#16 セカイのスキル② [セカイ]


「黙れ」


 言うつもりはなかった。

 

 中学では他人と争うことを避けていたし、嫌がらせにあっても怒ることはない。

 イラっと思うことはあっても、明日には忘れているだろうとどこか他人事のように考えていた。

 だから自分はあまり怒りを覚えない人だと思い込んでいた。


 しかし、違う。


 俺は悪意を知らなかっただけだ。

 今まで運が良いことに、邪悪な存在が俺の周りにいなかっただけだったんだ。


 理不尽で純粋な悪意がこんなに不愉快だなんて知らなかった。


 初めての経験で感情の制御ができなかった。


「貴方、今、誰になんて言ったの?」


 エルフが聞き返す。

 訂正しなければいけない。


 皆が我慢しているんだ。

 当事者の俺が余計なことを言ったら話はさらにややこしくなる。ここは冷静に返事をしないと。


「俺がお前に黙れと言ったんだ」


 駄目だ。

 感情を制御できない。


「あんた、何を言ってるのか分かってるの。私はエルフよ」

「お前こそ何様のつもりだ」


 落ち着け。冷静になれ、俺。


「エルフだかハーフエルフだか知らないが、マイさんを侮辱していい奴なんて一人もいない」


 冷静に。


「マイさんだけじゃない。俺の大切な友達を馬鹿にしたことを撤回しろ」


 冷静に……


「よくそんな言葉を人にかけられるよ。俺は思いもつかなかった。そんな言葉を言うくらいなら俺は獣の方がいいね」


 冷静に――なれるわけがない。


「マイさんに謝れ」


 俺は意を決して彼女を睨みつける。

 エルフははっと笑い睨み返す。


「あんたには難しかったかしら、エルフとハーフエルフの関係性は。ガキは黙ってなさい」


 もういい。言いたいことを全部言ってやる。


「いいや、黙らないね。エルフだとかハーフエルフだとか関係ない。俺はマイさんが好きだ。ウルフもシルドアウトもフレデリカも好きだ。自分の好きな人を馬鹿にされて黙っていられるわけがない」


 彼女の顔がより険しくなる。


「そうやって感情で行動するところがガキなのよ。弱いあんた達が私にたてついてどうなるかも想像つかないの」

「さっきまでハーフエルフだからって嫌ってた人がよく言うよ」


 彼女が舌打ちをする。


「私は精霊から事情を聞いていたのよ。さっきも言ったけど、あの女はあんたを苦しませていたの」

「嘘だね。精霊さんがそんなことを言うはずがない」


 これだけは明らかだ。

 彼女が俺を嫌っているはずがないし、ニューソードの皆に苦しさなんて感じたことはない。


「はぁ?」

「彼女が俺を苦しめようとするはずがない。いつも俺を助けてくれた。ニューソードのパーティだって、苦しいなんて思ったことはない。彼らは新人でまだ弱い俺の話を聞いてくれた。俺をタンクとして信頼してくれた最高の仲間だ。マイさんはそんなパーティと出会わせてくれたんだ」


