第3話 森で生きる
あれから2日間も休校。その間、朝のメールチェックを習慣づけるために欠かさずメールを確認。そのあとは桶に入ったオタマと一緒に部屋で朝ごなんのパンの耳食べ、残りの時間はオタマの能力を調べて過ごす有意義な時間を過ごした。
調べ方はただオタマに火を吐け、水を吐け、金を出せ、と命令する。だが、オタマはさっきたべた朝食を吐き出すのが精一杯のようだ。
それをみてオタマは肩を落とし、吐いたパンを片付けているときにオタマがいう。
「仕方がない。これは言いたくなかったが、私にはひとつだけできることがある。ひとには決してまねのできない」
そういいながらオタマは歯と歯茎を剥き出しにする。
私はオタマに言われるがまま、桶に入ったオタマをお風呂場に連れていき、桶を傾け浴槽にオタマをゆっくりと浮かべる。それからは私はじっとオタマを見つめた。
すると、オタマを中心に浴槽の水が小さい波紋を広げる。
「な、なに。オ、オタマ?」
オタマは無言で目を閉じている。そして、次第に濃い白い煙が水の中から現れ、風呂場を覆った。
オタマをの姿は隠れて姿は見えない。
「オタマ? この煙はすごいけど……オタマ? ねえ? どこにいるの?」
返事はない、白い煙を手さぐりに探そうとまではしなかった。手をヌメヌメさせてまで探すほどではないと思う。
煙が少しづつ薄くなり、「上手くいった」とオタマの声。
「え? 何をしたの?」
浴槽にはっきりとオタマが見える。何も変わらないオタマの姿。
オタマは歯を剥き出しているのだから何かをしたのだろう。
「で、何をしたのか説明してくれない?」
「もちろん。浴槽から浴槽に移動した」
「はあ? え? 待って。よその家の浴槽に移動したってこと?」
「ああ。そうだ」
「浴槽以外も移動できるの? 水がある場所なら? すごい、ライバルの偵察とかに使えるかも」
「いや……浴槽から浴槽。因みに水が張ってない浴槽は移動することができない」
「あんなに勿体ぶった波紋をだしながら! 意味ありげな白い煙までだして! 来るぞ、来るぞ、って感じをだして……」
「こんなに不評だと……すまない」オタマはそういうと水面を静かに見つめる。その時ぐう、と音が鳴る。
「オタマ。お腹すいたの?」
「ああ、力を使ったからだと思う」
私はオタマに小さくちぎったパンの耳を手から食べさせる。
「オタマ。これ食べたら散歩行く?」
「……ああ」
日没で辺りは暗い。私は自転車のカゴにオタマ入りのポリ袋を乗せ、自転車を押す。
「散歩コースは、ちょうど近くに高さ3メートル位のフェンスで囲まれた大きな怪しい森があります。豊かな夜の森をお楽しみいただきます。お客様、それでは出発します」
「ああ。楽しみだ」
暗い空気をかえるために珍しく私が懸命におどけても軽く流される。
オタマは浴槽移動の反応が悪くて、気持ちが沈んでしまっているように見えた。
フェンスに沿って歩くと、フェンスには白い看板に赤い文字で学園の名前の下に関係者以外立ち入り禁止、と書いてある。
等間隔に街灯が並ぶ。人通りはない、誰かに知られることもなく2回入ったことがある。中はただの森だった。真っ赤な幼虫がいる。土が柔らかい。そんな森。
ここには半年くらい前、業者が犬を大量に捨てたという噂もあったが、犬の鳴き声が森から聞こえて次第に声の数は少なくなり静かな森に戻ると噂も消えた。
「もう来ないのか」
「なに? オタマ?」
「違う」
「え?」そいうとフェンスの向こう側から、「こっちだ」ともう一度声がする。
私は自転車を止め、草木の茂る暗いフェンスの向こうを凝視する。
「誰?」
「やめろ。行こう」オタマの声には余裕は全くない。
