【書籍1巻発売記念】双子のタイムスリップ小冒険:5
水風呂から上がったジョカたちは、大きな湯船やプールで一通り遊んだ後、寝椅子で一休みをした。
甘いシロップ水を飲んで干しブドウをつまむ。汗をかいた体に染み渡るようだった。
寝椅子でくつろいで、ゼニスとオクタヴィーが話している。
「冷たい飲み物とかき氷のお店を、テルマエにも出したいですね」
「そうね、商機がたくさん転がっていそうだわ」
ゼニスは今年、冷えた飲み物とかき氷を売り出して大ヒットしたのだ。その話はジョカも聞いている。
ゼニスが大魔法使いとして歩み始める第一歩だったと。
ジョカは寝椅子に寝転がりながら、周囲を見る。
浴場はたくさんの人がいて、とてもにぎやかだ。おしゃべりをして笑い声を上げたり、ハンドボールをしてきゃあきゃあと騒いだり、ざぶんとお湯に飛び込んで泳いだり。
浴場の屋根はドーム形になっているため、音がよく響いた。
これだけのにぎやかさは、ジョカに馴染みのないものだ。魔界は住人が少ないので、どうしても静かになる。
それでもフーギとジョカの双子が生まれて以降、魔界は活気を取り戻していた。
絶滅の未来、絶望の将来に飲み込まれていた頃の魔界は、誰もが諦めてしまって、暗く停滞した空気ばかりが流れていた。
それを双子が吹き飛ばしたのだが、彼らにその自覚はない。なにせ、物心ついたときはもう今の魔界だったので。
とはいえ人数の絶対的な差から、人界はにぎやか。魔界は物静か。そんな印象をジョカは持っていた。
そして、ジョカはにぎやかな人界が大好きだった。
「さて、私は脱毛をしてくるわ。ティトとゼニスはどうする?」
休んでいた寝椅子から立ち上がって、オクタヴィーが言う。
「脱毛?」
ゼニスが首をかしげている。
「脱毛よ。全身のムダ毛を抜いて身だしなみを整えるの。ユピテル人として当然でしょ」
「当然と言われましても。私はいいです。ムダ毛ってほどの毛は生えてないし」
ゼニスは自分の腕や足をさすっている。ジョカも真似をしてみた。さわさわと産毛に触るだけである。
「あたし、挑戦したいです」
ティトが決意を込めた目で言った。彼女は十三歳、そろそろムダ毛が気になる年頃のようだ。
「ティト、お金足りる?」
「大丈夫です。さっき、料金表をチェックしておきました」
ゼニスとティトはそんなことを言い合っている。
「あたしは脱毛、いらない」
ジョカが言うと、ゼニスはうなずいた。
「じゃあ私とジョカは見学だけにしておこうね」
「うん」
こうして一行は、高温浴室の隣りにある脱毛コーナーまで歩いていった。
脱毛コーナーでは地獄絵図が繰り広げられていた――
「い……痛、いたたたっ、痛いです!!」
「あだだだっ、痛い痛い、いたーい!!」
ティトが泣き叫んでいる。その他の人々も涙をこらえていたり、やせ我慢しているけれどぷるぷるしていたりしていた。
「おかあさ……ゼニス、ゼニス! なにあれ! どうなってんの!?」
悶絶する人々に度肝を抜かれて、ジョカがゼニスの腕を握った。
「溶かした蜜蝋を塗って、固めて、引っ剥がして脱毛してるんだね。ありゃあ痛いわ……」
ゼニスもドン引きしている様子である。
ジョカは思わず叫んだ。
「なんでここまでして脱毛するの!?」
「分かんない……ムダ毛も個性でいいのにね。いやよくないか」
「あたし、脱毛しなきゃいけないなら、大人になりたくない……」
ジョカが絶望した顔で言った。ゼニスも沈痛な面持ちで答える。
「そうだよね。何とかして変えてやらないと」
ゼニスが考え込んでいる。
彼女のその表情を見て、ジョカは心が明るくなるのを感じた。
ゼニスはいつだって困難を可能に変えてきた。人間であっても魔界へ転移で行き来できるようにしたし、半魔族のゼニスと双子の太陽毒を克服させた。他にもゼニスが発明した技術や道具は数え切れないほどある。
「そうだ。お母さまに頼んで、痛くない脱毛を考えてもらおうっと。そうしよー!」
毛を抜くくらい、未来のゼニスにとっては朝飯前だろう。ジョカはすっかり安心した。
ゼニスが戸惑った様子で聞いてくる。
「お母さまは発明家なの?」
「うん、そうだよ! 世界一の大魔女なの」
本当は人界と魔界の二つの世界一だけどね、とジョカは心の中で付け加えた。
ゼニスは驚いた顔でさらに何か言いかけて、今にも倒れそうなティトに気づく。ジョカの方を振り返りながらも、ゼニスはティトを支えに行った。
ティトとオクタヴィーの脱毛が終わり、後処理をしている。無理やり毛を引き抜いて赤くなった肌を冷やして、香油を塗った。
「ねえねえ、ゼニス! もう一度プールで泳ごうよ!」
ジョカが笑いかけた。魔界では水泳はあまり定着していないので、新しい遊びがすっかり気に入ったのだ。
ゼニスは笑顔でうなずく。
「うん、行こう! 私、潜水得意なんだ。どれだけ潜って泳げるか競争しない?」
「やる! あたしが勝つけどねっ」
木のサンダルをカラコロ鳴らして、二人はプールまで走っていく。
背後の寝椅子から、オクタヴィーが
「子供は元気でいいわねえ」
と、ため息交じりで言っているのが聞こえた。
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