6 Mire


 影山大志は、二階堂家の執事として仮採用されていた。

 今大学は春休み期間中のため通う必要はなく、まだ試用期間ではあるが本採用となれば大学を中退するか、このまま卒業までは学業と両立させるか要相談とのこと。


 影山の前に雇った執事候補二名の内一名は、メイドを盗撮したということで解雇。

 もう一名は、とても真面目な青年で、懸命に仕事を覚えようとしているが、まだまだレオンのような有能な執事になるには程遠い。

 しかし影山は、葉月の家庭教師をしていたこともあり頭がいい。

 立ち居振る舞いも、他の2名と比べると育ちがいいせいかさまになっている。


 フランスの血が入っていたレオンとは顔の作りは違うが、鼻筋の通った横顔が美しく、いわゆるイケメンだ。

 燕尾服もよく似合っているし、家庭教師として使用人たちとも面識があるため打ち解けるのも早い。


 影山の実家は父親が代々続く不動産会社の社長。

 母はピアノ教室の教師で、姉は二階堂総合病院の産婦人科医。

 兄は父の仕事を継ぐため、去年から父の会社で働いている。

 さらに、叔父は警視庁捜査第一課長だ。

 一般の家と比べると裕福な方だが、自由に使えるのは自分で稼いだアルバイト代だけ。

 頼めばなんでも買ってくれる……というわけでもない。

 大学に通わせてもらっているが、医療系の大学であれば食いっぱぐれることはないだろうという親の希望でそこにした。

 影山本人は何かやりたいことがあったわけではなく、それを受け入れたが、授業がつまらなさすぎて、自分には向いていないと実感し始めていたところ、この二階堂家で執事の空きが出た。


 葉月の家庭教師も終わったことだし、タイミング的にもちょうど良かったのだ。

 これで美月と会っても不自然ではなくなる。


「どうかな?」

「よく似合ってるわね」


 美月は卒業式から帰った後、燕尾服姿の影山を見て笑った。

 影山の仮採用を決めたのは二階堂家の当主である章介だ。

 親交のある時枝の甥とは知らなかったが、葉月の家庭教師をして、二階堂家の娘としてふさわしいレベルの高校に見事合格させた能力を買われていた。

 姉が二階堂総合病院の医師であるということも、加味されている。


「あとは、言葉遣い、気をつけて。慣れるまで大変だとは思うけど、あなたはあくまで執事。そのことを忘れないようにね」

「……はい。かしこまりました、お嬢様」

「上手、上手! それじゃ、私は自分の部屋に戻るわね」



 影山は美月が自室に戻った後、繭子に改めて屋敷全体を軽く案内されていた。

 そして一通り見終わった後、自分の部屋の前に戻ってきた。

 これから自分が使う部屋は、正式に採用されるまでは先に仮採用となった青年と相部屋になる。

 その部屋は管理室の真横で、玄関側から見て影山の部屋、管理室、薫の部屋という順で並んでいる。


「————影山先生?」


 その時、葉月が須見下と伊沢を連れてこちらへ歩いてきた。


「ああ、おかえり。葉月ちゃ……」


 葉月も一応は二階堂家のお嬢様。

 今日から執事として、接することになる。

 今まで気さくに話していたが、これからはわきまえなければならない。


「————いや、葉月お嬢様」


 言い直して、影山は笑みを浮かべる。

 葉月は驚いた表情で、しばらく固まっていた。



 *



「へぇ、それじゃぁ、あの新しい執事、葉月ちゃんの家庭教師だったんだ」

「ええ、まさか、執事として戻ってくるとは思ってなかったんですけど……」


 影山と別れ、管理室に入った葉月、須見下、伊沢の三人。

 葉月はモニター前の椅子に座り、後ろから伊沢が前のめりで話しかけ、そのさらに後ろから須見下は立ったまま一番上のモニターで現在の監視カメラ映像を眺めている。


「病院の映像は……えーと、多分これですね」


 モニターに映し出された二階堂総合病院の映像。

 葉月は産婦人科の待合室の映像を探す。


「保存期間はどのくらいなの?」

「……さぁ、正確にはわかりませんけど、このシステムを改良したのはレオンなんで」

「そうなんだ、じゃぁ、このPCが発売されたのは3年前のものだし、2年くらい前までなら残ってる可能性高いね?」


 伊沢はすぐにPCの型番からスマートフォンで検索をかけ、そう推理した。


「あ、ありました」


 診察記録に書かれていた日付と時間を元に、葉月は去年の3月の映像を見つける。

 八番目に殺された水瀬みなせ苺愛まいあ、妊娠当時21歳。

 ガールズバーの店員兼動画配信者で、髪はピンク色とかなり派手な見た目をしている。

 丈の短い紺色のスカートの上に、大きめの紫のパステルカラーのパーカーを着ている彼女の姿は、産婦人科の待合室のカメラの右端にはっきりと映っている。


「隣に誰もいませんね……一人で来たんでしょうか?」


 彼女の隣には、確かに誰も座っていない。

 他のカメラを確認したが、斜め後ろにお腹の大きな妊婦とその旦那らしき人物、前の席に別の妊婦が二人順番を待っているようだった。


「これって、手術を受けた日だよね? これより前の受診日のはある?」

「えーと……」


 葉月は受診記録を辿り、三人で映像を確認する。

 しかし、初診の日まで辿っても、彼女は常に一人で来ていて、周りにそれらしい人物は見当たらなかった。

 他の被害者も同様に、保護者やパートナーと思われる男の姿はカメラに映っていない。

 これは一体、どういうことなのか……


 本人が何か書類にサインをしている様子はあっても、保護者やパートナーの欄に名前を書いている人物はどこにもいない。


 これは妙だと、改めて須見下は受診記録を見直す。

 すると、初診と中絶手術を担当した医師が途中から変わっている人が五人いることに気づく。


「この五人、担当が影山彩乃あやの医師に変わってる……」

「あ、本当だ。三人は最初から影山医師だけど、他の5人は別の医師ね……」

「影山————って、さっきの執事も同じ苗字じゃなかったか?」


 須見下は資料から葉月の方へ視線を移した。

 葉月は真っ青な顔で、その医師の姿が映っている映像を見つめている。

 影山医師の横顔は、葉月が淡い恋心を抱いていた家庭教師の影山とよく似ているのだ。

 姉が医者だと聞いたことがあったのを葉月は思い出した。


「……この人が……影山先生のお姉さんだとしたら————……事件に関わっている可能性が、あるかもしれない……って、ことですよね?」


 篠田娘々ここが拉致された当時のものとされるドライブレコーダーに映っていたのは、男。

 この医師が影山の姉であれば、その男が影山である可能性があるのではないかと、葉月は考えた。

 もし、そうであるなら事件は影山姉弟による共犯によるものの可能性が出てくる。

 これから先、葉月は猟奇的殺人犯かもしれない男と、一つ屋根の下で暮らすことになるのかと、恐怖に震えていた。


「葉月ちゃん、落ち着いて。まずは証拠を見つけないと」


 伊沢は葉月にそういうと、白いUSBメモリを葉月に見せる。


「これ、うちのサイバー犯罪班からもらって来たんだ。インストールしておけば、この管理室の外……この屋敷の外からでもアクセスできるの。捜査の続きは、屋敷の外ですることにしましょう。不安なら、しばらく私の家で過ごしていいし……」

「そうだな……もし、犯人があの新しい執事だとしたら、どこかで聞き耳を立てられているかもしれない。俺たちが真犯人を追っていると知られたら……何をされるか……」

「……わかりました」


 葉月は伊沢からUSBメモリを受け取ると、それをPCに繋げた。


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