#2 精霊の興味① [セカイ]


「さてまずはどっちに行くかだな」


 俺は道の先をじっと見つめた。しかし何もない。

 片方は地平線にまで続く平原、もう片方は遠くの方に森が広がっているようにみえた。


 どちらに行こうか迷っていると道端に落ちている木の枝が目に入る。手持無沙汰になんとなく持ってみるが特に変わった様子はない。普通の木の枝だ。片方が二枝に分かれ僅かに葉がついている。


 他に何か落ちていないか俺は辺りを隈なく探す。もしかしたら隠しカメラが見つかるかもと思ったが、特に何も見つからなかった。


 次に自分の恰好を確認する。

 俺は着た覚えがない高校の制服を着ていた。


 本来なら今日初めて着るはずだったものだ。

 先ほどまで寝ていたので少し土埃がついているがしわ一つない新品のものだ。

 靴もピカピカの皮靴である。


 昨日、寝たときは寝間着だったはずだ。

 つまり俺が寝ている間に誰かが着替えさせたことになる。


 起こさずに他人を着替えさせるなんてできるだろうか?

 俺は何か変だなと思いつつポケットの中を確認する。何もない。


 つまり今の俺は木の枝以外何もない新品の制服に身を包んだ素寒貧ということだ。

 俺は枝をじっと見た後、道の先を見る。


「俺が適当に選ぶのもこいつが選ぶのも変わらないか」


 それなら天に任せてもいいんじゃないだろうか。

 それになんとなく道を選ぶより、木の枝で決めたほうが番組の構成的に映える気がする。


「街はどっちかなっっと!」


 俺はどこかに隠れているカメラに映るよう木の枝を高く放り投げた。


 バサッという音と共に枝が落ち、俺は枝の根本が指す方を見る。


 綺麗に道の先をさしていた。


「よし!こっちだな」


 俺は木の枝を拾い歩き始めた。


 まぁ、すぐにカメラを持った人たちが出てきて事情を説明してくれるだろう。

 または村や街に着いて本格的にドッキリが始まるかもしれない。


 その時は楽観的に考えていた。


 歩いて一時間近くたった。時計があるわけではないので体内時計でだが。


 何も変化はない。景色も変わらず人の気配もないままだ。

 おかしい気がする。ドッキリで素人を1時間も歩かせることなんてあるだろうか。


 いや、1時間くらいならありえるか。


 もうすぐプラカードを持った人が草むらから出てくるに違いない。

 こんな開けた場所じゃ隠れる場所はなさそうだがどこに隠れるつもりだろう。


 さらに2時間がたった。


 足が痛い。靴擦れを起こして踵付近の皮がめくれている。

 新品の革靴で3時間も歩くからだ。テレビ局はどうかしている。こんなものを見たってなにも楽しくないはずだ。いい加減早く出てきてくれ。


 俺はその場で座り込み少し休んだ後また歩き始める。



 さらに時間がたった。


 足が痛い。本当に痛い。靴擦れだからとか関係なく足が痛い。こんなに歩いたのは人生で初めてだ。

 もう何時間歩いているか分からない。テレビ局にはあとで絶対文句を言ってやる。


 番組なんて知るか。


 俺は意識を失ったようにその場に倒れこんだ。実際に意識を失ったわけじゃない。急に倒れたら流石に誰かが心配になって見に来るだろうと思ってだ。そうじゃなくてももう足が限界だった。少し休もう。


 青空を眺めながら人を待つ。

 

 しかし誰も近寄ってこない。というか人の気配がない。

 俺は30分ほど倒れたままだったが耐えきれず叫んだ。


「すみませーん!誰かいませんかー!もう限界なんです!体調も悪くて救急車呼んでほしいです!お願いします!助けてください!」


 俺の声が辺りに響き渡る。

 返答はなかった。


 俺は足のマッサージをした後再び歩き始めた。

 あぁ、喉が渇いた。



 空がオレンジ色に染まった。


 人の気配は未だない。

 

