第78話 暗中模索

 暗闇の中では、時間の感覚も方向感覚も薄くなってしまう。

 5千歩ごとの休憩はもう6回を数えた。大人の5千歩は、確か時間は1時間弱、距離は3キロメートルくらい。

 私たちは暗い岩場を滑り落ちないように慎重に歩いているので、それより少ない距離で2キロ程度だろうか。もう12キロも歩いた計算になる。

 小休憩と眠る時間も入れたから、時間もかなり経過しているだろう。


 地下の川は少しずつ幅が広がって、比例するように流れも緩やかになっていた。

 けれど出口は見えない。

 相変わらず真っ暗闇の中に、魔法ライトの明かりだけが頼りなく光っている。


「下流に向かったのは、間違いだったでしょうか」


 思い詰めた目でラスが言う。


「アレクの言う通り、上流に行った方が良かったのかも。僕、また間違えた……」


「まだ分からないよ。それに上に行っても、外に出られたかどうかなんて分からないしね」


 そう言って励ますが、ラスもアレクも疲労の色が濃い。体力もさることながら、先が見えない状況で精神的に消耗しているようだ。


 7回目の休憩に入った。

 また少しだけ食料をかじって、お湯を飲む。誰もが言葉少なだった。


 ふと、アレクがぴくりと顔を上げた。


「どうしたの?」


「川の音、いつもと違う気がする」


 言われて耳を澄ますと、確かに今までの「ざあざあ」という音に混じって、もっと低い音が混じっているように思える。


「行ってみよう!」


 変化の乏しい暗闇の中で、新しい発見に期待がふくらむ。荷物を手早く片付けて、私たちは先に進んだ。







 でも、その変化は望んでいたようなものじゃなかった。


 まるで闇に飲み込まれたように、川の先が消えている。ライトで照らしてみれば、川底が途中から切り立った崖に変わっている。

 川は滝となっていた。

 激しい水流が滝壺にぶつかって、ドドド……と低い音を立てる。


 滝はかなりの高さで、とても降りられそうにない。

 辛うじて見える滝の底で、私たちをあざ笑うかのように水流がぐるぐると回っていた。


 ――駄目だ。もう川沿いに進めない。


 指針を失ってしまった。思わず唇を強く噛む。

 ラスが私の手を握った。まだ小さくて華奢な彼の手を、握り返すのが精一杯……。







「姉ちゃん、ラス! こっちに道があるよ!」


 アレクの声で我に返った。

 魔法のライトの光が岩壁に陰影を描いている。アレクはその一部、岩が突き出て影になった部分を覗き込んだ。


「ちょっと狭いけど、一人ずつなら通れそう。行ってみようぜ。俺が先頭になるよ」


 アレクは明るく言う。きっと私たちを気遣って、カラ元気を出しているんだ。

 私はもう一度心を奮い立たせて、言った。


「大丈夫、私が行くよ。先に進んでみて、通り抜けられそうだったら声をかけるから、ついてきて」


 魔法が使えて対応力がある私が行くべきだろう。

 ライトを持ち直して、岩壁の隙間に入った。


 人一人がやっと通れるくらいの幅で、天井も低い。私は身を屈めながら進んだ。

 だんだん高さが狭まってきて、最終的に這って進んだ。ライトはリュックに持ち手の部分を入れて、ガラス玉の部分は外に出しておく。

 このライト、前世のヘルメットに付けるヘッドライトみたいにするべきだったかな、などと考える。帰ったら改造しよう。


 そう、帰ったら、だ。まずは無事にここを抜けて、何としてでも帰ってやるんだ。

 それでこの冒険談を、首都のみんなに話して聞かせよう。マルクスやミリィは喜んで聞いてくれそうだ。ティトは心配しすぎて怒るかな。

 シリウスは旅立ってしまったから、教えてあげられないのが残念。


 そうやって楽しい空想で元気を出して、さらに進んだ。

 いよいよ体がつっかえそうになった時、力いっぱい前に出たら、ずぼっと抜けた。

 頭から落ちかけて、くるんと半回転。尻もちをつく格好で地面に落ちた。


 辺りを見回すと、やはり岩場である。暗くて先はよく見えないが、風が感じられる。広めの空間に繋がっているようだ。


「やった、抜けられた! ……アレク、ラス、聞こえる? 先に進めるから、ついてきて!」


 出てきた穴に向かって叫ぶと、ややあって返事が返ってきた。

 あの子たちは2人とも、私よりも体が小さい。もっと楽に抜けられるだろう。


 最初にラスが頭を出したので、手を引っ張ってやる。アレクもすぐにやって来た。

 3人揃ってまた歩き始める。川辺を進んでいた時とは違う、曲がりくねった岩の道を進んだ。

 そうしてしばらく後、開けた場所に出た。

 魔法ライトを掲げて、辺りを照らす。


「これは……!?」


 魔法の光に浮かび上がった光景に、私は息を呑んだ。


 ちょっとした運動場くらいの広い空間、その岩壁の半ばが白い鉱脈で埋め尽くされていた。

 鉱脈は岩の中に流れる川のように、あるいは地を切り裂く雷のように、まっすぐに横向きに走っている。微妙に色合いの違う縞模様が美しい。

 そして、あの乳白色の色は見覚えがある。――魔力石だ!

 岩壁に近寄って触ってみた。川の水に磨かれて丸まった小石の状態とは手触りが違うが、確かめるのは簡単だ。


 少しだけ魔力を流す。すると触った部分を中心に、白い光が波のように広がった。


「これ全部、魔力石ですか?」


「すげー、たくさんある」


 ラスとアレクも驚いて周囲を見渡している。

 よく見れば、壁だけでなく地面や天井にも白い鉱脈が走っている。見えるだけでこれだから、埋蔵量は見当もつかない。


「姉ちゃん、大発見じゃん! これだけあれば、使い切れないくらいだよ!」


「そうね、この大発見をちゃんと帰って知らせられればね」


 私は思わず苦笑した。前向きなアレクの明るさが、今は頼もしい。

 アレクはニカッと笑った。


「こんなに広い場所だもん、出口もどっかにあるって。探そうぜ」


「うん、そうしよう」


 希望が出てきた。少なくとも、暗い気持ちはかなり切り替えられた。


 そうして出口を探そうと、踵を返して岩壁に背を向けた時。


 暗闇の中に、いくつもの小さい光を見つけた。

 それらは2つで一対になっていて、闇の中から私たちに迫りつつあった。


 敵意を含んだ低い唸り声が響く。荒い息遣いと、生臭い臭いも漂ってくる。



 ――灰色の毛並みの狼たちがじりじりと包囲網を狭めながら、私たちに近づいて来ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る