8 Peach

 事件の解明に協力している警察や公安の調査により、芸術アート連続殺人事件の被害者・伊藤るな、林夢姫ぷりん、松本愛来あらい、山下希星きてぃ、篠田娘々ここ、水瀬苺愛まいあの六名に加え、四人目の被害者・野崎ぴいちの関係が明らかになった。


 全てたどるとその先にるながいる。

 一見何の繋がりもないように見えていた七人目の谷口ぴんくも、るながアルバイトしていたカフェの常連であったことがわかった。


 るなと繋がっているということは、やはり犯人は影山という可能性が高い。

 容疑者だったレオンの死後、公安から一人、二階堂家を探るために執事として仮採用された青年は、影山が犯人である可能性が高いと知り、警戒を強めていた。


「影山です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 一見頼りなさそうに見えるが、警察学校を首席で卒業している彼はわざと地味で目立たない、どこにでもいそうなパッとしない男を演じつつ、この数日間で設置されている全てのカメラの位置、さらに、報告にはなかったが盗聴器もそこかしこに設置されていることに気がついている。

 掃除を手伝うふりをして、探知機をかざしてみれば、壁のコンセント内部からいくつか反応があった。


 協力者の情報通り、これはメイド長の薫が設置したもの。

 運良く管理室の隣の部屋をあてがわれたおかげで、日吉が管理室に頻繁に出入りして何かをしていることは簡単にわかった。

 しかし、それは捜査の邪魔だったバカな同室の男がクビを切られて一人部屋となったからだ。

 運がいいのか悪いのか、容疑と同室になってしまっては迂闊な行動は取りにくい。


 そして影山が二階堂家の執事として仮採用された二日目の夜中、影山は物音を立てないようにそっと部屋を抜け出して行った。


 青年はスマートフォンで監視カメラの映像を確認する。

 昨日、葉月が管理室のPCにUSBを差し込んだおかげで、彼にも監視カメラの閲覧は可能だった。


 影山は裏庭の方へ歩いていく。

 それからしばらくは帰ってくる様子がない。


 だが、この優秀な青年は、影山の靴に小型のGPSをつけていた。

 影山が風呂に入っている間に、革靴の裏側に貼り付けてある。

 土踏まずにあたる部分にあるため、裏側を見ない限り気づかれない。

 車を運転する場合も考えて、左足だ。

 二階堂家の車は、全てAT車両だし、影山の車の免許はAT限定だった。


 影山を二階堂家の近くで待機していた別の捜査員二名が追跡する。

 裏庭を出た後、一瞬電波が不安定になったが、またすぐに戻り彼は離れの地下を通って、屋敷の外へ抜け出していた。

 最初は徒歩だったが、移動速度が急に上がる。

 車に乗ったようだ。


 離れの鍵は開いていたのか、それとも、先に裏庭へ出た美月が持っていたのかは、定かではない。

 GPSの位置から、影山の乗った車は篠田娘々ここを拉致した際に使用したものと同じだった。

 ナンバーは【な12−88】ではなく【な12−25】。

 影山が姉の彩乃から入学祝いに買ってもらった車だった。


 車は閑静な住宅街にある小さな公園の前で停まる。

 運転席から降りて着た影山は、黒いレインコートをのフードを深くかぶり、トランクルームのドアを上にあげる。

 白に近い薄いピンク色の吉野桜と、真っ赤なダリアなどが入っていた。


 影山はそれらを次々と公園の中に運んでいく。

 そして、もう一人、助手席に乗っていた人物も影山と同じく黒いレインコートのフードを被ったまま降りて、軽い足取りで公園内へ。

 捜査員は気づかれないように遠くから二人の動きを見張る。

 助手席から降りた人物の方が、砂場の上に花を飾り付け、影山はそれをただじっと見ているようだった。

 一通り飾り終わると、影山は一人車まで戻り、後部座席から何か大きな塊を抱きかかえて、砂場の中央に置いた。


 捜査員たちが目撃したのは、芸術アート連続殺人事件の九件目の犯行現場。

 しかし、辺りは暗く、捜査員たちの位置からは中央に置かれたそれが死体かどうかわからなかった。

 飾り付けをした方が、メスのような鋭い刃物を左手に持ち、何かをした後、すぐに二人は車に戻る。

 様子を見ていた捜査員二人は、助手席に乗っていた一人が公園の様子を確認しに行き、運転していた側は一人尾行をつづけた。


 公園の砂場には、セーラー服を着た左手の薬指がない遺体。

 死後硬直はがすでに始まっている。


 死体遺棄・損壊罪の現行犯だ。

 やはり影山が犯人であると確信して、本部に応援を頼む。


 ところが、追跡していた捜査員の車が居眠り運転のトラックに衝突される事故が発生。

 影山の車は、闇の中へ消えて行った。



 *



「新しい遺体が発見された」


 鑑識課に着いた途端、伊沢は上司からそう聞かされた。

 公安の捜査員が現場を目撃していたことから、ようやく芸術アート連続殺人事件が続いていると、上層部の方でも抑えることができなくなっていた。

 事件を隠蔽しようとした可能性があるとして、売春に関わっていることが監視カメラの映像から判明した各界の大物たちが売春の容疑で事情聴取を受けることに……


 そして、その日の昼前には、影山に殺人等の容疑で逮捕状が出た。

 一緒にいた人物はおそらく美月だろうということで、美月にも死体損壊の容疑がかけられる。

 捜査一課長である時枝が、影山の叔父であることから一課はこの事件の捜査から外されてしまう。

 代わりに、事件には政治家も絡んでいることから捜査第二課と公安が合同調査にあたる。

 これでやっと、公平な捜査が行われることになった。


 二階堂家にいた影山は、すぐに捜査員に逮捕され、その報告を受けた章介は急いで病院から出ようとするが、その前に現れた刑事に売春の容疑で任意同行を求められてしまう。




 それが美月が二階堂家から葉月のいる伊沢のマンションに向かっている最中に起きた出来事だった。

 そんなことになっているとは知らない美月と葉月。

 美月をマンションまで送り届け、車で待機している副島も、何が起きているか把握できていなかった。


 薫は何度も美月と副島に連絡するが、二人ともマナーモードにしたままのようで、どちらも電話には出なかった。


 伊沢も葉月に影山が逮捕されたと連絡したが、こちらも出る気配がない。

 まだ寝ているのかもしれないと、後でもう一度連絡しようとした。

 しかし、新たな遺体が見つかったことで、鑑識課の仕事が増えて昼休憩を取るタイミングがなかなか取れずにいる。


 一方、須見下はまだ眠い目をこすりながら、アパートから出ると、伊沢のマンションの前に高級そうな黒い車が停まっていることに気づく。

 気になって運転席の男を見れば、まるで執事を絵に描いたような年配の男が座っていた。


「二階堂家の執事か……? なんで、ここに?」


 葉月を迎えに来たのだろうかと小首を傾げる。

 まだ二日しか経っていないのに、過保護すぎやしないかと思った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る