「オタマ、ビビッてるの? 顔を見せなよ。そんな暗い所からこそこそと!」
カサカサと雑草を分けてフェンス越しに顔をだしたのは、中型の白い犬。
「俺はお前のことを知ってる」見たこともない白い犬がそういう。
「知らない」
「ミホ、帰ろう。こいつは――」オタマの話を遮るように白い犬が大声でいう。「お前たちはお似合いだよな。両方とも命を奪ってる。そうだろ。匂いが違う」
私は体が動かなくない。こいつに知られている。人間の言葉を話す犬に。
「ミホ……帰ろう。ミホ?」
「この森の土の下に何を埋めた? 飼っていた猫? 犬? お前が埋めたものは犬猫に比べたら大きかったなあ。ま、さ、か、ひと――」
「やめてええ。やめて」
「ミホ。落ち着け、落ち着くんだ」
「誰か、助けて、助けてよ……お終いになっちゃうよ」
「なんだよ。自分のやったことを拒絶するのか。殺人は楽しかったか?」
白い犬のその言葉のあとすぐに、破裂音が鼓膜に届く。
カゴのポリ袋から水が飛び散り、しぼんだポリ袋からは2本の手が伸びている。その手はフェンスを貫き、伸びた両手は犬の首を握った。シワと染みの目立つその手。
「わ、悪かっ、た。ただ……話したかったっ……だけなんだ、は、な、して」
犬は口から舌をだし、飛び出した舌から涎が伝う。
「オタマ……」私はそれをいうのがやっとで他には何も言葉が出てこなかった。
手は犬の首から外れると、白い煙になって跡形もなくなる。
犬は森の奥へとゆっくりと歩み姿を消す。
「オタマ……大丈夫……」
「……ああ」
掲示板の書き込みを思い出す。
ひとの姿をした怪物はいないよ。そんな怪物がいればそいつは生まれながらの人食いだろう。
その日の夜は、体中に疲れと熱を感じ、桶に入り目を閉じた。
彼女も相当疲れたのだろう、私よりも先に彼女の小さい寝息が聞こえる。
その寝息につられるように肉体に眠気が充満していく。
お父さんと呼ばれる人、お母さんと呼ばれる人。ミホと呼ばれる女の子。
お父さんは短気でよく殴る、蹴る。その回数は次第に増え、激しくなった。
ある日の夜、家族は川の字で寝ていた。寝ているお父さんはお母さんに何度もカナヅチで殴打された。その様子を真横で確りと見ていた彼女。
彼女は寝たふりをしていが、手に血が付いた母に起こされた。
母は娘にこれからのことをいう。
父を近くの森に埋める。そして、二度と母はここに帰ってこない。
全部私が悪い、と泣く母をただそばで見ている。
母が引きずりながら父を車に乗せ、走り出すあとを彼女は必死に追いかけるが途中で見失ってしまう。
だが母のいう通り、森に車が停車していた。母と父はすでに車内にはいない。
停車しているそばには進入禁止のバーが降り、地面には何かを引きずる跡が森の奥まで続く。
森へ入ろうと決心を決めた時、ちょうどライトの光がゆらゆらと辺りを照らしながら森からやってくる。
とっさに木の陰に姿を隠す。
「ああ……できない。できない……あああどうしよう」
母の声。ライトの主は母のようだった。
車に近づくとライトを落としたが、それを気にする様子はなく、勢いよく車のドアを閉めると家とは違う方向に走っていく。
彼女はライトを拾うと、引きずった跡を照らし森を進む。
その先には掘られた穴に父が入れられていたが、土が薄っすらとかけられただけ。穴の横にはスコップ。
穴から声がする。
「ああ、戻ってきたのか……早く、たす……けろいてえ。ああ、くそ……ぶっ殺してやる……ああ」
それを聞いた彼女はスコップを握り、振り下ろす。
何度も。何度も。母のように、失敗しないように。
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