#10 D級冒険者の実力① [セカイ]
北の門から歩いて10分。
テントと露店が建てられており、少なくない数の冒険者と商人が賑わいを見せていた。
そして、その中心にあるのは窓一つない石煉瓦でできた建物。
分厚い鉄扉の脇には衛兵が二人立っており、この建物の異質さをより際立たせている。
ここはダンジョンの入り口だ。
俺は入り口から少し離れた所で、ニューソードのパーティメンバーを待っていた。
俺が彼らのパーティに所属してから1週間がたった。
つまり、ダンジョンで魔獣の討伐を始めてから1週間たったことになる。
間に休憩日もあったため、毎日ダンジョンに潜っているわけではないが、ようやく緊張もほぐれてきた。
ここ一週間はダンジョンに入ったら常に緊張していた。
魔獣と戦うのはダンジョンが初めてだ。
当然、どんな風に襲ってくるのか全く分からない。
そんな正体の分からない敵と命のやり取りをし、俺はかなり神経をすり減らした。
戦う訓練はカインさんやビルキさん、衛兵の人たちと何度もしていた。
しかし、彼らは俺を殺す気はなかったし、俺もまた彼らを殺す気はなかった。
実戦と訓練は違うことを思い知らされた。
そして、生物を殺すということに俺は慣れていなかった。
ダンジョンにはゴブリンと言う魔獣がいる。
130㎝程度の小柄な人型の魔獣だ。
緑色の肌をしており髪や体毛はない。鼻は高く眼が小さい醜悪な顔をしている。細い腕で力は弱く、お腹がすこし出ていた。
二足歩行はするが知能は低く、叫び声を上げるだけで言葉は一切話さない。
全く人間のように見えない。
まさしく魔獣だった。
しかし、初めてゴブリンと戦った時、俺は殺すことを躊躇った。
ゴブリンから襲い掛かってきたため、同情はしていない。正当防衛のため殺す理由もある。
しかし、ただ生物を殺すということに、心が拒絶反応を起こしたのだ。
その後、俺はシルドアウトによって槍を押されゴブリンの命を奪った。
悲しくも嬉しくもない。恐怖も興奮もない。快も不快もなかった。
あったのは焦燥感と責任感。
一つの命を奪ったという事実が俺の心に重くのしかかった。
俺はこの一週間で何度も魔獣を殺した。
今も魔獣を殺すことは慣れていない。
しかし、生き物を殺す覚悟はついてきた。
俺は遠くを見ていると、ニューソードの3人がこっちに向かって歩いてきているのが見えた。
ウルフが俺に気づいた。
「お、セカイは今日も早いな」
「おはよう、リーダー。シルドアウトやフレデリカもおはよう」
「ああ。おはよう!」
「おはよー。またせてごめんね。ウルフが全く来なくて起しに行ってたの」
3人は俺と違うところで待ち合わせをしていたようだ。
俺だけが現地集合だった。
……いや、でもこれは俺がはぶられているのではなくて、彼らが特別仲良しなのだ。
彼らは幼馴染らしく家も近所で、子供のころから冒険者になる約束をしていたらしい。
そんな仲に、急に同い年の後輩が入ってきたら、そりゃあ扱いに困るだろう。
だから、これくらいの距離が今の俺たちにとって適切な距離だ。
ダンジョン攻略後の打ち上げにも呼ばれてないけど、決してはぶられてるわけじゃない。
……そう思いたい。
「じゃあ全員揃ったし早速行くか!」
「うん。でもその前に一つ確認していい?」
「なんだ?」
「今日は11階層から攻略するんだよね」
「ああ、そうだ。楽しみだな!」
ウルフはにかっと笑った。
「ありがとう。一応確認しときたかっだけ」
そう。今日攻略するのは11階層。
D級以上の冒険者パーティが推奨されている階層だ。
というのもD級から増える依頼には、11階層以降しか出ない魔獣の素材回収があるからだ。
ニューソードも、D級用の依頼を初めて受ける。
ここ一週間は俺がダンジョンに慣れるため、1~10階層までの依頼しか受けていなかった。
つまり、俺も彼等も初めての階層、初めての魔獣だ。
俺達は衛兵に冒険者証を見せダンジョンの中に入った。
入ると目に付くのは、部屋の中心にある巨大な魔石と奥にある階段だ。
階段は1階層に続いているが、今回用事があるのは巨大な魔石の方だ。
この魔石には転移の魔法が付与されていて、魔石に向かって宣言することでダンジョンの11階層、21階層の入り口に転移することができる。同様の魔石が各階層にあり1階層にも戻ることができるようになっている。
この場にいる全員が初めて使う。
俺たちはそれぞれ魔石に触れ、せーので声をそろえて宣言した。
「「「「【
次の瞬間、体の中で何かが駆け巡る感覚がした。
ダンジョンの風景は特に変わっていない。
しかし、魔石の形が先ほどまでと違い、周りにいた冒険者がいなくなっている。
無事、11階層に転移されたようだった。
「よし、みんないるな。フレデリカ、いつもの頼む」
「オッケー!【光よ、周囲を照らせ。
フレデリカが魔法を詠唱すると頭上に光の玉が現れる。
ダンジョンは、なぜか火が消えない松明が壁にかけられているため明るい方だが、見やすくするためいつも彼女が魔法で周囲を照らしている。
「よし!じゃあ予定通り俺とシルドアウトが先頭で、フレデリカとセカイは後ろだ。
セカイは自分の身を守ることだけ考えろよ。フレデリカはこう見えてオーク並みに力があるからな。
