークスキルのおかげで戦えているような付け焼き刃の強さではない。ちゃんと、ステータスやステータスに反映されていないルナ・サロモンとしてのポテンシャルによって裏付けられた強さだった。


「ごめんなさいフローラさん。わたしは……わたしの使命を果たすために、まだ七聖剣セブンスナイツでいる必要があるんです」

「くっ……くそぉぉぉ! お、覚えてなさいよ!」


 フローラはそう叫び、地面に落ちていた自分の剣を拾い上げると、それを杖のようにしながらほうほうのていで逃げていった。その後ろ姿をしばらく眺めた後、ルナは大きくため息をついた。


「フローラさんにも困ったものです」


 ルナは振り返ると、少し悲しげな表情を見せた。俺はそんな彼女に声を掛けようとしたが、それよりも早く俺の後ろからクロエが声を上げた。


「ねぇ、ルナ様ってやっぱりすごく強いんだね!」


 目を輝かせてルナに駆け寄るクロエを見て、ルナは少しだけ驚いた様子を見せていたが、すぐに微笑んで口を開いた。


「いえ、まだまだ修行中の身です」

「でもでも、あれだけ強かったらわざわざ仲間を集めなくても、一人で聖フランシス教団をぶっ潰せるんじゃないの?」

「……それは」


 ルナは言葉を詰まらせる。

 おいこらクロエ。せっかくいい感じの雰囲気なのになんてこと言うんだよ! 空気読め! ……と思ったがそういえばこいつは基本的に空気読まないやつだった。


「それは……できません」

「どうして?」

「……わたしの力はせいぜい教団の幹部クラスと同等程度。教団のトップである大司教には恐らく手も足も出ません」

「じゃあルナ様がもっと強くなればいいんじゃないかな!」

「そんな簡単に言わないでください。ステータスというのは努力だけで上げられるものではありません。それに……」


 そこで一度言葉を切り、ルナは俯いた。そして再び顔を上げて俺たちを見る。


「戦いには旗印が必要です。わたし一人が教団に戦いを挑んだところで、それは私怨にしかなりませんから」


 ルナは自嘲気味に笑った。そこには今まで見せたことのない憂いの色が滲んでいるように思えた。

 クロエも何も言えずに黙り込んでしまった。気まずい雰囲気が漂う中、それを紛らわすようにルナが口を開いた。


「さぁ、野暮用も終わったことですし、行きませんか?」

「どこへです?」

「わたしの友人の研究者のところです」


 そう言うと、ルナはそそくさと屋敷に戻って準備を始めてしまった。


「どうする? 行ってみる?」

「行くしかないだろ。俺の『リジェネレーション』とお前の『ライフドレイン』についてもっと知りたいしな」


 こうして俺たちは彼女の友人を訪ねることになったのであった。



 ***



 庶民である俺たちは、ルナの従者を装うことによってある程度王都内を自由に移動する許可を得ることに成功した。もっとも、この従者設定を提案したのは他でもないルナ自身だったが。

 ルナは俺たちを連れて貴族街の外れにたどり着いた。そこは、閑静な雰囲気のある場所だった。道の脇には緑が広がり、小さな花壇や小川が流れている。なるほど、確かにここなら貴族たちの屋敷が立ち並んでいるエリアとは思えないし、一般人も多く暮らしているであろう住宅街からは離れているので人目に付く心配もない。まさに隠れ家のような空間といったところか。


「ルナ、こんなところに本当に知り合いがいるのか?」

「はい。間違いありません」


 ルナは迷いなく道を進んでいく。俺としては彼女のことを信じてはいるが、どうしても不安が拭えない。こんな所に住んでいる貴族なんて、きっと相当な変わり者だろう。これはまるで……幽閉されているようではないか。


 しばらく歩くと、前方に小さな一軒家が見えてきた。周囲の風景とは似ても似つかないその建物はどこか浮いているように見えた。

 扉の前に立ったルナは躊躇うことなくドアをノックした。返事がない。留守なのか?


「アリアさん、わたしです。ルナです。開けてください」


 そう呼びかけながらもう一度強めに叩くと、中から返事が聞こえた。


「開いてるよー」


 それを聞いたルナは遠慮がちに扉を開けた。するとそこには……


「やあ久しぶりだね。後ろの人たちは客人かな?」


 雑然と無数の本が置かれた小屋の片隅で、青髪をポニーテールに結わえ、白衣を着た少女が机に向かっていた。ルナは、そんな彼女にゆっくりと近づいていった。


「お久しぶりです、アリアさん」

「うん、元気してたかい? ……それで? 君の後ろにいる二人は誰だい?」


 そう言ってこちらを振り向いた彼女はルナの頭をわしゃわしゃと無造作に撫でる。突然の出来事に目を丸くしているクロエを横目に、ルナは答えた。


「こちらは……リックさんとクロエさんです。わたしの見立てでは、お二人はユニークスキルを持っています」

「ほおぅ!」


 ルナの言葉に、アリアの瞳がキラリと輝いた──ように見えた。それから俺たちの方を見て口を開く。


「なるほどね。だから僕の元を訪ねてきたと……ふむふむそうか。ならば少し調べさせてもらうとするよ」

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