第2話 ユニークスキルが発現したんだが……

 ところがどっこい。これがまた予想に反して大ピンチに陥った。

 悩んだ末、雑草の味がするクソ不味いポーションを飲んでHPを回復させたはいいものの、しばらくしたらまた猛烈にお腹が減ってきて再びHPの減少が始まったのだ。


「くそっ! このままじゃ餓死する!」


 冗談抜きでまずい状況だ。調子に乗って瓶を買ってしまったのと、ポーションが売れなかったのもあって所持金は底をついていて食べ物を買う金もない。

 あるのは売れ残ったポーションだけだ。


「仕方ない……またポーションを飲んで何とか生き延びるしか」


 しかし、さっき飲んだポーションの味を思い出して絶望的な気持ちになる。しかもあれを飲んでもまた腹が減るに違いない。それでも、ここで死んでゲームオーバーになるよりはまだマシなはず……。

 そう考えて俺は道端に座り込むと一思いにゴクリとそれを飲み干した。案の定不味い味に吐き気がしたがなんとか耐えると、しばらくして激しい飢餓きが感に襲われ始める。


「ぐ……あぁ……」


 そして俺はフラつきながらも次のポーションの瓶を手にする。


「なんで俺はこんな目に……」


 どれくらいそれを繰り返しただろうか。有り余るポーションのせいで俺は餓死せずにすんでいたが、ポーションの不味さと空腹のせいでいっそ死んだ方がマシなんじゃないかと思うようになっていた。もはや正常な思考すら保てなくなっているのかもしれない。とにかく今の状況から抜け出すことだけをひたすら考える。しかし、そんな都合よく打開策だかいさくなど浮かぶはずもなく、ただ無意味に時間が過ぎていくだけだった。そしてとうとう限界が訪れた。




「……あれ?」


 どうやら気を失っていたらしい。朝だ。清々しいまでの朝だ。


「俺……どうして生きてんだ……?」


 確かあの後、何とか家にたどり着いた俺は、力尽きて意識を失ったまま夜を迎えていたはずだ。ポーションを飲むことも忘れて、ジリジリとHPは減っていたはずなのに、なぜか無事生きているようだ。


「あー、ついに幻覚を見るようになったか」


 どうやら自分の置かれた状況が信じられず混乱しているらしい。

 だが、目の前には見慣れた光景が広がっている。


「そうだよな、ここは俺の家なんだから当然じゃないか」


 自嘲気味な笑いを浮かべながらそう言うと俺はベッドから起き上がる。

 その時だった。俺は自分の視界に映るHPバーに違和感を覚えた。HPバーは満タンだった。そして、何故か淡い緑色に輝いている。


「ん? なんだこれは?」


 恐る恐る指で触ってみると、その部分が発光し、画面が切り替わるように何かの文字が現れたのだ。そこにはこんな文章が書かれていた。


『ステータス:リジェネレーション』


 知らないうちに変な状態異常になってしまったのだろうか。

 でも、悪いものではなさそうというのは何となくわかる。どうやらこれのおかげで生き残ることができたようだ。


「まあでも、これから一体どうやって生きればいいんだよ」


 このスキル? のようなものに一体どれほどの効果があるのかはわからない。でもきっと、この先も飢えに悩まされ続けるに違いない。そう思うとため息が出そうになる。結局、苦しみが伸びただけなのだ。

 この時はまだそう思っていた。




 翌朝になっても俺は変わらず家にいた。今日こそは町に出ようと思ったのだが、ポーションを売り歩いたところで誰も買ってくれないことは分かりきっていたので、やっぱり行くことができなかった。


「くそ……このままじゃダメだ……俺は何もできない……」


 悔しくて涙がこぼれ落ちてくる。飢えて死ぬことすらできない。情けない、なんてみっともない、俺が憧れた冒険者とはこんなものなのかと。

 その時突然、家の扉が開いた。そして間髪かんはつ入れずに何かが倒れるような音がする。驚いて振り返ると、そこには全身血だらけの少女が横たわっていた。


「痛い……だれか……」


 その姿を見て、俺は目眩めまいを覚えそうになった。なぜなら少女の腕と脚がなにか刃物のようなもので切り裂かれていたからだ。彼女は傷口を必死に抑えているが、そこからあふれ出る大量の血液が止まる気配はない。

 クソ! なんでこんなところに朝っぱらからこんな怪我人が来るんだよ!


