芸術アート連続殺人事件の犯人が拘置所で死亡したニュースは、全国に広まった。

 警察の発表によると、自殺とのこと。

 そのため被疑者死亡により、この事件は不起訴となった。


 満島レオンを執事として雇っていた二階堂家は、沈黙を守っている。

 遺体を引き取ることも、弔うこともしなかった。

 そして、レオンの遺体は誰も引き取り手がなく、火葬後に無縁墓に埋葬されたらしい。

 レオンには家族も親戚もいない。

 彼は母を亡くしてから、天涯孤独であった。


 長い間愛人関係にあった珠美も、和章に関係が知られていたと知ってから、一度もその名を口にすることはせず、何もなかったようにいつも通りに過ごす。

 芸能人であるため、たまに記者からレオンについて聞かれることもあったがのらりくらりとかわしていた。

 美月も、レオンの死を全く気にしていないようで、いつものように放課後はネットゲームを楽しみ、受験勉強の追い込み中の葉月は、その笑い声に悩まされたが、なんとか志望校に合格。

 卒業式で、卒業生代表として壇上に上がった美月は、少し大人びて見えて、おそらく歴代の卒業生代表の中で一番美しい卒業生だろうと保護者たちが話していた。


 そして、最後のホームルームの後。

 美月は教室の黒板の前で、卒業するのが悲しいと他のクラスメイト数名と泣いていた。

 葉月はその様子を廊下から眺める。

 レオンが死んでも、涙ひとつ見せなかった美月が泣いているなんて、信じられなかった。


「……おい、葉月」


 後ろから隼人に声をかけられ、葉月は振り返る。

 隼人と話したのは、レオンが逮捕されてから初めてのことだった。


「なに?」

「お前との縁も、これで最後だから……あの執事のことは、許せないし、お前は何も知らなかったって、わかってるけど……」


 隼人は葉月と目を合わせることはしなかった。

 視線は下を向いていたが、それでも、九年もの長い間共に過ごした葉月に、言いたかった。


「今まで、ありがとな。それと、卒業、おめでとう」


 隼人は葉月と違う高校に進学する。

 きっとこれが、隼人の交わす最後の言葉だろうと葉月は悟った。

 葉月はレオンが犯人じゃない証拠を持っていたけれど、それを隼人に言って何になるのだろうと思った。

 そんなことをしても、もう、無実の罪を被って死んだレオンも被害にあった隼人の姉も、帰ってこない。


「……あんたもね」


 隼人は何もなかったように葉月の横を通り過ぎ、ちょうど後ろのドアから廊下に出てきた彼女と一緒に校舎を後にする。

 いつまでも、もう帰ってこない誰かの死を引きずっていられない。

 高校生になっても、彼女と仲良くやりなさいよ……と、その背中に心の中で葉月はエールを送った。


「————葉月、どうしたの?」


 葉月が廊下にいることに気づき、美月は声をかけるが、葉月は隼人たちが見えなくなるまで振り向かなかった。


「……別に、なんでもない」

「向こうに誰かいるの?」

「違うわ、それより、もういいの?」

「……何が?」

「別れを惜しむのは、もういいのって聞いてるの」

「ああ、もう大丈夫よ。これ以上いたら、夜になっちゃう。それに、私と仲良くしてくれていた子たちはほとんどみんな同じ学校に行くから」

「……その割には、泣いてなかった?」

「ああ、だって、卒業式って、泣くものでしょ?」


 美月は無邪気に笑いながらそう言った。

 そこで、やっと葉月は美月の方を見る。


「お姉ちゃんて、本当に……なんというか……」

「……ん? なーに?」

「……なんでもない」


 ————何を考えているのか、わからない。


 そう口に出そうとしたが、葉月は言葉を飲み込んだ。

 美月は自分と葉月が違うのは外見だけで、性格は似ていると言い張ることがある。

 双子なんだから、似ているに決まっていると、なぜか言い張るのだ。

 一緒に暮らしているのだから、似ていて当たり前。

 姉妹なんだから、血が繋がっているんだから……と。


 自分にできることは、葉月にもできて、自分がいいと思うものは、葉月も好きだろうと言ったりすることがある。

 双子であっても、似ているところは少ししかない。

 同じなのはプリンが大好物であること、身長くらいだ。


 髪質も、肌の色も、体型も違う。

 美月はコーヒーが苦手だが、葉月はブラックでも飲める。

 勉強もできて、スポーツに、芸術にも才能がある美月。

 勉強はそこそこ、スポーツはまるでダメ、芸術には興味がない葉月。


 来月からは別々の高校に通う。

 葉月はこれでやっと、少しだけ姉と比べられる機会が減ると内心喜んでいた。

 でも、美月は違う。


「葉月も同じ学校を受験すればよかったのに……」

「私じゃ無理よ」

「そんなことないわ。私の妹だもの、頑張れば行けたわよ」

「今更何言ってるの? お姉ちゃん」


 小学校では六年間同じクラスで、中学の三年間は隣のクラスになった。

 そのクラス分けが発表された時、「二人で同じ高校に入ったら、きっとまた同じクラスになれるわ」と美月が言っていたことを葉月は思い出す。

 その時からすでに、二人の成績には差が出始めていたというのに、美月は本気でそう思っていた。


「よし、それじゃぁ帰ろうか。副島ももう迎えに来てるだろうし。葉月も乗って行くでしょ?」

「いや、私はいいよ。歩いて帰る。それに、約束があるの」

「……約束?」

「じゃぁね」


 葉月は美月より先に一人で校舎を出る。

 誰と会う約束をしているとか、どこへ行くとか、美月に聞く暇を与えなかった。

 美月は葉月の後ろ姿を見つめながら、小首を傾げて呟く。


「……放課後に会うような友達なんて、葉月にいたかしら?」


 このまま密かに葉月の後をつけてみようかと、美月はポケットからスマートフォンを取り出して副島に歩いて帰ると連絡しようとした。

 ところが、一件のメッセージが届いてることを確認すると、すぐに校舎を出て副島が待つ車の後部座席に乗り込んだ。


「さっさと帰って。できるだけ急いでね」

「はい、かしこまりました」


 レオンが使っていたその車は、風に吹かれて桜の花びらが舞い、反射的に目を閉じて立ち止まった葉月の前を通り過ぎる。

 よく晴れた、風の強い三月の昼下がりのことだった。



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