#17 保護者達の思惑② [カイン]


 尋問室に到着するとエルフは自ら椅子に座った。

 しかしその態度は容疑者のものではない。


「先に行っておくわ。私があんた達の質問に答えることは何もない」

「はぁ?それが通ると思っているのか」

「ええ、通るわ。私は何もやっていないし、私を答えさせる力があんた達にはない。

 そんなことはどうでもいいの。私がここに来た理由はただ一つ。あんたと話しかったのよ」


 エルフは真っ直ぐ俺の目を見つめて話した。


「なんで俺と……」

「分かっているでしょ、セカイの保護者さん」


 その一言により俺の中で緊張が走る。

 危ない。


 彼女のペースにもっていかれるところだった。

 いや、すでに彼女のペースに持っていかれている。


「お前に答えることは何もない」


 エルフはため息をついた。


「勘違いしてほしくないけれど、私はセカイを保護しに来たのよ。

 あんたも分かっているはずよ。セカイがいかに危険かが」


 そんなことは始めから分かっている。

 セカイはこの街に来た時から常に危険と隣合わせだ。

 そしてこの女もそんな危険要因の一人に違いない。


 俺はあえてとぼける。

 とにかく彼女にセカイの情報を与えることはいけないと考えたからだ。


「何のことだかさっぱり分からないな。セカイは俺が保護した普通の少年だ」

「とぼけるのは結構だけど、大体の事情は彼に着いていた精霊から聞いているわ。

 あんたも気づいていたでしょ。彼は水の精霊と癒しの精霊が守っていたの。

 彼が道の真ん中で起きたこと、街に入るとき殴られたこと、あんたに保護されたこと、冒険者になってオーガを倒したこと、すべて知っている。

 そして、ハーフエルフと冒険者ギルドが何か良からぬことを考えていることもね」


 やはりセカイには精霊がついていた。

 まさか2人もついているとは思ってもみなかったが。


「ハーフエルフに好かれるというのがどれほど危険なことか。ハーフエルフの生い立ちを説明すると――「結構だ、もう十分知っている。エルフがいかれていることは」


 エルフは押し黙る。


「当然、お前もな」


 俺はエルフに牽制した。このエルフがマイ・リアシーと敵対しているのは間違いないだろう。だからといってセカイの味方とは限らない。


 エルフはにやりと笑った。


「あんたエルフが怖くないのね。それどころか敵対心丸出しで、憎しみすら感じるわ」


 見透かす様に俺を見ていた。


「私たちを恐れないヒューマンは少ないけどいるにはいる。でも敵意を向けるヒューマンは限られてくる。連れて行かれたんでしょ・・・・・・・・・・・


 俺は虚を突かれドキリとした。


「奥さん?それとも子供?いや、その反応から見るに」


 胸が締め付けられるように苦しい。


「両方ね――「黙れ!」


 我慢できず声を荒げ机を叩く。

 室内で大きな音が反響する。


 エルフは毅然とした態度で話をつづけた

 

「御愁傷様。私もいかれた同族には反吐が出るわ。でもね、そんな奴が今セカイを狙ってるかもしれないのよ。自体の深刻さはわかった?」

「そんなことあいつと会った時から危惧している。それにだからと言ってお前がいかれてないとは限らないだろ」


 その言葉を聞いた瞬間、エルフの顔が険しくなった。


「は?私があのハーフエルフと同じだと言うつもり?次言ったら殺すわよ」


 彼女から殺気が漏れ出す。

 彼女なら本当に殺すことができるだろう。言葉の脅しではない。


 しかし、すぐに殺気をおさめた。

 殺すメリットがないことに気づいたのだろう。


「私が彼に興味を持った理由は風の精霊に頼まれたからよ。ヒューマンのガキが大人に殴られてるってね。勿論始めは助けに行く気はなかったわ。でも多くの精霊が彼の身を心配していた。話ができないどころか、視認さえしてもらえないヒューマンをね。どんな奴か興味を持ったの。そして彼を一目見た途端確信したわ。精霊の愛し子だと」