「……たす、けて」


 彼女は苦しそうな表情を浮かべてこちらに手を伸ばしている。俺は思わず彼女のもとへ駆け寄ると、HPバーを確認する。彼女のHPバーは血のように真っ赤に染まり、ものすごい勢いで減少していた。


「ああ! クソッ! やるしかない!」


 覚悟を決めると、ポーションの瓶を取り出して蓋を開けた。それを彼女の口に突っ込み中身を流し込んでいく。と、同時に、彼女の傷口をふところから取り出した布で縛って手早く止血をした。俺がパーティーの仲間が怪我をした時によくやる応急処置だが、まさか行き倒れの女の子にこれをすることになるとは思わなかった。とにかくこれでなんとか出血は止まったはず。


「お願いだ……治れ……頼む……」


 祈っている場合じゃないだろ、と思うが他に何をすればいいかわからなかった。


「……うっ、げほっげほっ、おえぇっ」


 よほどポーションが不味いのか、少女が激しくむせる。だが、彼女はポーションが不味いものだと知っているのか、文句を言わずに飲み続けている。そのおかげか、減り続けていたHPがじわりと回復していくのがわかった。良かった、効いたみたいだ。

 だがその時、一安心した俺の腕を彼女が掴んだ。怪我人とは思えないほど力が強くて、なにより鬼気きき迫る様子だった。


「ヤツらに……『魔女狩り』に追われてるの。もう、逃げられない……このままじゃ殺されちゃう!」

「なんだって? 魔女狩り?」


 慌てて外の様子を確認しようとした俺だったが、その前に何者かが扉の前に立つ気配がした。


「クソッ!」


 よりにもよってポーション生成士である俺の家にはまともな武器はない。何かないかと思って周囲を見回した時、ふと倒れている少女の隣に1本の剣が落ちていることに気づいた。大きな黒い不気味な剣──彼女のものだろうか。だが、今は四の五の言っている場合ではない。

 俺は剣を拾い上げると、音もなく玄関に侵入してきた怪しげな人影に向かって思い切り振り下ろした。だが、あっさり避けられてしまったようで、相手との距離ができてしまう。どうやらかなり戦い慣れしているようだ。俺はそのまま無我夢中で何度も攻撃するがどれも当たらない。そして、とうとう壁際まで追い詰められてしまった。


「……おい、ここは俺の家だぞ! 出ていけ!」


 俺の必死の叫びに、侵入者は自らの剣を振るうことで応えた。


「ぐはぁぁッ!」


 腕を切りつけられてしまい激痛に襲われる。さらに追い打ちをかけるように、俺の腹部に強烈な蹴りが入った。俺は吹き飛ばされるようにして壁に激突すると、そのまま意識を失いかける。

 でも、俺が気を失ったら追われている少女はどうなる? 彼女は恐らく殺されてしまうだろう。せっかく俺が助けた命だというのに、それが目の前で奪われるのは、ポーション生成師として我慢ならなかった。


 俺は必死の思いで意識を繋ぎとめると、剣を杖のようにしながら立ち上がる。チラッと自分のHPバーを確認して驚愕きょうがくした。侵入者の攻撃によって減ったはずのHPが、みるみる回復していくのだ。


「……なるほど、これが『リジェネレーション』──つまり、自動回復ってわけか!」


 俺はやっと自分が習得してしまったスキルの正体に気づいた。


「このスキルさえあれば……」


 そう思うと力が湧いてきた。


「……俺は、生きてこの子を守れるはずだ!」


 決意を新たにし、再び立ち向かっていく俺に、敵は戸惑とまどっているようだった。敵の攻撃が何度も俺の身体をとらえるが、痛みはあるもののリジェネレーションで回復することは分かっているので耐えられた。そしてついに、俺のカウンター気味の攻撃が相手にヒットした。


「ぐっ……!」


 敵は苦悶の声を上げると、やっと襲うことを諦めたのか、きびすを返して逃げ出した。

 俺は追わなかった。追う体力は残っていなかったのだ。

 少女の無事を確認すると、その場で意識を失ってしまった。

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