#15 エルフの傲慢① [ヤヨイ]
精霊の森を抜けると一面の平原が広がっていた。
この景色を見るのも久しぶりだ。
5年前、この森に来た時以来だろうか。
「ウィン、それで始まりの街はどっち?」
『こっちだよ、着いてきて』
風の精霊であるウィンはそう言うと、目的地の方向へ飛んでいく。
私もトームの力を借りて空中を駆けていく。
「ウィン、遅いわよ。中途半端な速さだと鍛錬にならないからもっと速く飛びなさい」
『……君に遠慮なんていらなかったね。分かった全速力で飛ぶ』
ウィンの速さが倍以上になる。
うん。これくらいがちょうどいい。
私は移動しながら件の少年について考えていた。
ウィンが言うヒューマンの少年はいったい何者なんだろう。
風の精霊ウィンが言うには健気な子。
火の精霊イアが言うには根性があるやつ。
光の精霊ライが言うにはほっとけない子。
闇の精霊ダークンが言うには手間のかかるやつ。
土の精霊イルがいうには可愛い子供。
歌の精霊ソンソンが言うには逸材。
彼らだけではなく、水の精霊と癒しの精霊が今もその少年に憑いているらしい。
精霊に好かれたヒューマンは珍しいがいる。
しかし、それでも大抵一人の精霊に好かれることが多い。
その精霊個人に好かれているのがほとんどだ。
しかし、多くの精霊に好かれるヒューマンなんて聞いたことがない。
当然だが精霊は一人一人に人格がある。
つまり、単純に話すことも聞くこともできない人から好かれる必要がある。それも8人にもだ。
エルフや魔族は精霊の声が聞こえる。しかしプライドが高いため、弱い彼らをどうしても見下す傾向がある。
そりが合わない精霊は多い。
エルフにとって精霊は良き友人ではあるが、契約するときは決して対等ではない。
エルフは精霊を使役する側、精霊はエルフに奉仕する側だ。
その契約を嫌っている精霊は多いしその気持ちも十分理解している。
そのため、契約していない精霊とはできるだけ対等に話すようにしている。
エルフと精霊は仲は良いがどこか距離がある存在だ。
一方、魔族とはもっと仲が悪いらしい。
つまり精霊に好かれること自体とても難しいのだ。
そんななか、声すら聞こえないヒューマンが8人の精霊に好かれるなんて本来ありえないことだ。
だから、私は興味を持った。
もしかしたら、精霊神から祝福を授かっているのかもしれない。
それか単純にとんでもない人たらしかだ。
そんなことを考えながら走っているとウィンが止まった。
目的地の近くに着いたようだ。
「で、始まりの街についたけど何をしてほしいの?」
私は始まりの街から2㎞ほど離れた空中で静止しながら街の様子を眺めていた。
『彼を保護してほしい。街の周辺にはいなかったから街に入っているはずだ。
そして、もう一つ。彼を殴った愚かなヒューマンがいる。そいつを殺してくれ』
ヒューマンを保護するのは面倒だが、殺すことは簡単だ。
私は魔法で弓を取り出し、街の様子をじっくりと観察する。
「分かったわ。腕がなまってないか試したかったのよね」
私はウィンからその愚かなヒューマンの特徴を聞く。
衛兵という情報から訓練所の中を精霊に探ってもらうとすぐに見つけることができた。
医務室で眠っている衛兵を精霊に起こさせる。
そして、訓練所の門に誘導させる。
私は門に照準を向け弓を構える。
「【トーム、風の矢】」
私は使役している精霊に風の矢を作らせる。
しかし、これでは彼を殺すには不十分だ
「【旋風、圧縮】」
風の矢の威力が増す。まるで竜巻のように周囲に風が吹き荒れるが、すぐさま圧縮させた。
風は収まるが実際は矢じりの部分に圧縮されている。
「【さらに圧縮。細く短く】」
矢をさらに圧縮し細く短くする。
矢じりはさらに小さく1㎝もない。
あとは、待つだけだ。
対象の男が訓練所から出てきた―――今。
私は手を放した。
矢は回転しさらに細く鋭くなっていく。
矢の長さも短くなっていった。
そして一分の狂いなく対象の耳の奥へと吸い込まれていく。
耳の中を傷一つつけることなく鼓膜を破り脳へと達した。
この時点で死は確定した。
あとは死にざまを彩るだけだ。
「【解放、竜巻】」
圧縮していた矢じりを開放する。
すると対象の頭の中で竜巻が起こった。
頭の中はぐちゃぐちゃ。脳だけではなく頭蓋骨も砕かれドロッとした水のようになっているはずだ。
脳シェイクの出来上がり。
この調整が意外と難しい。
強すぎると頭が破裂するし、弱すぎると頭蓋骨が砕かれないからだ。
腕はなまってなさそうだ。
愚かなヒューマンの男は顔にあるすべての穴から血を大量に流し倒れる。
即死だろう。
