7 Luna
1
私文書偽造の容疑で、影山の姉・陽野彩乃が任意で取り調べを受ける。
叔父が捜査第一課長の時枝ということもあり、検察と警察庁の人間が秘密裏に動いてた。
須見下はその様子をイヤフォンで聞きながら、時枝の運転手としていつものように捜査会議に同行。
『確かに、私が手術を担当しました。でもそれは、科長の指示に従っただけです。同意書が偽造だったなんて……そんなこと、知りません』
彩乃は同意書が偽造であることは知らない。
全て科長の指示に従っただけだと主張している。
担当医が途中から変更になっているのは、その科長の指示に従っただけ。
捜査官は彩乃に質問を続けた。
『そうだとしても、被害者の顔も名前もあなたは全て報道で知っていたはずでしょう? あれだけテレビでもネットでも取り上げられていて……おかしいとは思わなかったんですか? 自分の担当した患者が立て続けに殺されていることに……』
『それは……その、思いました。でも、私は……』
『あなたがやったんじゃないんですか? 弟の影山大志さんは、犯行現場の地下室がある二階堂家に家庭教師として出入りしていましたよね? このドライブレコーダーの映像に映っている男は、その大志さんでは?』
『…………』
しばらく沈黙した後、彩乃は声を震わせながら答える。
『…………やっぱり、そうなんでしょうか?』
『やっぱり……とは?』
『私も、これはもしかしたら大志なんじゃないかって、思っていました。背格好も似ているし、この車だって、私が大学合格祝いに買ってあげた車と同じ気がして……でも、大志が————そんなことをするなんて信じられなくて』
須見下は堂々と捜査会議を取り仕切っている時枝を見ながら、眉をひそめた。
やっぱり、あの映像の男は、影山で確定した、と。
姪と甥が事件に関わっているのであれば、時枝が事件をレオンの犯行として終結させたかった理由に十分なり得る。
『殺したのが一人ならまだわかるんです。最初に殺された……あの子————大志が高校生の頃、一時期付き合っていた子ですから』
*
三年前、影山大志は卒業間近の高校三年生。
芸術殺人事件の最初の被害者・伊藤
影山は、
許されるなら、すぐにでも結婚したいと本気でそう考えていた。
だが、自分の家族に紹介しようと家に
「あの子はダメよ。やめておいた方がいいわ」
「……え? なんだよ、いきなり」
「あの子、去年
「え?」
本来なら患者の個人情報を、自分の家族に漏らすものではない。
だが、可愛い弟が結婚まで真剣に考えている相手だ。
彩乃は黙っていられなかった。
「あんたがちゃんと避妊してないとも思えないし……ていうか、どこまでいった?」
「いや、待ってよ……意味がわからない。避妊とか以前に、俺はまだ、
そういう欲がなかったとわけではない。
彼女を本当に心から愛していた影山は、
キスはしても、それ以上のことはまだ一切していない。
それが、自分の知らないところで、妊娠していて、さらには中絶手術まで……
「理由は!? そういうのってあれだろ? 無理やりされて……って、いう場合もあるじゃないか。レイプされて……とか」
そんな風に考えたくなかったが、あの
それに、もしそうだとしたら、どうして自分に相談してくれなかったのかとも思う影山。
しかし……
「違うわ。別れた彼氏の子供だって言ってた。まだ高校生だし、相手も自分も望んでいないからって……そう言っていたわよ。それに……」
「それに?」
「一人で来てた。普通、未成年の場合、母親と一緒に来るものなんだけどね……たまにいるのよ。一人で来て、同意書にサインも揃っている子が」
二階堂総合病院の産婦人科医になって、3年。
彩乃は噂で聞いたことがある。
「お偉いさん達がね、ああいう若い子集めて、色々とやってるらしいの」
「色々って?」
「買春よ」
「え……?」
「私も、噂程度でしか聞いてこなかったけど……特に未成年の子が多いって話よ。ロリコン親父たちが、若い子をお金で買ってる。大物の政治家とか、警察の上層部だとか、どこかの社長だとか……
それまで、そういう子たちの担当は去年まで務めていた彩乃の先輩医師が科長の命令で担当してきた。
その先輩が辞めてからは、彩乃が科長からの命令で手術を行なっている。
それが、偽物の同意書かどうかまでは知らなかった。
だが、度々こういうことがあって、彩乃はそれを不審に思ってはいた。
何か犯罪に加担させられているような気がして、一度科長に聞いてみれば「君は知らなくていい。黙って従え。これは院長命令だ」と言われている。
二階堂総合病院では、上からの命令は絶対。
昔ながらのパワハラも当たり前にある。
上の命令に逆らって、病院を追われた医師をたくさん見て来た彩乃は、科長の命令に背くことができなかった。
それに何より……
「————そのロリコン親父たちが使っている場所、提供してるのは誰だと思う?」
「場所?」
「父さんよ。だから、科長はあえて私にさせているの。こんなこと世間に知られれば、終わりだからね。あの子が誰の子供を妊娠したのかまでは流石に私も知らないけど…………父さんの可能性もあるわ……」
彩乃の話をにわかには信じられなかった影山は悩んだ。
彼女が売春をし、それを父親が買ったかもしれないなんて……すぐに信じる方がおかしい。
影山は月からそんな様子は一切感じられなかった。
そうして、卒業式の前日、影山は意を決して
「なんだ、バレちゃったんだ」
「バレちゃったんだって……どういうことだよ」
「お金もらって寝ただけよ。安全日の計算間違っちゃって、うっかり妊娠しちゃったけど……でも、大志のお父さんじゃないよ? 私の相手は」
「は……?」
「大志のお父さんはあの親父たちの中では一番イケメンだったから、よく覚えてるんだ。向こうは私のことなんて覚えてないだろうけどね。数いた女の一人だし。私が相手したのは顔は大したことなかったけど、お金だけはすごい持っててさぁ……」
まるで大したことでもないかのように、いつもの調子で当時のことを話す
それまで可愛いと思っていた顔が、急にとても気持ちの悪いものに思えてくる。
「このネックレスもくれて、このバッグもそう。もらったお金で買ったんだぁ。かわいくない?」
それがあまりに下品で、耐えきれず影山はすぐに
影山は、下品な女が一番嫌いだった。
影山は幼少期に、父方の叔父が婚約者の不貞行為が原因で自殺未遂をしたのを見ている。
よく遊んでくれた叔父が大好きだったこともあり、恋人がいるのに、他の男と平気でそういう行為をする女は許せない。
男もそうだ。
一人この人だと大切な人を決めたのなら、なぜその大切な人を傷つけるようなことができるのか、全く理解できない。
もう二度と、会いたくないと思った。
「もしまた会ったら、俺はきっと、あの女を殺してしまうと思った」
泣きながら家に帰ってきた影山がそう言っていたのを、彩乃は覚えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます