第3話 『魔女』を救ってしまいました

 ***



 目が覚めると目の前にあの女の子の顔があった。


「あっ、起きたの?」

「……そっちこそ無事みたいでよかった」

「あなたのおかげでね。ありがとう」


 彼女は優しく微笑みかけてくれる。改めて見ると本当に可愛らしい子だ。あの時は気づかなかったが、綺麗な水色の髪が神々しい。


「お礼になんでも言うこときいてあげる」

「は? いやいや、年頃の女の子が男にそういうこと言うもんじゃねーよ」

「でも、命を助けてもらったわけだし、同等かそれ以上のものを差し出すのは当たり前じゃない?」

「そうなのか? ……そうじゃないだろ! 別に俺も下心があって助けたわけじゃないし!」

「そう? ふーん、謙虚なのね。じゃあ、あなたが危険に晒された時に私は命をかけて守ってあげるということで」


 よく分からない、掴みどころのないやつだ。普通の人と感性が違うのかもしれない。もしくは俺がおかしいのか? 女の子を助けたら代わりに一生下僕になれとか命令するのが普通なのか?

 俺が女の子の顔を眺めながら思案していると、彼女が不思議そうに首を傾げる。


 それにしてもあれだけ血だらけだった傷が綺麗さっぱりなくなっているところを見ると、やはり俺のポーションが効いているようだ。



「あの、いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 すると、彼女は少し警戒したような面持おももちで聞いてきた。


「うん、なんでも答えられる範囲で答えるよ」


 それを聞いて少女は質問を投げかけて来た。


「あなたのあのスキル……一体何? もしかして、『聖フランシス教団』と関係がある?」

「なんだって?」


 確かに聖フランシス教団は、回復術師を多く輩出している組織だが、俺のリジェネレーションは残念ながらそんなクソ教団とは無縁だ。むしろアリシアのことを思い出して嫌な気分になる。


「……ごめん。私の思い違いかも」

「あ、ああ……」


 彼女は少しだけ考えるような素振りを見せると、真正面から俺の目を見据えて切り出した。


「あなたのことを聞く前にまず私のことを話すべきだよね。私の名前はクロエ。聖フランシス教団から逃げ出して来たの」

「クロエ……どうして教団逃げてるのか聞いてもいいか?」

「実は、聖フランシス教団は回復術師を生み出すために、戦争孤児とか奴隷の子どもをさらって人体実験をやってるの。私もさらわれて酷い目にあわされたわ。だから逃げてきたの」

「聖フランシス教団が……まさか」

「知らなかったでしょう? ほとんどの子どもが実験の過程で死ぬんだけど、一部の子どもは回復スキルを習得して回復術師として活躍している。──そしてたまに、私みたいな『出来損ない』が生まれるのよ。教団の意志に反して人を害するスキルを習得した子は『魔女』と呼ばれ、拷問ごうもんを受けたあとに殺される運命にある。でも私は魔女として認定された瞬間脱走を図った。それでここまでやって来たというわけ」


 クロエが語った内容は想像を絶するほど衝撃的なものだった。まさか教団が、回復術師を育てるために多くの子どもの命を奪っていたなんて……!


「誰も巻き込みたくはなかったけど、あなたもう『魔女狩り』と一戦交えてしまっているでしょ? それに、あなたの無限回復スキルの存在を知ったら、教団は黙っていないはず。悪いことは言わないから、私と一緒に逃げよう?」


 彼女の提案はとても魅力的だと思った。このままここにいても飢えに苦しむか教団の追手にさらわれて実験材料にされるだけのような気がする。……それに一番心惹かれたのは、逃げる相方が可愛い女の子だったからだ。なんだか駆け落ちみたいで少しドキドキする。


「仕方ないな。でも、一つだけ確認させてくれ」

「なぁに?」

「その『魔女狩り』っていうのは、聖フランシス教団の組織なのか?」


 クロエはかぶりを振って否定した。


「いや、『魔女狩り』は王宮直属の組織で、人に危害を加える害悪なスキル持ちを狩って治安を維持するのがお役目。だから基本的に教団とは無関係なんだけど、どこからか私の存在を知って追ってきてるの」

「おいおいマジか。……ってことは、お前を追ってるのは教団と王宮の二つってことか」

「そ。そして、あなたも追われてると思った方がいい」


 やれやれ、いよいよもって厄介なことになってしまっているようだ。クロエを助けたばかりに、俺もこの国を支配する二大勢力とも言える聖フランシス教団と王宮から追われることになってしまうなんて。

 だけれど、不思議と後悔はなかった。何度やり直しができたとしても、あの場面でクロエを見殺しにするなんて選択肢は俺にはとれないし、そもそも一度捨てかけた命だ。変なスキルがついたことによって生きながらえているものの、そのボーナスタイムのような残りの人生を誰かのために使ったとしても、いいじゃないか。


「……分かった」

「やけに状況の飲み込みがはやいね。ふつうはこんなこと言われたら、うわぁぁぁぁ! ってなるもんだと思ってたけど」


 クロエはそう言いながら自分の水色の髪をくしゃくしゃとしてみせる。意外とお茶目なところもあるみたいだ。


生憎あいにく、俺は最近パーティーから追放されるわ餓死しかけるわ、いきなり家に血だらけの女の子がやってくるわ、イベント続きなんでな。感覚が麻痺まひしてるのかもしれない」

「あははっ、そりゃあ大変だったねぇ」

他人事ひとごとみたいに言うなよ。半分はお前のせいだろ」

「ごめんごめん。私も小さい頃から教団の変な実験で何度も殺されかけてるから、感覚が麻痺してるのかもしれない」

「……いやごめんこちらこそ」


 なにやらクロエの辛く苦しい過去が垣間かいま見えた気がするので慌てて謝ると、彼女は「全然全然!」と言わんばかりに手を振ってみせた。


「ここに長いは無用だな。準備をして早速出発しよう。──どこか行くあてがあればの話だけど」

「王都に、聖フランシス教団に反抗する組織があるみたいで、私はそこを目指していたところなの」

「じゃあとりあえずそこを目指してみるか」


 俺は手早く荷物をまとめると、血だらけの服を着替えて旅の準備を整える。ちなみにクロエのヒラヒラとした服は、特殊な繊維せんいで作られているらしく、水をかけたら汚れはすぐに落ちた。おかげで女の子に自分の服を着せるなんて展開にはならずに済んだが、「あの服はきっと、実験とやらで血が出たりしてもすぐに落ちるように設計されたんだろうな……」と余計なことを考えてしまって少しだけ暗い気持ちになった。



「さぁ、行こっか!」

「あぁ、そうだな……」


 鞄にポーションを詰め込んで準備を整えた俺は、黒い大剣を背中に背負ったクロエを伴って家を後にする。もうしばらくはここには帰ってこないだろう。しばらく暮らした念願の我が家を振り返りながら少しだけ寂しさを覚えたのだった。

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