#16 セカイのスキル③ [マイ・カンナヅキ]
窓から夕焼けの光が差し込む。
本来家族の団欒を楽しむためのリビングは、物が散らかり血で汚れていた。
「くそったれ……」
「はぁ……はぁ……」
クソ親父が悪態をつく。
その目の前で私は血を吐いて倒れていた。
両腕、両足、肋骨も何本か骨折しており、全く動くことができない。
私は半殺しにあっていた。
しかし、これには理由がある。
単純に私がクソ親父を殺そうと襲い掛かり反撃にあっただけだ。
クソ親父も足に怪我を負っているが、私と比べれば軽傷だ。
やっぱり私と彼では圧倒的な実力差がある。
「そこで野垂れ死んでおけ」
クソ親父は私から目を離し背を向ける。
この瞬間を私を待っていた。
私は魔力と気を融合させ、特別なオーラをつくりだす。
そしてそのオーラを体に纏わせ操ることで、強制的に体を動かした。
右腕をクソ親父の腹部に添える。
「なっ!」
彼も気づいたようだがもう遅い。
私は気と魔力を竜巻のように練り上げ彼に向って放出した。
クソ親父は血を吐きながら後方へと吹っ飛び壁にぶつかった。
私は最後の力を振り絞る。オーラを操ることで腰から霊薬を取り出し飲んだ。
体が回復していく。
「ぷはぁ、あー痛かった」
「お前……何をした……」
クソ親父は立ち上がろうと足や手に力を込めるが動かなかった。力が入らないようだ。
「魔力と気を融合したオーラ、魔闘気よ。
そしてさっきの発頸は魔力と気を乱す効果がある」
魔闘気で体を操る技術『マリオネット』に、魔力と気を波状放出することで相手の魔力や気を乱す『波導拳』
どちらもガイルの家にあった禁書で読んだものだ。
『波導拳』を受けると魔力や気を練りづらくなる。ガイルも初めて受けた時10分間何もできなかった。私はこの技でクソ親父を殺せると考えていた。
しかし、私とあいつでは圧倒的に実力差がある。
そのため、まず攻撃を当てること自体が難しい。
しかし、あいつが必ず油断する時があった。
私を半殺しにした後だ。
いつもあいつは私にとどめをささずそのまま放置する。
その時、動けなくなった私から必ず背を向け油断していた。
その瞬間に『マリオネット』で強制的に体を動かし、『波導拳』を叩きこむ作戦だった。
クソ親父も流石に禁書の内容は知らなかったようで、魔力も気も練れず倒れたままだ。
つまり10分間殴り放題。
「てことで今からお前が死ぬまで殴り続けるから。
実力差があるから時間がかかるかもしれないけど……安心して」
「や……やめ……」
私は倒れているクソ親父のマウントポジションに座る。
「楽しむから」
殴る。
ただひたすら顔面を殴りつける。
今までの憂さ晴らしに、満足するまで殴り続ける。
顔が腫れても、歯が抜けても、骨が砕けても、あいつが死んでも終わらない。
何度も何度も殴り続ける。
楽しい。
これは楽しいことなんだ。
楽しいなら笑わなきゃ。
「ははは」
私はクソ親父を10分も殴らなかった。
あいつはあっさりと死んだ。
たった5分ほどで呻き声が聞こえなくなった。
気や魔力をうまく練れず防御も満足にできなかったのだろう。
死体を殴っていると、興奮も治っていく。
因縁の相手を殺したという達成感が心地良かった。
私は死体の腰にかかっていた短刀を引き取る。
魔力を纏わせて死体の首をはねた。
私はクソ親父だったものの髪を掴み持ち上げる。
エルフの美麗な顔は腫れ歪み醜くなっていた。
「あは」
やった!ついにやった!
これで私と母さんは自由だ!
私はスキップで母さんのもとへと向かう。
これからのことを考えながら。
母さんと森を抜けて街で暮らそう。
冒険者になってたくさん魔物を殺して、母さんに褒められて。母さんと一緒に抱き合いながら眠ろう。
そして...そして...
母さんの部屋の前に到着する。私は魔法で身だしなみを整え、ノックをしようとしたが、ある考えを思いついた。
そうだ!どうせなら母さんを驚かせよう!
サプライズだ。
私は母さんの部屋に入る前に、あいつの頭を後ろ手に持ち背中で隠す。
そしてノックをし扉を開けた。
母さんは椅子に座っていたが、私を見ると立ち上がる。
「……さっきからすごい音がしてたけど、またブヨウさんと喧嘩したの?
怪我はなさそうだけど……」
母さんの部屋まで聞こえていたようだ。
防音の魔法を張っていたが途中で解除されていたみたいだ。
おそらく、クソ親父から半殺しにあったときだろう。
彼女は私の方へと歩いてくる。
いけない。このままじゃばれてしまう。
「ちょっとそこで待って。母さんに見せたいものがあるの!」
「え……なに?」
彼女が立ち止まる。
「見てみて!じゃーん!」
私は後ろ手で持っていた、クソ親父の頭を前に持ってきて母さんに見せる。彼女は目を大きく見開き驚いている。
「あ…ああ……」
彼女は咄嗟に口をおさえるが声が少し漏れている。
「ね、褒めて!私、母さんのためにクソ親父を殺したよ!だから褒めて!」
母さんは震えていた。そしてゆっくりと私に近づいてくる。
「もう誰も母さんを縛る奴はいない!自由になったんだよ!」
彼女は私の目の前で立ち止まり震えている手をゆっくり上げる。きっと感動しているのだろう。そして私の頭を撫でてくれるんだ。
私は目を閉じて撫でられるのを待つ。
しかし一向に触られることはなかった。
目を開けると、母さんは両手でクソ親父の頬を触っていた。彼女の声は大きくなり悲鳴のようになる。
「ああああああああああ!」
「母さん!?何してるの」
「嫌ぁああああああああ!!!!!」
クソ親父だったものの頭が奪い取られる。彼女は大事そうに抱きかかえ涙を流していた。
なんで?
「嘘、嘘よ。死ぬわけがないわ!」
「母さん、落ち着いて。クソ親父は死んだの。もう演技をする必要はないんだよ」
母さんが私をはねのけ部屋を出て家の中を歩き回る。
「ブヨウさん!どこ!どこにいるの!」
「母さん。どうしちゃったの。だからクソ親父は死んだんだって!」
私は母さんを追いかける。
そして彼女はリビングの扉を開いた。
「きゃぁぁあああああああああああああ!!!!!」
母さんは叫び声をあげ死体に抱き着く。
やめて、母さん。汚いよ。
クソ親父はもういないのに。
なんでそんな反応するの?
どうして私を褒めてくれないの?
あ、そっか!あれがあるからか。
「母さん。こっちを向いて」
私は膝をつき死体に倒れこみ泣き続ける母さんを抱き上げる。
そして、母さんの首に着いていた奴隷の首輪を引きちぎった。
勿論彼女が怪我をしないよう繊細にだ。
「これで操られてたんだよね!もう安心していいよ」
母さんが私の顔を見る。
笑っていない。睨みつけるように私を見ていた。
「返せ!ブヨウさんを返せ!」
「母さん!?」
「あなたはいつもそう!どうして私の邪魔をするの!」
母さんから怒られるなんて初めての出来事だった。
私は動揺して必死に否定する。
「違う、違うの」
「あなたはブヨウさんを嫉妬させるためだけの存在でしょ?あなた自身に価値なんてないのよ!」
母さんは捲し立てるように話す。まるで心の内に思っていることをそのままぶつけるように。
「な、なんで」
「そうやっていつも私とブヨウさんの邪魔をして本当にうざかったわ!
それでも、お前に構うと彼は嫉妬してその夜私を激しく愛してくれた。あなたはそのためだけに存在していたはずでしょ。お前の役目はただ彼を嫉妬させることだけでしょ。
なのに、どうしてブヨウさんを殺したの!なんで笑っていられるの!」
「違う。私は母さんのためを思って」
「こんなの私は望んでいない!
私はブヨウさんさえいれば良かった!」
嘘だよね。
「嘘じゃない。いっつも思っていたわ。
それまでいつも私を愛してくれた彼は、お前が生まれてから変わってしまった。
お前ばっかり構って私への愛が減ってしまった」
嘘よ。
「すべてお前のせいだ。
お前のせいで私は不幸になった!
