私はお祖父様から許可をもらって、入学式までの間、二階堂家に泥を塗るような問題さえ起こさなければ自由にしていいといわれた。

 影山先生が事件と関わっている可能性があることから、同じ屋敷の中で暮らすなんて耐えられない。

 ココも連れて、一緒に伊沢さんのマンションでお世話になることにした。


「いつ頃帰ってくるの?」

「……月末くらいかな? わからない」


 荷物を持って、出て行こうとしていた私にお姉ちゃんは駆け寄ってきた。


「ココにもしばらく会えないのね……少しずつでも仲良くなりたかったのに」


 お姉ちゃんは猫用キャリーバッグの中にいるココを寂しそうな顔で見つめたけど、相変わらずココはお姉ちゃんの顔を見ると威嚇するように毛を逆立てる。

 残念ながら、ココにはお姉ちゃんと仲良くなるつもりはないみたい。


「その警察官の家に行くんでしょ? 大丈夫なの?」

「大丈夫って、なにが?」

「そんな、知り合って間もない人のお家に行って何かされたりしない?」

「……何かって、伊沢さんはいい人よ。少なくとも、私の話をちゃんと聞いてくれる。この家の人間とは違うわ」


 むしろ、この家にいる方が危険。

 連続殺人事件の犯人が、いるかもしれないのだから。

 今の所一番怪しいのは影山先生。

 被害者は影山先生のお姉さんから中絶手術を受けている。


 お姉ちゃんは、今までの被害者のターゲットからは外れているから、殺されるってことは、多分ない。

 妊娠だってしていないし、中絶手術も受けてない。

 名前も、キラキラネームじゃない。

 年齢と猫顔って共通点はあるけど、恋人を殺すなんてことは、ない……と思う。


「お姉ちゃんこそ、気をつけてね」

「……何を?」

「影山先生とのことよ」


 私が二人の関係に気づいていること、誰が見ているかわからないから、具体的に言葉にはしなかった。

 でも、お姉ちゃんはそれだけで私が何を言いたいかわかったみたいで……


「……気づいていたのね」

「うん、まぁね。二人のことだから、私は何も口出しはしないけど、バレたらお祖父様やお父様が許すかどうか……」

「そうね、できるだけバレないように気をつけるわ」


 お姉ちゃんは何度も頷いた後、「何かあったらいつでも連絡するのよ」と言って、いつもの笑顔で手を振った。


 ごめんね、お姉ちゃん。

 しばらく一人にさせてしまうけど、真犯人を突き止めてみせるからね。


 どうか影山先生が、お姉ちゃんの恋人が真犯人じゃないことを願いながら、私は須見下さんの車に乗り、私が見えなくなるまで見送ってくれていたお姉ちゃんの姿を目に焼き付けた。



 *



 伊沢さんはタワーマンションの二階に住んでいた。

 上層階に行けば行くほど家賃も上がって部屋数も多くなるらしいけど、伊沢さん曰くここはいつ呼び出されてもすぐに現場に向かえるし、地震や火事が起きたら窓から飛び降りれる高さだから……というのが理由で選んだらしい。

 キッチンには冷蔵庫が二台あって、左側は普通に食材の保存用で、右側のは趣味で鑑定をする時に使う実験用だそう。


「絶対に開けない方がいい」と、須見下さんに強く言われたから、素直に従うことにした。

 よっぽど変なものが入ってるに違いないわ。

 間違えて開けないように、注意しなきゃ……


 一通り荷物も置き終わって、伊沢さんのPCで私たちはまた病院の映像を確認する。

 今度は、影山先生のお姉さん————記録ではまだ苗字は影山のままだけど、今は陽野ようの彩乃医師の動向を探る。

 二ヶ月前に結婚して、苗字が変わったらしい。

 二階堂総合病院では、医師やスタッフたちが週に二回くらいブログをアップしていて、そこに『陽野先生、影山先生ご結婚おめでとうございます』と書かれていた。


 この陽野医師なら、私も知ってる。

 お父さんと同じ脳外科の先生で、何度か二階堂家主催のパーティーで会ったことがある。

 確かこの陽野医師のお父さんも同じ医者で、お祖父様の後輩だったはず。


「サインした相手が見当たらないってことは、やぱり私文書偽造罪の可能性が高いな……同意書なしでも手術を受けられないことはないけど……提出されている同意書が存在するわけだし」