 彼女はセカイに興味を持った理由を話し始める。


「不躾に思っていた私の精霊も、彼を見た途端根拠もなく彼は信用できそうだといい始めた。彼は精霊に愛される祝福を授かっている」


 祝福。

 それは神の奇跡だ。


 信心深い者がもらうと言われる神の恩寵。

 呪いに相反する力だ。


「そして彼は私がふとつぶやいたエルフ語を完全に理解し、かつ流暢に話していた。彼曰く二ホンという故郷の言葉ってね。精霊に愛されエルフ語が話される故郷から来た少年。二ホンは遥か昔にエルフが作った国に違いないわ」


 エルフ語を話していた。という事実に俺は驚く。

 彼がエルフ語を話せるなんて知らなかったし、話せる素振りもなかった。

 てっきり共通語が故郷の言葉だと思っていた。


 彼女の言い分はとても納得する者だった。

 もし、俺がエルフ当人だった場合同じことを考えるだろう。


 しかし、彼女の理論には大きな矛盾があった。


 それは、精霊に愛される祝福を授かっているという部分だ。


 なぜならセカイには呪いがある。セカイは人に嫌われる呪いを持っている。これは間違いないことだ。

 呪いと祝福は両立しない。強力な力を持つ方がもう片方を打ち消すからだ。


 エルフはおそらくその呪いについて知らないのだろう。


 それに、俺が思うにセカイは精霊だけに好かれている訳じゃない。


 ハーフエルフや、俺、ビルキ、ニューソードのメンバー、それにこのエルフ自身に好かれている。


 俺は彼の人たらしは才能だと思っていた。しかし、精霊にまで好かれているのなら話が変わってくる。

 何かしらの力が働いていると考えるのが普通だ。


 万人から好かれているわけじゃない。分からないが法則性があるように感じる。ある特定の人に好かれ別の人には嫌われる。そんな法則性が。


 と思ったが俺は考えるのをやめた。


 あるわけがない。祝福と呪いを両立させるような都合の良い力はこの世には存在しない。やはり彼女の推測は的外れで、セカイはある特定の人物に嫌われる呪いを持っているが、本人はとんでもない人たらしで精霊をたらしこんだのだろう。いや、これも十分にあり得ない話だが。


 ともかく、エルフはセカイの全てを知っているわけではない。

 ならば、セカイの『他人を強くする力』についても知らないだろう。


 もし知った場合、更に執着する可能性もある。

 決して知られてはならない。

 

「セカイに必要なのは仲間って言ったそうね。それに関しては同意するわ。でもその仲間はあんたじゃない。ヒューマンのガキどもでも、ハーフエルフでもない。血の繋がりがある私達よ」


 エルフは話を続ける。しかし何も言い返せなかった。


「あんたはセカイの保護者に相応しくない。ただそれを言いたかったの」


 なぜなら、俺は彼女より弱いから。

 あの時、誰も救えなかったから・・・・・・・・・・


「それともう一つ。ニューソードへの加入は冒険者ギルドが仕組んだことよ。ヒューマンのガキ共がハーフエルフの傀儡となっていてもおかしくないわ。気を付けることね」


 エルフは席から立ちあがる。


「言いたいことは言ったし、あんたは何も話すつもりはないみたいだから、帰るわ」

「待て、まだナール殺害の容疑につい――「黙秘、以上よ」


 彼女は尋問室から出ようとする。

 咄嗟に肩を掴もうとするが、突如体に衝撃が走り後方の壁へと激突した。


「がはっ」


 俺は膝をつく。

 ダメージはない。

 しかし、彼女の攻撃に反応すらできなかった。


「あら、ごめんなさい。精霊が勝手に吹き飛ばしたみたい。

 セカイの保護者ならそれくらい避けれるかと思ったけど、弱いあんたには無理だったみたいね」


 彼女はまるでごみを見るかのように俺を見下す。


「安心しなさい。私はちゃんと彼を説得・・して保護するつもりよ。

 それまでに思い出を作っておくことね」


 エルフは尋問室から離れる。


「くそったれ!」


 俺は地面を殴ることしかできなかった。

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