第二章 首都での生活
第10話 首都ユピテル
首都ユピテルに着いたのは、冬の初め、木枯らしが吹く寒風の中だった。
夏のリス騒動から早数ヶ月。出発は少し遅れてしまったけど、今日から私の首都ライフが始まる。
遅れた理由は、夏から秋にかけてがブドウ農家の繁忙期だからだ。収穫からワインの仕込みまで、この時期は毎年猫の手も借りたいくらいに忙しい。こんなクソ忙しい時期に私の出発準備や見送りなんて、していられないからね。
一連の作業が落ち着いた後の冬にしようと、両親と私の意見が一致したのだ。フェリクス本家に連絡して、もちろんOKをもらった。
首都にはティトがついてきてくれることになった。彼女だってまだ11歳――もうすぐ12歳――の子供だけど、私にとっては一番の仲良しだから。
付添は大人の方がいいんじゃないかとお父さんは心配してたが、私付きの使用人の仕事は結局、私の身の回りの世話になる。だったら慣れない人よりティトの方がいい。それにそんなに人数の多くない田舎村で、即戦力の大人を一人引き抜いてしまったら残される人にしわ寄せが行ってしまう。
その点、ティトは元々私とアレクの子守が仕事だった。アレクの子守役を1人追加しないといけないけれど、あの子はイカレポンチ時代の私みたいに手がかかるわけじゃない。負担は少ないだろう。
というような理由が絡み合った結果、ティトで決定したのだった。
初めての首都は、そりゃあもう壮観だった。
なんだかんだ言って前世の記憶がある私としては、この古代っぽい文化レベルの国の都市なんて田舎町に毛が生えたくらいだろうと高をくくっていたんだけど。見事に裏切られた。
まず、すごいいっぱい人がいる。
道案内に来てくれたフェリクス本家の召使いの人によると、人口は80万人くらいらしい。
そりゃあ前世の1千万都市とかに比べれば小さいけどさ、今までいた村が数百人レベルだったから。いきなり上がった過密度にびびったよ。
それに80万人分の人口調査をして、きちんと数を把握してるってことになる。行政システムも発展しているようだった。
それに、行き交う人々の人種が雑多なのだ。
ユピテル人らしいやや日に焼けた肌に茶や灰色の髪。南の大陸の生まれだという黒い肌の人。金髪に色の薄い目、白い肌の北方人。それに、褐色の肌に黒い髪とひげの東方風の人たち。
なんかもう、国際都市だ。
建物も平屋ばっかりだった村と違って、5階から7階建てが立ち並んでる。それがお互いくっつくくらいの隙間のなさで、大通りに面してずらっと並んでいた。
大通りは道幅が広く取られていて、荷を積んだ馬やロバ、人がひっきりなしに行き来している。活気にあふれてる。
意外なことに、馬車はいない。案内人さんに聞いてみたら、道路の混雑がひどすぎて昼間の間は馬車が禁止されているらしい。荷馬車も人が乗る馬車もだ。確かにこの混みっぷりだと、交通事故が起きそうだ。
案内人さんの豆知識では、昔は大通りに面した店や民家が道に張り出すように増築を繰り返し、道が細い迷路みたいになってた。ところが40年ほど前に大火事が起こり、道が細くて逃げ遅れた人が大勢出た。消火活動も道が狭くて難儀した。そんな経緯があり、元老院の法令で大通りへの増築が禁止され、今のように広々とした道になったんだそうだ。
裏路地は今でも入り組んでいて狭いけど、主要な道路はしっかり確保されているとのこと。
へぇぇ、ほー、なるほどねー、と、私とティトはすっかりおのぼりさんの観光客状態である。
案内人さんが小さい旗でも持っていれば、もろに観光ガイドだろう。
それにしても人が密集する都市部で火事が起こるのは、どこでも同じなんだね。江戸時代の江戸もしょっちゅう火事になって大変だったし。八百屋お七の話とかさー。
まあ江戸は建物がみんな木と紙だから、よく燃えたんだろう。
このユピテルも建物の1~2階部分は石だけど、3階以降は木造のようだ。全部石造りより軽量化って意味ではいいものの、火事は起きやすくなるよね。
フェリクス本家のお屋敷は、小高い丘の上の閑静な高級住宅街にあった。
どのお家も広々と敷地を取っていて、丘の下の雑然とした過密状態が嘘みたいだ。
こういう丘は首都ユピテルにいくつかあり、元老院の議会場や主だった神々の大神殿、大貴族の屋敷などが置かれているらしい。物理的に下々を高みから見下ろすわけだねぇ。なんだかなーと思うが置いておこう。
本家のお屋敷はとても立派だった。
ユピテルの家屋は、だいたい四角い形をしていて真ん中に中庭がある。普通は平屋かせいぜい部分的に2階建てだ。
本家のお屋敷も基本の形は一緒だけど、中庭付きの四角い建物がいくつも連結していて、かなりの広さだった。しかも2階建て、3階建ての部分もある。
最初に入った建物の中庭部分はプール? 貯水池? になっていて、きれいな色の魚が泳いでいた。豪華……。
広い建物の床、壁、天井には緻密なモザイク画が描かれており、柱やその他の要所要所に彫刻が施されている。しかもその彫刻も、全部色が塗ってある。ぜ、贅沢……!
大理石づくりの建物というと、白一色のイメージが強かった。
でもこの国は派手なくらいの色彩が好まれていて、白い部分はむしろ少なかった。
ふと横を見ると、ティトがぽかんと口を開けて間抜けな顔をしていた。間違いなく私もあんな顔だったと思う。いかん、もっとキリッとしなければ!
私は我が家の番犬たちが張り切っている時の顔を思い出して、キリッとした表情を作った。
エル家の村からここまで案内してくれた彼は玄関から少し進んだところで別れ、お屋敷の使用人が私の部屋まで連れて行ってくれた。
部屋はそこそこの広さで、ベッドを兼ねた寝椅子とテーブル、箪笥などが揃っている。きれいに掃除されており、今日から寝泊まりして問題なさそうだ。
ティトの部屋はフェリクス本家の使用人棟にあるとのこと。そちらは何人かの相部屋らしい。
荷物を置いて身支度を整えたら、オクタヴィーさんと本家の方々に挨拶をするように言われる。そういや出迎えはしてくれなかったなぁ、オクタヴィーさん。相変わらず子供に塩対応な人である。
簡素な麻布の旅着を脱いで、おろしたての綿のアンダーに毛織物のショールを羽織る。子供用のセミフォーマルな装いというところ。どちらも私のためにお母さんがこしらえてくれたものだ。秋は忙しい季節なのに、夜なべして作ってくれた。ユピテルでは布はそれなりの貴重品で、私もずっと着古したものを使っていたので、真新しい服の感触がなんだかくすぐったい。
ティトも彼女の姉と母親が作ってくれた、新しいチュニカを着ている。子供用ではなく、少し丈の長い若い娘が着るものだね。
2人でお互いに身だしなみチェックをして、よしOK!
廊下で控えてくれていたフェリクス本家の侍女さんに、取り次ぎを頼んだ。
すぐに執務室まで案内される。中央の中庭にほど近い、建物を見渡せる場所だった。細やかな装飾が施されたドアの向こうに、がっしりとした造りの机が見える。
その机の前に着席している男性が一人、横に立っている女性が一人。女性はオクタヴィーさんだ。
となると、あの男性がフェリクス本家の当主だろうか。
私は緊張しながら、室内に足を進めた。
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