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「お姉ちゃん、勝手に入ってこないでよ。一応、伊沢さんの家なんだから……」
「あら、ごめんなさい」
玄関から少しヒールのある白いパンプスを脱いで上がろうとしていたお姉ちゃんを、私は痛い顎を抑えながら止めた。
家主の許可なく、勝手にあげてはいけないだろうと……
「伊沢さんに電話してみるから、ちょっと待ってて」
「電話? 何? いないの? 葉月のお友達の鑑識さん」
「警察には土日関係ないみたいよ。昼休みに一度戻って来るって言ってたけど……」
「ふーん」
お姉ちゃんはパンプスを履き直して、玄関からキョロキョロと部屋の様子を見回す。
私は寝ていた部屋に戻って、枕元に置きっぱなしにしていたスマートフォンを掴んだ。
画面が真っ黒だ。
電源が切れている。
充電器につなげて、少し待つと電源が復活した。
そして、伊沢さんから何回か着信の通知が来ていた。
着信履歴をタップして、伊沢さんにかけてみたけど、今度は伊沢さんの方が繋がらない。
どうしようかと思っていると、お姉ちゃんが私を呼ぶ声がする。
「葉月、まだ?」
「ご、ごめん、もうちょっと待って」
もう一度掛け直そうとすると、伊沢さんからの折り返しが来た。
「あ、伊沢さん。すみません、電話出られなくて……」
『ああ、それはいいの。寝てたんでしょう?』
「はい……それで————」
『それより、影山が逮捕されたわ』
「え……?」
影山先生が逮捕された?
なに、急に、何が起きてるの?
『それと、残念だけど、やっぱり葉月ちゃんのお姉さんは影山の共犯だったわ。
お屋敷にいない?
それは……そうよ。
だって、今ここにいるもの。
ちょっと待って、やぱりお姉ちゃんは共犯?
逮捕状も出た……?
「————あら日吉、何か用?」
玄関からお姉ちゃんの話し声がまた聞こえて来た。
今回は私を呼んでいるんじゃない。
お姉ちゃんにも電話がきてるんだ。
『もしもし? 葉月ちゃん聴いてる?』
「…………」
私はお姉ちゃんの方を見た。
「あらそう……それで? ……ふーん、なるほどね。わかったわ」
お姉ちゃんは通話を終えると、また私に話しかける。
「葉月ぃ……どうしよう? 私、警察に捕まるみたぁい」
『え? 葉月ちゃん? ちょっと、今の声何? どこにいるの?』
「私何も悪いことしてないのにさ……おかしいよねぇ? そう思わない?」
『葉月ちゃん? 聞こえてる? ねぇ、葉月ちゃん!』
「宿った新しい命を、簡単に切り捨てちゃうクズの最期を綺麗に彩ってあげただけなのにさ……酷いよねぇ、本当に。私の作品の価値がわからないなんてさぁ警察は」
お姉ちゃんは、そう言いながら土足で上がり込んだ。
私が転んだフローリングの上に、パンプスのヒールが擦れた跡がつく。
手に持っていた紙袋をテーブルの上に置いて、一歩一歩、私に近づいて来る。
「葉月ならわかってくれるよね? 私は何も悪くないって……悪いのはあのクズどもだって……ね? わかってくれるよね? 葉月。私たち、双子の姉妹だもの。ね、葉月」
お姉ちゃんは笑っていた。
誰が見ても美しいと思う、お母さんに似た美しい顔、色の白い肌、胸元の三日月のネックレスに、光が反射してキラリと光る。
美人で明るくて、誰からも愛されるその笑顔をこちらに向けながら、すっと左手を伸ばして、私のスマートフォンを取り上げた。
「ちょっと……お姉ちゃ……」
「————こんにちはぁ。鑑識課の伊沢さんですよね? 妹がお世話になっております。姉の美月です」
自分の耳に当て、勝手に伊沢さんとの通話を続ける。
「ごめんなさいね、勝手に。でもね、私、あなたたち警察のお世話になるつもりは全くないの。……え? あらやだ。大丈夫ですよ。葉月に何かしようだなんて思っていませんわ。私の大事な妹ですもの」
お姉ちゃんは笑顔で私の頭を撫でて、手櫛で私の寝癖を直した。
「ただちょっと、もう少しお時間をいただけないかと」
撫でられるたび、今まで感じたことのない恐怖が私の体を硬直させる。
「だって、まだあと三作残っているでしょう? あと三作で完成するんです。十二作品が全て。お祖父様が愛した女たちを、お祖父様の愛した絵と同じように飾り付けてあげた私の作品が」
まるで金縛りにでもあったみたいに、目だけしか動かない。
怖くて、怖くて、それ以外どこもう動かせなかった。
「作家なら、一度始めた作品には最後まで責任を持たないと。完成させて初めて、やっと価値が生まれるものでしょう? まぁ、中には未完成のままの方が趣があっていいなんて考えもあるでしょうけど……私の場合は違うの。世界中のファンが待っているのよ」
殺人をしたのは、影山先生だけかもしれない。
でも、お姉ちゃんはその殺された遺体を使って、作品を作り上げた。
きっと、そういう認識なんだ。
死んだ人を、花やリボンと同じように、作品の一部としか考えていない。
「あと三人。あと三人用意してくれれば、それでいいのよ。ねぇ、お願いよ。いいでしょう? それに、私はちゃんと、人を選んでいるのよ? 誰彼構わずなんて節操のないことをじゃないわ。尊いお祖父様の子供を殺した……罪を犯した罪人を選んでいるのよ? それに、命を粗末に扱う人間の最期を、美しく彩ってあげているのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ」
狂っている。
この人は誰?
私の知ってるお姉ちゃんじゃない。
私から、何もかも奪って、嫉妬心すら奪っていく……心まで優しいお姉ちゃんじゃない。
誰……
こんな人知らない。
こんな女、私は知らない……————
恐怖、それから、急に私の中でふつふつと怒りが湧いてきた。
人の死を笑うこの女が許せない。
どんなに最低な人間であろうと、人間が人間を好き勝手扱っていいわけがない。
医者になるんじゃなかったの?
医者になって、命を救う仕事に就いて、将来は二階堂総合病院の院長として相応しい人間になるんじゃなかったの?
お祖父様も、お父さんも、お母さんも、みんなお姉ちゃんがそうなるように、私よりも大事に大事に育てられてきた。
なのに、何よこれは……
こんなの、お姉ちゃんじゃない。
二階堂美月は、こんな人間じゃない。
「……わるな」
「ん? 何? 葉月? 何か言った?」
「私に触るな!!」
気がつけば、私はお姉ちゃんの頬を叩いていた。
お姉ちゃんの白い肌に、くっきりと赤く私の手形がつく。
お姉ちゃんが耳に当てていた私のスマートフォンは、その衝撃で床に転がって、壁に激突した。
「葉月……? どうして……」
「あんた誰よ! お姉ちゃんじゃない。あんたなんか、お姉ちゃんじゃない!!」
「何言ってるの? お姉ちゃんよ? 葉月?」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うちがう……」
こんなの、お姉ちゃんじゃない。
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