近接戦闘はセカイより強いぞ」
「誰がオークよ!」
フレデリカがウルフの耳を引っ張る。
「いてて!でもフレデリカの母ちゃんから聞いたぞ。体重計にのって悲鳴をあげて――「あーあー!新人の前で何を言ってるのよ!」
「はいはい、お前ら。そろそろ行くぞ。
セカイも分かったな。お前はまだEE級だ。俺達を守るなんて思いあがるなよ」
「うん。最低限、自分の身は自分で守るよ」
いつもの光景だ。
すこし緊張がほぐれた気がする
と言っても緊張しているのは俺だけのようだが。
俺たちは11階層の攻略を始める。
俺は歩きながら周囲を警戒する。
そして、合間を見ながらメモ帳をだし、歩いてきた道から地図を書いていた。
一方、彼らはというと……
「11階層の魔獣は手応えがあるといいな!」
「ほんとウルフってバトルジャンキーよね。戦いしか頭にないの?」
「この前、余ったソーセージを誰が食うか戦って決めようと言い出した時は肝が冷えたぞ」
「だからあの時は違うって――」
――楽しく談笑していた。
いや、分からない。
D級にもなれば談笑しながら警戒するなんて簡単なのかもしれない。
しかし、この一週間の彼らの行動をみてそうとは思えなかった。
彼らは周囲を警戒しない。
持ち物も武器と水とポーションを一本ずつ。あとは帰還用の魔石だけ。
出てくる魔獣についても調べないし、地図も一切書いていなかった。
今も、いつの間にかフレデリカがウルフとシルドアウトの間に入って歩いているため、俺だけが彼らの後ろを歩くようになっている。
最初に指示した並びじゃなくなっていた。
俺は他の冒険者について詳しくない。
しかし、流石に分かる。
彼らはダンジョンをなめている。なめくさっている。
それでも彼らがD級になれた理由があった。
それは――
と思ったところで前から魔獣が歩いてきているのが見えた。
俺はメモ帳をポーチに入れ槍を両手で持つ。
「おい、集中しろ。魔獣だ」
「本当だ。それじゃあいっちょ戦うかー」
シルドアウトが遅れて彼らに魔獣の存在を知らせた。
ウルフの反応的にやっぱり警戒はしていなかったようだ。
フレデリカは後ろに下がり元の配置となる。
俺は魔獣を見る。
豚のような顔。太った体。身長は俺達と同じくらいある。
先ほど少し名前が出ていたオークだ。
オークは9階層から出ていたため、初めての魔獣ではない。
俺も戦ったことがあるが、1体でも十分強かった。
それが4体。そのうち2体は素手で2体は古びた剣を持っている。
オークは俺達を見つけると叫び声を上げて走りだした。
一方、ウルフは呑気に屈伸をした後手首と足首を回していた。
「よし!」
次の瞬間、ウルフはオークたちに向かって駆け出した。
否、それは跳ぶといった方が正しい。
前方に向かって跳ぶことでたった2歩で5m以上あった距離をつめる。
そして素手のオークの腹に一瞬で拳を3発叩き込んだ。
オークは呻き倒れこみそうになるが、ウルフはさらに距離をつめ強烈な右ストレートをオークの顔にくらわした。
オークは後ろに大きく吹き飛ぶ。
しかし、ウルフの後ろで一体のオークが剣を振りかぶっていた。
「リーダー、危ない!」
俺は咄嗟に声をあげた。
「分かってる……よっ!」
ウルフは回転しながら剣に向かって蹴りをした。剣は足甲にはじかれると同時に、オークの体勢もよろめく。
彼はさらにもう一回転しながら跳ぶ。そして強烈な後ろ蹴りを剣を持つオークの顔に叩き込んだ。
文字通りオークの顔がとんだ。
ウルフは着地するとその場で構える。
「これが我流風蹴拳。回転後方蹴撃だ!!!」
「誰に向かって言ってんだ」
追いついたシルドアウトがつっこみを入れる。
シルドアウトに向かって残ったオークが襲い掛かった。
素手のオークは彼を殴ろうとするが、彼は少し後ずさり体を横に向けることで避ける。
そして手にもつロングソードで素手のオークの首を斬りつけ、その後もう一体のオークに向かって突きを放つ。
残ったオークは何をすることもなく、首に剣が突き刺さり絶命した。
「もう!二人だけでずるいよ。私の出番なかったじゃん」
「ははは。ならフレデリカも前で戦うことだな」
「本当に出てやろうかな」
ウルフは近接戦闘職。シルドアウトも盾を持っているが同様に戦闘職だ。
フレデリカは一応、補助魔法は覚えているらしいがダンジョンでは基本かけないらしい。
つまり、遠距離での戦闘職だ。
ニューソードは全員アタッカーの構成になっている。
戦い方もさっきみたいに、正面からのごり押しだ。
ゲームとかならバランスが悪く感じる構成だ。
回復職が欲しくなるが、彼らはパーティメンバーを増やす気はないらしい。
しかし、それでもどうにかしてしまう膂力が彼等にはある。
これが彼らがD級になれた理由。
至って単純だ。
強いから。
俺が苦戦する相手も難なく倒していた。
俺とは体のスペックが違う。
10階層までの魔獣は敵じゃない。
これだけ楽勝ならあれだけ何も用意していないのも頷ける。
彼らにとってダンジョンは、俺にとっての訓練所のようなものなのだろう。
命の危険がない場所なんだ。
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