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深夜近くになって、やっと須見下さんが伊沢さんの部屋に来た。
捜査一課の刑事たちの付き合いでそうとうお酒を飲まされたみたいで……千鳥足だったけど、直接話したかったからなんとかたどり着いたみたい。
「よくわからない……さっさと帰りたかったのに、中々帰してもらえなくて……」
「運転手のあんたにまで飲ませるとか……捜査一課は何してるの?」
「芸術連続殺人事件の解決祝いをしてなかったから……だって、一課長が……」
伊沢さんは水が入ったペットボトルを須見下さんに投げて渡したけど、受け取ろうとしたその手は見事に空振りして、ボテっと床に落ちる。
それを須見下さんは拾い上げて、キャップを外し一口飲むと、大きくため息を吐いた。
「運転は所轄の刑事が変わってくれたから……飲酒運転ではないぞ」
「わかってるわよそれくらい。警察官、それも、元交通課のあんたがそんなことするわけないじゃん。それより、取り調べは? どうなった?」
「ああ、それなんだが……」
須見下さんはもう一口水を飲んでから、伊沢さんの質問に答える。
「やっぱり、影山大志が真犯人だ。姉の彩乃が言っていたよ。ドライブレコーダーに映っていたのは弟に似ているし、車も自分が大学の入学祝いに買ったものだって————それに、最初に殺された被害者とは高校生の頃付き合っていたそうだ。別れた後、『もしまた会ったら、俺はきっと、あの女を殺してしまうと思った』と、殺意を仄めかすようなことを言っていたらしい」
私はショックで言葉が出なかった。
取り調べで影山先生のお姉さんが話した内容は、私が見つけた別荘の映像と重なる。
きっと、伊藤
影山先生と付き合っていたのに……恋人がいたのに、そういうことを簡単にやって、なんとも思っていない。
妊娠して、中絶しても、なんてことないみたいに、平然としていたなんて……
「それに、八番目の被害者・水瀬
「LINEのやりとり? え、被害者のスマホは見つかっていないんじゃなかった? 見つかったの?」
「いや、今日
被害者の荷物も見つかっていないし、スマートフォンももちろん見つかっていない。
電源でも入れば、場所が特定できるって話だったけど、どれも電源は入っていなかった。
「あれ……? でも、それならどうしてすぐに身元がわかったんですか?」
何も持っていないのに、被害者の名前はすぐに報道に出ていた。
私はそれを疑問に思って聞いてみると、表には出ていない事実を知らされる。
「身分証明書だよ。セーラー服のポケットに運転免許書や学生証が入っていた。ああ、これは確か報道には出てないか」
「それじゃぁ、被害者が誰かすぐにわかるようになっていたってことですよね?」
「ああ、そうなるな。普通こういうのは身元を特定できるものは持っていないで、特定するのに数日かかるものなんだが……」
それなら、やっぱり妙だ。
犯人は影山先生だとして、どうして、わざと被害者の名前がすぐにわかるようにしたんだろう?
最初の被害者だって、影山先生は過去のことだけど関係者になる。
身元がわかれば、容疑者になり得たはず……
「最初の被害者が見つかって、容疑者のあぶり出しをしていた時だったわよね、二人目の被害者の遺体が見つかったのは……」
「ああ、だから
「……それって、
須見下さんと伊沢さんは私の質問に顔を見合わせた。
「確かに、それもあるかも知れない。でも、それならわざわざ
「そうね、何か、別の目的でもあったかも……例えば————」
「例えば?」
「……粛清のつもりだった、とか?」
伊沢さんは私が話したお祖父様の買春の話しを須見下さんにもする。
「影山の姉の証言が本当なら、被害者はみんな、お偉いさんたちの相手をしてお金をもらっていたって事になるわよね? それも多くは未成年の女の子。お互いに悪気もなく、妊娠してもなんのためらいもなく中絶手術を行っているわ。それに、これを見て」
伊沢さんは私が見つけた別荘の映像を須見下さんに見せる。
「この人は次期総理大臣だし、こっちはあの大手のダイオウデパートの社長よ。カットされてるけど、この場には葉月ちゃんのお祖父さん、二階堂総合病院の院長もいる」
そして、その映像を見て須見下さんは目を丸くする。
「この男……警視総監の弟じゃないか?」
「へ? 警視総監の弟?」
伊沢さんは首を傾げながら、私が誰かわからなかった男の顔をよく見た。
「確かに、警視総監に似てるけど……弟って?」
「前に一課長が警視総監に呼ばれた時、たまたま一緒にいたんだ。警視総監の弟……確か、どこかの地方で市議会議員をやっていたはず」
「市議会議員? そういえば、そんな話があったわね……関西の方じゃなかったかしら?」
私は全くわからなかったけど、警視総監って、確か警察の中でもものすごく偉い人だったはず……
この人の弟が事件に関わっているから、きっと警察の上層部から圧力がかかっていたんだわ。
他にもいろんな権力者たちが絡んでいる。
だから……
「でも、信じられないわね。あの一課長がこんな事件を上がいう通りにホイホイしたがってるなんて……」
「ああ、それは俺も疑問だった。でも、影山が犯人かもしれないと考えているからじゃないのか? 身内をかばって……」
「それもあるけど、一課長ってキャリア組と違って現場からの叩き上げでしょう? それが、まるでキャリア組の奴らと同じようなことしてるじゃない。一課長なら、身内だろうがなんだろうが犯罪者は許さない、正義の刑事ってイメージがあったんだけど」
伊沢さんの話によると、時枝さんは権力に屈するようなタイプではないらしい。
それでも、頑なにこの件の再捜査をしようとしないのは、何か別の理由があるんじゃないかと思っている。
「須見下が一課に来たのは最近だから、知らないでしょうけど……一課長が警部時代の相棒を逮捕したのは有名な話よ? 身内にも厳しい人だって、うちの課の先輩もよく言っていたし」
「そうなのか?」
急に一課に引き上げられた須見下さんは、そこまで時枝について詳しくは知らないみたいで、首を傾げている。
「俺には、ただの近所のおじさん……っていうか、親戚のおじさんみたいな感じで、そんなに厳しいと思ったことはないんだが……まぁ、一課長のことは置いておいて、影山が真犯人として捜査を進めよう。あと、問題なのは……————」
須見下さんは視線をPCの画面から私の方へ移した。
「影山と葉月ちゃんのお姉さん付き合ってるんだろ? お姉さんが、この事件に関与している可能性だ」
「……お姉ちゃんが、関与? なんで、ですか?」
「離れのことを、影山はどうやって知った? 絵のことは? いつから知っていた? 事件より前に知っていなければ、再現はできないだろう?」
そうだ。
確かに、影山先生が犯人だとしたら、いつ、あの絵を見たの?
いつから、あの地下室を使っていたの?
「葬儀場で話した時、俺は君に二つの説を話したの、覚えているかい?」
『二階堂家に出入りしている人間が犯人だと知っていて、かばっている……か————それか、君が事件に巻き込まれないためだよ』
隼人のお姉さんの葬儀の時、須見下さんに言われたことを私は思い出して、私は頷いた。
やっぱりお姉ちゃんは、犯人を知っている。
そして、かばっているんだ。
犯人は、影山先生だ————
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