お前なんて――――」
やめて、それ以上は言わないで。
「生まなければ良かった」
私はその言葉を聞かなかった。
怖くて家から出ていき全速力で森の中を走っていった。
息が苦しい。
吐き気がする。
どこでもいい。
ここではないどこかに行きたい。
いつの間にか、私は森のふもとにあるガイルの家にまでやってきていた。
何も考えていない。何も考えられない。
ただ、誰かに助けを求めたかったんだと思う。
それで一番最初に思いついたのが彼だった。
しかし、どう声をかければいいか分からずその場で立ち尽くす。
すると、すぐに彼が出てきた。
「感知に誰か引っかかったと思ったらお前かよ。何の用だ?」
いつもの彼だった。
私はその場で泣き出す。
嗚咽を漏らしながらなんとか彼に事情を話す。
「あ、あのね。母さんが……私が価値がないって……私はうざかったんだって……」
「な、なんだよ。いきなり泣き出して。母親と喧嘩したのか」
「ち、違うの。喧嘩じゃなくて……父さんを殺しちゃったの……
けど、それは母さんのためで……でも母さんはそれを望んでいなくて……」
「ちょっと待て。父親を殺したのか?」
「う……うん。どうしよう。母さんが……それで悲しんでて……」
「本当に殺せたのか?」
「首を切り離したから……たぶん」
「詳しく教えてくれ。とりあえず中に入って落ち着こう。ゆっくり深呼吸しろ」
私はガイルに連れられて家の中に入る。
向かい合わせに座り深呼吸をして多少落ち着いた後、何が起こったか事情を話した。
ガイルは冷静に私の言葉から何が起こったか分析する。
「なるほど、分かってきた。
マイは父親をうちの禁書の技で殺した。母親のためにしたことだったけど、母親はそれを望んでおらず口論になった。ってことだな」
「うん。ねぇ、父さんを蘇生できない?
ガイルなら蘇生術を使えるでしょ」
「本で読んだけど使ったことはないな。
ただでさえ蘇生術はまだ分からないことが多い。見てみないと何とも……
それよりも、このことを誰かに話したか?」
「誰にも話してない。急いでここに来たから……」
「なら、絶対に誰にも言うなよ。特に師匠には」
「うん……」
ガイルは椅子から立つ。
「とりあえず家にまで案内してくれ。
蘇生できるにせよできないにせよ、死体をそのままにするのはよくない。
魔獣が死体の匂いを嗅ぎつけて寄ってきたら、マイのお母さんが危なくなる」
「……でも、父さんが家の場所は他人に教えるなって……」
「何言ってんだ。もうその父親はいないんだろ」
「でも……」
もしかしたら蘇生術で生き返るかもしれない。
私の薄い希望をガイルは感じ取ったのか忠告する。
「マイ、始めに行っておく。蘇生術には期待するな。
蘇生術は原理が分かっていない。優秀な神官でも成功率は7割くらいだ。
それを、経験のない俺がしても失敗する可能性の方が高いだろう」
「でも……どうしよう。母さんになんて言おう」
「謝るしかないだろ。聞く感じ旦那さんに洗脳されてたんだろ?
時間はかかるかもしれないけどそれを自覚させて説得するしかない」
ガイルが手を伸ばす。
私はその手を取り立ち上がった。
「分かった。案内するね」
ガイルを連れて自宅へと帰っていく。
そして父さんの死体と彼女がいるリビングへと連れて行った。
「え……」
しかし、そこには何もなかった。
死体も彼女も。
ただ、私が暴れた跡があるため、私が父さんを襲った事実は間違いない。
「でも、どこに?」
「血の跡がある。何かを引きずっているような跡だし、マイのお母さんが死体を移動させたのかも」
ガイルが血の跡を追う。
私は彼についていく。
血の跡はとある部屋にまで続いていた。
あの部屋は父さんと母さんの寝室だ。
「マイは離れてろ」
私は言われた通りガイルから離れる。
ガイルは恐る恐る扉をを開いた。
「うっ」
ガイルは目を細め険しい顔をした。
そして、顔を背け廊下に嘔吐する。
私はガイルが心配になり近づいた。
「ガイル、大丈夫?」
ガイルを見る時、部屋の様子が目に入る。
まず目に入ったのは父さんの死体だ。
なぜか父さんの死体は裸にされていた。
そして、死体から上を見上げ私は
「マイ、見るなっ!」
ガイルが叫んでいる。
しかしまるで水の中にいるようで聞こえずらい。
なんで?
かあさん?
なんでくびわをつけてるの
わたしがちゃんとこわしたはずなのに。
ねぇどうして?
かあさん、どうしてぶらさがってるの?
あぶないよ。そんなところにいちゃ。
あやまるからおりてきてよ。
ごめんなさい。
とうさんをころしてごめんなさい。
かあさんをかなしませてごめんなさい。
うまれてきてごめんなさい。
この日、私は一人になった。否、生まれてきてからずっと一人だった。15歳、夏の出来事だった。
――――――――――
【ステータス】
名前:ブヨウ・カンナヅキ
種族:エルフ
レベル:49
娘への感情:不快
備考:十二英傑カンナヅキ家の落ちこぼれ。約150年前に家出をして旅に出た。その5年後運命の出会いを果たす。マイの名付け親。
名前:リアシー
種族:ヒューマン
レベル:10
娘への感情:なし
備考:ごく普通の村娘。100年以上前にブヨウに拉致され監禁される。
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