「……この医師、引っ張ってこれないの?」

「そうだな、一度、任意で事情聴取してみるか」


 須見下さんはこの捜査に協力している検察官に電話をかけた。

 何人の人が協力しているかわからないけど、その検察官は警察関係者に真犯人がいる可能性を疑っているんだとか……

 実は前から怪しい人物がいて、上層部がそれを隠していると……そう思っているみたい。


「それじゃ、もう夜も遅いし、そろそろ寝ようか。続きは明日にしよう」


 伊沢さんがそう言って、この日の捜査は終わった。

 須見下さんはこのマンションの隣に住んでいるらしい。

 他にも警察関係者が結構住んでいるらしく、セキュリティがしっかりしていて、二階堂家にいるよりよっぽど安全だと思った。


 伊沢さんがほとんど使っていない空き部屋に布団一式を用意してくれて、私はこの日初めてベッド以外で眠った。

 目が覚めた頃には、もう太陽は高く上がっていて、伊沢さんは出勤した後だった。

 テーブルの上に置かれていた朝食を食べながら、私はPCの電源を入れる。

 伊沢さんと須見下さんが仕事に行っている今、私ができるのはこれくらいしかない。


 録画された影山先生の映像を探した。

 影山先生が私の家庭教師として働いていた時、何か怪しい動きをしていないか……それを確かめたかった。

 一体いつからお姉ちゃんとそういう関係になったのかも謎だったし、もしかしたら、あの離れの方へ向かう様子とか、何かが映っているかもしれないと……


「にゃー」


 膝の上にココを乗せて、軽く撫でながら、いろんなカメラの映像を片っ端から見ていく。

 とにかく、影山先生が映っている映像を調べた。

 でも、そこで私は不自然なことが起きていることに気がつく。


「…………お姉ちゃんの部屋に、入ってない」


 二学期が終わった12月25日の午後、お祖父様に呼ばれて私が下に降りて……その間にお姉ちゃんの部屋に影山先生は入ったはずだ。

 私はその様子を、ドアの隙間から見たのだから……

 私が部屋を出た映像はあっても、影山先生がお姉ちゃんの部屋に入った映像はない。

 何度見直しても、その事実がなかったように切り取られている。


 一階から戻って来た私は、自分の部屋の手前にあるお姉ちゃんの部屋を見た。

 気づかれないように、そのまま階段を降りて……

 影山先生が私の部屋に戻るのを待って、それから自分の部屋に戻った。


 でも、映像では私が部屋を出て、階段の方から戻って来ているだけ。

 間がすっぽり抜けている。


「編集されてる……」


 私は他の映像も見直した。

 すると、いくつかの箇所でおかしいところがあるのを見つける。


 窓の前に飾ってある花瓶の影の位置がずれていたり、ドアが少し空いていたと思ったら、誰もいないのに閉じられていたり……

 明らかに切り取られて編集されていた。


「…………誰が、こんなこと……」


 お姉ちゃんと影山先生の接点が、綺麗になくなっている。

 廊下ですれ違って、挨拶を交わすくらいのことはあったはず。

 それもない。


 二人の関係を、知っていて、消した?

 管理室のことを知っている人……————思い当たるのは、レオンと日吉さん。

 それか、お姉ちゃん?


「……まさか、ね」


 お姉ちゃんが監視カメラの位置を気にしていたようには思えない。

 きっと、レオンだ。

 いつもお姉ちゃんのそばにいたんだもの……レオンがやったんだ。

 影山先生との関係を、レオンは知っていたんだわ。


 私はそう思った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る