第7話 一方その頃のアリシアちゃんは?

 ***



 アリシアという回復術師を雇ったクリストフのパーティーは、早速彼女の優秀な回復スキルを利用してダンジョンの最下層まで潜っていた。


「そろそろダンジョンの主へたどり着けるだろう。皆、覚悟はいいか?」

「「おーっ!」」


 クリストフの問いかけに、シーフのダドリーを筆頭にパーティーメンバーたちがときの声を上げる。しかし、金髪碧眼の美少女アリシアだけは浮かない表情だった。

 彼女はもじもじとしながらしきりに背後に視線を送っている。その様子に気付いた大柄の剣士ハンスが不思議そうな顔で尋ねた。


「おい、アリシア? どうかしたのか?」

「えっと、あの……実は……その……そろそろ日も暮れますし、攻略は明日にして一度帰りませんか?」

「はぁ? 何言ってるんだよもう少しで主を倒せるんだぜ? 他のパーティーに先を越されないうちにやるべきだろ」


 ハンスの言葉はもっともだが、それでもなお、アリシアの態度は煮えきらない。彼女はチラリと背後を振り返ると、ため息をつく。


「だってもう夕方ですよぉ。それに、ダンジョンの主はそこら辺の雑魚と比べてもかなり強いと聞きます。長期戦も予想されますけど夜通し戦うつもりですか……?」

「なんだよ、ビビってんのか? 大丈夫、アリシアちゃんのことはちゃんとオレらが守るから、アリシアちゃんは回復に集中してくれよ」


 横からダドリーが口を挟み、ニヤついた笑みを浮かべるとアリシアの腕肩を叩く。


「そうだぞ。お前の役目はヒーラーなんだ。前衛に守られて後ろでニコニコしてればいいんだよ」

「いや、あの、そういう問題ではないというか……私もそろそろ……ごにょごにょ……」


 ダドリーとハンスに迫られ、アリシアが何か言いかけるが声が小さくて聞こえない。

 その時だった。

 彼らの背後の暗闇の中から突如、巨大な黒い塊が現れた。その影がゆっくりと人型に変化していく。そしてそこに現れたのは漆黒の巨躯きょくを誇る巨人だった。


「グオオオッッ!!!!!」


 巨人の叫び声が洞窟内に響き渡る。


「な、な、な!? なんじゃこりゃあああ!!??」


 ダドリーが絶叫する。

 それはまさしくダンジョンに巣食うボスモンスター、『ジャイアント・デスナイト』だった。

 突然現れたダンジョンボスを前に、クリストフたちのパーティーは完全に浮き足だつ。


「クソッ! 皆、アリシアちゃんを守って防御陣形をとれ!絶対に死なすなよ!」


 リーダーであるクリストフの指示に我に返った彼らは、慌てて戦闘態勢をとる。だが、既に『デスナイト』は動き出していた。その巨躯からは想像できないほど俊敏な動きでアリシアの目の前に迫ると、彼女に向かって丸太のような腕を振り下ろす。


「危ないっ!」


 クリストフがアリシアを庇い前に出る。彼は咄嵯に盾で攻撃を受け止める。ガキンという金属同士がぶつかり合うような音が響く。衝撃でクリストフは数メートル吹き飛ばされたが、どうにか踏ん張ることができたようだ。


「『バインドアンカー』!」


 パーティーの魔術師クロウの魔法で巨人の身体に幾本もの漆黒の鎖がまとわりつく。そして、動きが止まった巨人に、ハンスとダドリーの二人が斬りかかった。


「おらぁああっ!! くたばれぇっ!!!」

「ぶった斬るッ!!」


「グォォォォォォッ!!!」


 ……が、次の瞬間には巨人は鎖の拘束を振りほどいて暴れ始め、二人は呆気なく弾き飛ばされた。



「……ぐふぅ」


 地面に倒れ込む二人を見て、クリストフは焦りの色を見せる。


「アリシアちゃん、二人の回復を頼む!」


 しかし、アリシアは涙目で首を横に振るばかりだった。


「無理なんです! 私の回復魔法には、回数制限があるんです!」

「なんだと!? 何故それをもっと早く言わない!?」

「欠点を知られたら追い出されると思って……」

「……クソッ!」


 その間にも『デスナイト』は手当たり次第に攻撃を繰り返す。壁が壊され岩や砂埃が舞う中をクリストフは仲間を庇いながら必死に逃げる。

 しかし、やがて追い詰められ、行き止まりの袋小路へと追い込まれてしまった。仲間たちのHPも残り少なくもはや打つ手がない。全滅は必至だった。

 クリストフはパーティーメンバーを逃がすため、残酷な選択を取らざるを得なくなった。もはや、回復魔法の使えないアリシアを守る意味はないのだ。


「……アリシアちゃんを囮に使えばなんとかなるかもしれない」


 クリストフは悔しげに唇を噛み締めながら、仲間たちに小声でそう告げた。その表情は苦しそうだ。


「そんなこと……できるわけないだろ!」

「そうだぜ! 見捨てるなんてありえねぇよ」


 仲間の抗議の言葉を聞いて、クリストフの目尻に光るものが滲む。


「俺だって本当は嫌だよ。でも、ここで全滅してもいいのか? 俺だって死ぬのは怖いよ。だけどさ、冒険者は皆覚悟の上でこの職業を選んでいるはずだろ? アリシアちゃんだって同じはずだ。だったら、一人でも多く生き残る方法を考えるのがリーダーとしての俺の務めだ」

「……わかった。それでいこう。お前は間違っていないよ。リーダーのお前に従うぜ」


 ダドリーが同意すると、クロウやハンスも黙ってうなずいた。三人の意思を確認したクリストフは、振り返ってアリシアに声をかける。


「アリシアちゃん、俺は嘘が苦手だから正直に話す。……お前には囮になってもらう」


 アリシアの顔色がみるみると青ざめていく。その様子を目の当たりにして、クリストフは罪悪感から胸が押し潰されそうになるが、今は彼女を慰めている暇などなかった。


「そもそもこの状況はお前が回復魔法の回数制限について話してくれていたら起きなかったことだ。覚悟を決めてくれ」

「で、でも! こんな状況になるなんて思わないですよ! だいたい私はただの冒険者じゃなくてただの回復術師です! 囮なんか向いてません!」

「もはやお前はこれくらいでしか役に立たないんだよ。……すまない、時間が無いんだ。いくぞ!」

「ちょ、ちょっと待って下さいぃ! 私はまだ心の準備が――きゃあああ!」


 こうしてアリシアは抵抗虚しく、クリストフに背中を押されて『デスナイト』の前に押し出された。恐怖のあまり泣き喚く彼女の声がダンジョン内に響き渡る。


 その声を背にして、クリストフたちパーティーメンバーは一目散に逃げ始めた。しばらく走った後、後ろを振り返ると『デスナイト』の姿は見えなくなっていた。どうやら逃げ切れたようだ。クリストフたちは、安堵のため息をつく。

 しかし、その表情は暗かった。クリストフは自分の取った行動が正しいとは思っていなくとも、他に選択肢が無かったことも事実なのだ。彼の瞳からは大粒の涙が流れ落ちる。他の仲間たちも同様で、クリストフほどではないが後悔の念を抱いていることは明白だった。

 彼らはしばらくの間立ち尽くしていたが、『デスナイト』が追ってくる気配がないことを確認すると再び歩みを進め、地上を目指したのだった。

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