第4話 罪は消せる

 昨日の出来事がまだ鮮明に記憶に残り、食事も喉を通らない。それでも習慣化した朝のメールを確認することで平常心を保とうと学園からのメールに目を通す。そこには本日から授業が始まると書かれていた。

 授業の内容は校外学習。現地集合。

 校外学習が開かれる場所は、あの森。

 昨日の記憶が偶然ということば拒絶する。

 昨夜から朝の間、あの腕のことを尋ねることも、オタマが話すこともなかった。


 オタマには家を出てすぐにあの森に再び行くことを告げると、小さく相槌を打つだけだったけれど、きっとあの犬にまつわることだとうすうす分かっていたと思う。

 

 森に沿ったフェンスを自転車を押しながら歩く、見落としがないようにゆっくりと。

 どこにもあの時の破れたフェンスはない。

「待ってたわ」

 声のほうを見るといつもより表情の硬いヒカコがひとり立っていた。

「何か考え事?」

「今日から学校がようやく始まると思って……ね。あれ……他の生徒は? 私が一番乗り?」

「今日はパートナーズだけを呼ぶつもりだったんだけどね。彼らには実力不足だと思って今日は私達だけよ。あなただけを呼んだのよ」

「な、なんで私だけ……」

「昨日の夜、壊したよね。フェンスを壊すからよ。すごいじゃない。もう、あんなことが出来るなんて」

 私は言葉を失う。

「学園はあなたの極めて特殊な状況を利用して怪物を育てることにしたのよ」

 畳みかけるようにヒカコがいう言葉にひとつも反応することができなかった。

「まさか学園所有の森での出来事を学園側が把握してないとでも思っているの? この町の出来事さえ把握していのよ?」

「昔からね。異常出来事があると怪物の突然変異が確認されているのよ。殺人なんて異常よね。人を食べることもね。あのフェンスね、特殊な加工されていて怪物には破壊できないのよ。それをいとも簡単やるとはね」

「私は……どうすれば……またお母さんと暮らしたいだけなの」

「いい夢ね。今日はあなた達の腕試しなのよ。森の中で発生した怪物を退治。あの犬がいつまで大人しく森に居てくれればいいけど、外に出たら厄介なのよ。あなた達は思う存分暴れてね」

「それが上手くいったら……」

「それができたらあなたの望みは卒業まで待たなくてもいいわよ。あなたの願いは、罪を消したい? でしょ?」

「え……罪を消してくれるの……」

「ええ。その代わりあなた達は学園の所有物になるわよ。どのみち三年後には基準に到達したパートナーは学園の支配下に入るのだけれどね」

「私は罪を消したいだけ……罪が消えるならなんでもいい……」

「わかったわ。それじゃあ。いってらっしゃい」

 ヒカコの能天気な言葉が見えない階級を鮮明する。

 私は自転車からポリ袋を抱え、しばらく森を進むと歩くと「こんなにも早くまた会えるなんて、幸運続きだ。君にとっては不幸続きか?」ニタリと笑いなら暗闇から白い犬が顔を出す。

「あんたがこの森で生まれた怪物でしょ? 悪いけど退治されて……」

「違う。俺たちはただ殺されただけだ。人間は本当に勝手だ……」

「あなたを消すしかない。ごめんね」

「ま、待ってくれ。俺は集合体だ。この森に捨てられて犬たちの……悪さは決してさせないからどうか見逃してくれ……」

「森から出ないと誓うのなら……森の奥で静かに暮らせるの?」

「ああ……大丈夫……いやだ……無理だ。無理」白い犬はそういうと笑いだす。

「え? 無理って」

「あああ、だめだ。でるな。やめろおお」そう叫ぶと白い犬が黒い粘り気のある塊を吐しゃした。それは黒い水溜まりのように溜まり、ぶくぶくと泡を立てる。

 そこから沢山の犬の鳴き声が森に響く。

 泡が無くなり、静寂の跡、その黒い水溜まりから体を引きずるように黒い犬が姿を現す。

「ダメだ。やめろ」白い犬が叫ぶ。

 その声に反応するように、私は抱えていたポリ袋を黒い塊に向かって投げつけた。黒い犬は避け、ポリ袋は地面にぶつかると、一瞬で白い煙が袋からあふれ出す。

 その煙の中から現れたものは、私の知っているオタマではなかった。

 低い唸り声をあげながら裸の老人が立っている。

 痩せ細り、皮と僅かな筋肉が骨についた老体。

 黒い犬は左右に跳ねながら徐々に距離を縮めると勢いよくオタマに飛び込む。

 老人の姿のオタマは顔の前でその黒い犬を両手で捕まえ、迷わず噛り付く。

 それを頬張るごとに犬の甲高い鳴き声がひとつ聞こえ、またひとつ消えていく。何かが砕かれる音と共に。

 白い犬は地面に伏せ、大粒の涙を地面に落とし続ける。

 食べつくしたオタマはひとつ重たい唸り声をあげると、白い煙に再び包まれ、煙がなくたった後にはいつもの姿のオタマが眠りについてた。私が駆け寄り抱きしめる。

 白い犬は私たちの元にゆっくりとこちらに向かい。「これでいいんだ。それしか方法がなかった……あいつは恨みで一杯になって……きっと楽になったはずだ……」そういうと白い犬は眠るオタマを優しい視線を向ける。

 「合格。犬も悪さをしなければこのままでいいわ。フェンスの中にいる限りね。何かあればすぐに学園が対処することになるけどね」木の陰から現れたヒカコが声を震わせながらいう。

 ヒカコの言葉に少しも反応する気持ちはない。

 

「おい……いいのか。私に触れると……」目を薄っすら開けたオタマが弱弱しい声で呟く。

「いい。いいから」

「やめたほうがいい。ヌメヌメしているだろう」

「いいよ。別に……ヌメヌメしてても……ただ、こうしていたい……」

「……ミホ私の……記憶を見たんだろ? どうしても知りたい……教えてくれ……私は……お爺さんを、喰いたいから喰ったのか……喰っている私は喜んでいたか?」

「違う。喜んでなんてない。生きるため。それだけ。それだけだったよ……」


 私たちのスタートラインはここから。周りには誰も居ない。走り出すシューズは血で汚れている。

 

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