「ウィン、これですっきりした?」
『すっきりはしないよ。彼が受けた苦痛にしたらあまりにも一瞬だ』
「それなら苦しませて殺した方が良かった?」
『いや、いいよ。あの男に時間を使う方が嫌だ。それより彼を保護しよう。ボクは探してくるから街の中に入っといて』
「分かったわ」
ウィンは街の方へと飛んでいく。
私は地面におり道を歩いて行った。
街に入るための門が見えると衛兵が二人立っていた。
衛兵は私が見えると槍を構える。
本当にヒューマンは無礼で嫌いだ。
魔力も碌に見れないから力量差もわからないなんて。
ウィンが言う少年は礼儀正しい子ならいいんだけど。
門に着くと衛兵が叫んできた。
「な、何者だ!」
「頭が高いわよ、ヒューマン。そこを通しなさい」
衛兵の視線が私の耳にいく。
ようやく私がエルフだと気づいたようだ。
ヒューマンはすぐに膝をつき首を垂れた。
「エ、エルフの方でしたか。申し訳ございません。こんな辺鄙な街にどのような御用でしょうか」
「人探しよ。そうね、2か月前くらいに来た黒髪黒目の少年を知らない?」
「申し訳ございません。存じ上げておりません」
「そ、じゃあいいわ。通るわよ」
街に入ると多くのヒューマンから視線を向けられる。
好奇のまなざしから畏怖のまなざしまで様々だ。
時刻は夕方だ。
今日はとりあえず宿屋で休むことにしようと思い、ひとまず資金を得るため冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに入り受付嬢に話をする。
「魔獣の素材買取をしてもらえる」
そう言って魔法で今まで狩って手に入れた魔獣の素材の一部をだした。
受付嬢は驚いた顔で素材を確認している。
「申し訳ございません。これほど高価な素材ですと私では正確な査定をすることができません」
「誰ならできるの」
「ギルドマスターなら可能だと思いますが只今外出中でして……」
「はぁ……しょうがないわね」
「応接室にてお待ちいただけますでしょうか」
応接室に案内され、だされた紅茶でも飲みながら待っていると、ノックの音がし冴えない中年の男が入ってきた。
「お待たせさせてしまい申し訳ございません。
私は始まりの街の冒険者ギルドでギルドマスターをさせていただいておりますガイルと申します。
この度は魔獣の素材――「そういうのいいからさっさと見てもらえる?」
ヒューマンの男は低姿勢な態度で謝罪をしながら、机の上に置いていた魔獣の素材を観察する。
この男、かなりできる。
少なくとも一般的なエルフよりは強いだろう。
弱そうなふりをしているが身のこなしや魔力量が隠しきれていない。
査定が終わり十分な資金を手に入れる。ここには用がないため去ろうとしたが、その前に念のために聞いてみることにした。
「そういえば、2か月前くらいに来た黒髪黒目の少年を知らない?」
「さぁ。始まりの街は広くそのような少年はたくさんいますので……」
これはもしかして。
「なら、精霊を連れた黒髪黒目の少年は?」
「精霊?申し訳ございません。私はヒューマンなので精霊を見ることはできません」
「謙遜しなくて結構よ。それだけ魔力を持っていながら精霊を見れないはずがないわ」
「分かりかねます」
ビンゴだ。
この男は何かを知ってる。
別にこの男に聞きださなくても冒険者ギルドで張りこめば何かは分かるだろう。
「そ、ならいいわ」
私は金を手にし席を立つ。
すると、ギルドマスターが口を開いた。
「黒髪黒目はエルフや精霊に何か縁のあるものなのでしょうか?」
「は?別にそんなことないけど」
私はそう言って部屋から出る。
私がこの街の最高級の宿屋に向かっていると、ウィンがやってきた。
『少年が見つかった』
「そう、私も情報を仕入れたわよ。冒険者に関係してそうだわ」
『ああ。着いていた二人の精霊から事情を軽く聞いたよ。冒険者をしているらしい』
「ま、もうすぐ夜だし保護するのは明日にするわね。私は宿屋で休むわ」
『ヤヨイに従うよ。ボクは保護をお願いする側だし、彼もひとまず無事そうだったからね』
宿屋で休んだ翌日、私は冒険者ギルドの前で少年を待つ。
寝ている間に、私に着いてきていた多くの精霊がいなくなっていた。
ウィンに聞くと先に彼の元へと向かったらしい。
ウィンも私のそばにいたがずっとそわそわしていた。
『あ、彼がそうだよ』
ウィンはそう言うとある方向へと飛んでいく。
私はウィンを視線に追いながら、ついに黒髪黒目のその少年を
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