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「卒業おめでとう、葉月ちゃん」
「ありがとうございます」
私は、卒業式の後、あの学校近くの喫茶店に来ていた。
今日は非番だという須見下さんと伊沢さんが、事件のことで私に聞きたいことがあるらしい。
レオンが死んで、一応私の受験が近かかったこともあって、しばらく会っていなかった間にも、
そのうち、一件はおそらく本物の仕業だろうと須見下さんたちは考えている。
「実は、事件の資料を改めて見直していて、気づいたことがあって……」
警察も検察もレオンが死んで、もうこれ以上事件を調べるつもりはやっぱりないみたいで、非公式に須見下さんたちは動いている。
レオンが犯人じゃないことを知っている須見下さんと伊沢さん、それから他にも数名協力者がいると言っていた。
その内の一人が、被害者の住んでいた部屋を徹底的に調べたらしい。
そうして、見つかったのが、病院の診察カードだった。
「二階堂総合病院、みんな、そこの診察カードを持っていた。二階堂総合病院は、大きな病院だから持っていてもおかしくはない。でも、全員が産婦人科を受診していたんだ」
「産婦人科……ですか?」
「ああ、それも、全員、中絶手術を受けている」
一体どこで入手して来た情報なのか、須見下さんたちは被害者たちの診察記録にはそう書かれていると、資料を見せてくれた。
「中絶……? じゃぁ、みんな子供ができたのに……殺したんですか?」
被害者も、人殺しだった?
それも、まだお腹に宿ったばかりの、小さな命を……
それを殺人と呼んでいいのか、私にはわからない。
適切な言葉が浮かばなかった。
「未成年の場合、保護者の同意が必要になる。でも、同意書のサイン、書いたのは保護者じゃない、別の誰かだ」
「別の誰か……?」
「ああ、山下
伊沢さんによると、共通する文字を見比べて筆跡鑑定をしてみたところ、書いたのは同一人物。
「……それで、病院の監視カメラの映像を確認したいの。二階堂家の管理室からなら、病院の監視カメラの映像も確認できるって、前に葉月ちゃん言っていたよね? この同意書を、書いた人物の顔が映っていれば…………真犯人の可能性、十分に高いと思わない?」
「それは、確かに……」
犯人はレオンじゃない。
それは確実なことだったけど、まだ本当の犯人にはたどり着けていなかった。
同意書にサインする姿が映っていれば、被害者と一緒に病院に来ている姿が映っていれば、犯人はきっとその人だ。
私は、やっとこれで真犯人が捕まると思うと、嬉しかった。
レオンがお母さんと不倫していたことは、許せない。
でも、犯人じゃないレオンが犯人として死んで、何人も人を殺している本当の犯人が自由にしていることが許せなかった。
警察はもう新たな遺体が見つかっても、連続殺人事件として扱ってくれなくはなったけど、それでも人が死んでいる。
被害者が例え犯罪者であっても、人を殺してはいけないことくらい、小学生でもわかること。
それをあんな風に作品として、アーティスト気取りでやっている犯人は許せないし、それと同時にとても怖いと思った。
早く捕まって欲しい。
隼人のお姉さんを殺したのは、レオンじゃない。
もう私は隼人と会うことはないだろうけど、レオンを憎んでいる遺族の人たちにも、それを知って欲しかった。
「わかりました。それじゃぁ、今から行きましょう。早く犯人を見つけて、止めないと……」
離れで見つかった絵は、全部で十二枚。
残り四枚。
あの絵の通りに殺しているなら、残り四件の殺人も、実行される前に止めなくちゃ。
私たちは喫茶店を出て、須見下さんの車で二階堂家に向かった。
*
「おかえりなさいませ、葉月お嬢様」
玄関の近くにいた日吉さんは、いつものメイド服じゃなくてスーツを着ていた。
ちょうどこれから屋敷の外へ行くところだったみたい。
私に頭を下げたあと、須見下さんと伊沢さんの顔をちらりと見る。
「警視庁の方々ではありませんか。当家に何かご用ですか?」
お祖父様が警察の捜査に協力していたから、日吉さんも当然二人の顔は知っている。
でも、私たちが事件のことをまだ調べているとは、思っていないと思う。
私は、二人がここに来た理由を悟られないように返した。
「確かにお二人は警察の方だけど、お友達になったのよ。私が刑事ドラマをよく観ていたの、日吉さんも知ってるでしょう?」
「ええ……確か、2年くらい前に熱心に観ていらっしゃいましたね」
「……本物の刑事さんとお友達になれるなんて、滅多にあることじゃないでしょう? 私たちのことは気にしないで、自分の仕事に戻って、いいわ。日吉さん」
日吉さんは、ピクリと右の眉を一瞬動かしたけど、すぐに元の無表情に戻る。
「かしこまりました。お部屋にお茶をお持ちしましょうか?」
「結構よ。繭子さんに頼むから……」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
日吉さんは二人に軽く会釈すると、歩いて駐車場の方へ向かう。
日吉さんがいない今なら、余計な邪魔は入らない。
私たちはすぐに管理室へ向かう。
「本当に、あの家政婦さんはいつ見ても不気味だな……」
廊下を歩きながら、須見下さんはそう漏らした。
「そう? 私は、有能な家政婦!って感じがして、結構好きだけど。ほら、何年か前のドラマであったじゃない?」
伊沢さんはそのドラマのタイトルがなかなか出てこないみたい。
「なんてタイトルだったっけ? あれ私結構好きだったのよね。事件ものだったし。あの、ほら、完璧な家政婦のやつよ。主役の役者さんが女装して……」
「……ああ、家政婦のミ————」
私はドラマのタイトルを口にしようとしたところで、言葉を失ってしまった。
廊下の先に、いるはずのない人物がいたからだ。
「……影山先生?」
受験が終わって、もう会うことはないと思っていた、影山先生がいる。
それも、二階堂家の執事の象徴である、昔ながらの燕尾服姿で————
「ああ、おかえり。葉月ちゃ……————いや、葉月お嬢様」
私のことを、お嬢様と呼んだ。
(6 Leon 了)
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