「もしかして何かトラブルがあって俺を見失ったんじゃないだろうか。いや、そうに違いない。テレビ局が素人をこんなにただ歩かせるなんてあるはずがない。もしかしたら最初の道を逆に行く予定だったんじゃ?それを俺が深く考えず木の枝なんかで決めちゃって想定外のことが起こったとか。きっとそうだ。けどもうこの道を引き返すことなんてできない。もう夕方だ。このままじゃ夜になる。引き返してテレビ局の人を探すよりほかの人を探す方がいいだろう。それとも待った方がいいのか。そうだ!待つべきだったんだ。遭難したときも動かないほうがいいって聞いたことがある……遭難?いや違う。これはドッキリ番組だ。ドッキリ番組なんだ。ただトラブルがあっただけでドッキリに違いないんだ。だから誰かが助けてくれるはずだ。そう、助けてくれるんだ……」


 俺は歩き続ける。朦朧とした意識で思ったことを全て口に出していた。

 足が痛い。喉も乾いた。

 その場で待つことも考えたが、空の色が変わり始めて何もしないことに耐えられなかった。


「お願いします、誰か、助けてください。ごめんなさい。ごめんなさい」


 俺はわけもわからず謝罪する。

 泣きそうだった。けど必死に我慢して歩き続ける。


 辺りが暗くなってきた。


 そんな時遠くの方に何かが見えた。

 明かりだ。火の光のようなものが道の先に見える。


 意識が覚醒した。


 最後の力を振り絞り走る。走ったところで意味がないことは分かっていたが走ることしかできなかった。


 近づくにつれ正体がはっきりと見える。

 明かりだけじゃない。建物や人が見えた。


 高い壁が聳え立っている。かなり大きな壁で街を囲っているように見えた。

 誰かに電話を借りて両親に迎えに来てもらおう。

 または交番に行くべきだろうか。あれだけ大きそうな街なら交番の一つくらいあるだろう。


 ともかくようやく助けてもらえる。


 壁には門がありその前に男の人が立っている。手には槍が握られていた。


 槍?


 おそらく門番なのだろうけど槍なんて前時代的な武器を持つことなんてあるだろうか。

 いや、どうだっていい。俺を助けてくれるなら誰だっていい。


 彼等も俺の存在に気づいたようだ。俺は膝に手をつきながら息を整え話しかける。


「すみません。交番がどこにあるか分かりますか」


 俺は地面に向けていた顔を上げ彼らの顔を見た。


 彼らは俺を睨みつけていた。

 敵意。疑心。嫌悪。様々な感情が第三者から見ても明らかに分かる程にじみ出ていた。

 

 彼らは俺に話しかける。


「お前は誰だ。答えろ」


「お、俺――僕は荒井世界といいます。朝起きたら見ず知らずの所に――「聞かれたことだけを答えろ!」――は、はい。ごめんなさい」


 急に大声で叫ばれて驚き体が震える。

 

「なぜこちらの道から来た」


「わ、分かりません。道なりに進んだらここに着きました」


「は?つまり森から来たってことか」


「いや、朝起きたらいつの間にか道の真ん中で寝ていて……それでずっと歩いてきて……」


 俺は必死に説明しようとしたがうまく説明できなかった。俺自身も分からないことだからだ。

 門番の表情は険しい。


 このままじゃまずい。勘の鈍い俺でも分かった。


「なんで道の真ん中で寝ていたんだ?」


「分かりません。本当に分からないんです。お願いします。助けてください。街に入れなくてもいいです。電話を貸してくれるだけでいいです。お願いします。お願いします」


 俺は土下座をして必死に懇願する。

 体裁なんてものは俺の中から抜け落ちていた。


 ただ助かりたいという一心で頭を地面にこすりつける。


「……分かった」


 分かってくれた!そう思い顔を上げる。

 そして顔に衝撃がはしった。


 俺は顔を抑えその場に倒れこむ。

 門番を見る。


 槍の柄の部分で殴られたことが分かった。


「お前が何も信用できない餓鬼だってことは分かった!デンワだか何だか知らんがお前に貸すものはない!街に入らなくていいならここから去れ!」


 ようやく俺は理解した。


 これはドッキリ番組なんかじゃない。ましては夢なんかじゃない。現実だ。


 そして俺は今、非常にまずい状況にいる。

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