「まだ分からないの?悪意が無くともあんたを害する気はあるかもしれないでしょ」


 言っている意味が分からなかった。

 悪意がないのに害するなんて矛盾している。


「悪意はないのに俺を害するなんてあるわけないだろ。傲慢なエルフには分からないかもしれないけどな」


 彼女の顔がより険しくなった。


「あんた、いい加減にしなさいよ」

「いい加減にしてるのはお前だろ」

「精霊を8人連れているからって、雑魚は何人集まっても雑魚よ。私はあなたの精霊より強い精霊を5人もつれているの。あなたも精霊もすぐに制圧することができるわ」

「気に食わないと思ったら暴力をちらつかせるのか。エルフは野蛮だね」


 エルフは俺の服の襟を引っ張り上げる。


「その生意気な口をふさぎなさい」


 もう知るか。


 言いたいことをそのまま言ったら怒りは収まると思っていた。

 でも言えば言うほど怒りが湧き出て、状況は悪化していく。


「いやだね。だいたい精霊さんをまるで自分のステータスみたいに言うなんて――……」


 エルフも俺も引っ込みがつかなくなっていた時、予想外のことが起き俺は黙る。

 目の前の光景に驚いて何も言えなかった。


 彼女も俺が驚いた顔をしたことに気づき、怪訝な顔をする。


「……なによ、いきなり黙って。」

「……見えていないのか?」

「……なにが?」


 彼女は見えていないようだった。


 俺の目の前に突如出現した半透明の板を・・・・・・


――――――――――


 名前:ヤヨイ・キサラギ

 種族:エルフ

 レベル:99

 備考:十二英傑キサラギ家とヤヨイ家が結ばれてできた子。5人の精霊を使役している天才。


――――――――――


 なんだ、これは。

 もしかして……


「名前はなんていう」

「は?いきなりなによ」

「いや、その……なんとなく気になって」

「……ヤヨイ・キサラギよ」


 彼女の名前……


「さっきからあんたどこを見てるの?」


 彼女は目の焦点が合っていないことに気づき、俺が見つめている空中に手をかざす

 しかし、彼女の手は透明な板を貫通した。


 彼女は触れられず、見えない。

 俺だけが見える。


 俺も手をかざし触ろうとした。

 しかし、同じく手は板を貫通し触れることはできない。


 反応的に彼女の仕業ではなさそうだ。


 何が起こっているんだ?

 誰かが俺にこれを見せているのか?


 なぜこのタイミングで?


「まぁ、いいわ。着いてこないなら強制的に連れていくまでよ。

 エルフである私に盾突く腐った性根を私が教育してあげる」


 キサラギは掴んだ俺の襟をさらに引っ張り、体が持っていかれる。

 思わず転びそうになった時、誰かが間に入り体を支えてくれた。


 顔を上げると見知った顔だった。


「カインさん!」

「大丈夫か?どこも怪我はしていないか?」

「うん」


 カインさんは上から下まで体をくまなく見ると、服を引っ張るキサラギの手を掴む。


「ヤヨイ・キサラギだな」

「誰よあんた」

「ナール殺害の容疑がかかっている。署までご同行願おう」


 俺は衝撃を受けた。

 ナールさんが殺された?


 このエルフによって?


「は?誰よそれ」

「お前が魔法の矢で殺した相手だ。知らないとは言わせないぞ。

 あんな芸当ができるのは、今この街でお前だけなんだからな」


 キサラギは黙る。

 そして少し笑い答える。


「それって任意でしょ。もしそうじゃなくても、この街のヒューマンが私を連れていく強制力があるとでも?」

「……」


 今度はカインさんが押し黙る。

 キサラギは横目で空中を見た。

 正確にはそこにいる精霊を見たのだろう。


「いいわ、行ってあげる。その代わりあんたが私を尋問しなさい」

「もちろんだ」


 カインさんは俺の方を見る。そして厳しい声で言った。


「セカイは今日は家に帰っていろ。後で話がある」


 キサラギは俺の服の襟から手を放す。

 彼女とカインさんが歩いていく光景を黙ってみる。


 正確には彼女たちの情報・・を。


 ずっと考えていた。

 なぜあのタイミングで半透明の板が出現したのかを。


 あの時俺はこう言おうとしていたはずだ。『だいたい精霊をまるで自分のステータスみたいに言うなんて』


『ステータス』


 まさしく。今俺が見ている半透明の板に書かれているものだ。

 名前、種族、レベル、備考にはその人のあまり知られていない情報が書かれている。


 まるでゲームのステータスみたいに。


 試しに心でステータスと唱える。

 すると目に入るすべての人の近くに半透明の板が出現した。


 精霊の真実、エルフの悪意、ナールさんの死そしてステータスという新たな力。


 思考停止するには十分な情報量だった。

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