#5 受付嬢のセンサー② [マイ]


 暇だ。


 冒険者ギルドの受付嬢になり早10年。

 念願のスローライフを手に入れた私は退屈していた。


 来る日も来る日も事務、対応、書類整理。

 同じことの繰り返しだ。


 刺激が足りない。


 確かに私はスローライフを望んでいた。

 命懸けの戦闘、薄汚い貴族との対応に辟易していたからだ。


 しかし、当時想定していたスローライフと今の生活は明確な違いがある。

 結婚だ。結婚していないのだ。


 当初の予定では安全な始まりの街で楽しい新婚生活をおくるはずだった。


 まさか結婚どころか恋人もできないとは思ってもいなかった。


 決して出会いがないわけではない。

 ありがたい話ではあるけれど私は多くの人にアプローチされる。


 しかし良いなと思う人が一人もいなかった。


「はー。良い男いないかしら」


 小さな声で呟く。しかし隣の席に座る同僚は聞き逃さなかったようだ。


「マイは理想が高すぎるのよ。始まりの街にマイより強い人なんてそれこそギルドマスターくらいしかいないわよ」

「別に強い必要なんてないわよ。私のセンサーにビビッと来ればいいの」


「お得意のエルフセンサー?」

「ええ。私にもエルフの血が流れてるんだって最近になって思うわ」


 エルフセンサーと揶揄しているものは、エルフ間で有名な迷信だ。


 エルフは長寿の代わりに子をなしにくい。

 毎日営みを行っても100年子供をなさないなんてざらにあるらしい。


 しかし、血の相性によっては子をなしやすい相手がいるそうだ。


 エルフはそんな血の相性の良い相手と出会うと直感的に分かる・・・という迷信があった。


 そう、迷信。

 そんな機能は実際にはない。


 あればもっとエルフが繁栄しているはずだ。


 真実はただの言い訳だ。

 エルフが人を拉致する言い訳。


 迷信だと分かっていても半分しか流れていない血を憎く思う。


 つまり私が結婚できない理由はクソおやじのせいだ。という不毛な結論に達しているとギルドの扉が開いた。

 私は切り替えて受付嬢モードになる。


 入ってきたのは白いローブを着た少年だった。

 あのローブ……認識阻害が付与されてる。


 私は警戒度を上げ目に魔力を集中させる。


 すると彼を回るように動く2つの魔力の塊が見えた。

 

 懐かしい。

 あれは魔力操作の修行だ。私も子供のころよくやった。


 ある段階になると無意識にしちゃうんだよね。


 私は彼に親近感を覚える。

 魔力の操作も淀みないため実力としてはC~B級だろうか?


 わざわざここに来るなんて珍しい。


 そう思うと少年はカウンターまで来て私に話しかけてきた。


「すみません。冒険者登録できますか?」

「冒険者登録ですね。初めてですか?」

「はい」


 まさかの用事は冒険者登録だった。

 実力者だろうに珍しい。他の国からきたのだろうか。


「用意いたしますのでこの紙のあいている欄を記入しお待ちください」


 少年は言われた通り紙に書いていく。

 綺麗な字だ。

 15歳の少年はセカイさんというらしい。


「すみません。この希望役職って何ですか?」

「そこは将来自分がどういう戦闘職になりたいか書くところですね。

 例えば、戦士や魔法士、狩人、神官などですね」


 まぁ彼なら魔法士だろう。そう思い彼が記入するのを眺めていると


「なるほど。自分の場合は戦士ですかね」


 と言い、戦士と記入した。


「えっ!」


 私は思わず声に出して驚く。

 こんなに魔力操作の練習をしているのに戦士?


 もしかして私と同じ魔法戦士だろうか。


「どうかしましたか?」

「いえ。魔法の才能がありそうだったのでてっきり魔法士かと」

「はぁ……」


 セカイさんはあまりピンときていないようだった。


 私は怪訝に思い再び目に魔力を集中させる。

 今度は彼をじっくりと観察した。


 すると彼を囲うように動く魔力の質の違いに気が付いた。


 これは彼の魔力ではない。

 いや、人が作り出せる魔力ではない。


 自然が作り出した混じりけの無い純粋な魔力。


 精霊だ。


 彼自身の魔力はほとんどない。

 そして精霊の魔力が彼と一体になるよう纏わりついていたので、てっきり彼が魔力操作をしていると勘違いしたようだ。


 私はさらにじっくりと観察する。


 2つの魔力の塊はそれぞれ違う魔力の質をしている。


 つまり彼は2種類の精霊を連れていることになる。

 ヒューマンにしか見えない彼がだ。


 何者だ。


 すると精霊の動きに変化があった。

 私が見えていることに気が付いたようだ。


 精霊は彼の前に移動すると私に話しかける。


 私はハーフエルフであるため精霊の声を完全に聞くことができない。

 しかし、何を伝えたいかは理解できた。



『『森の民の血を引く少女よ』』


『我は癒し』

『我は水』


『『彼の者を守護するもの也』』


『汝に忠告す』

『決して害すること勿れ』


『『彼の者に危機が訪れし時、死をもって制裁す』』



 私は戦慄する。


 ここまで敵意を持った精霊と会うのは初めてだ。

 相当彼に入れ込んでいるのだろう。


 そして当の本人は聞こえている様子はない。

 いたって普通のヒューマンだった。


 精霊の愛し子とでも言うべきだろうか。


 精霊2人程度に後れは取らないが敵対しないほうがいいだろう。

 ここは精霊の森の近くだ。


 私一人の失態で森の精霊全てが敵対なんてたまった物じゃない。


 全くとんでもない子がやってきた。

 しかし、同時にワクワクしている自分もいた。


 退屈なこの街に刺激がやってきた。


 私はその後、慎重に対応をした。

 本当に初めての冒険者だった彼に冒険者ギルドのシステムの説明をする。


 そして最後に冒険者証を渡した。


「これでセカイさんは冒険者となりました。最後に確認のためお顔を見せてください」


 私は認識阻害がかかっているフードの存在を思い出した。


 精霊ばかりに気を取られ彼自身を観察できていない。


 今も彼がぼやけて見えて上手く認識できないが、顔は絶対に覚えておく必要がある。

 私の生活に刺激を与えてくれる大型新人の顔は。


「あ、すみません」


 そう言うとセカイさんはフードに手をかける。



 天使があらわれた。



 目が離せない。

 動悸が激しい。

 息ができない。


 生まれて40年。一度も動かなかったエルフセンサーが激しく稼働していた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【ステータス】


名前:マイ・リアシー

種族:ハーフエルフ

レベル:162


印象:好印象→恋慕


体力:1517

攻撃:3103

防御:999

俊敏:3714

魔力:1872

聖力:51

気力:2006


備考:始まりの街冒険者ギルドの受付嬢。ギルドマスターとは幼馴染。

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