芸術連続殺人事件と酷似した遺体が新たに発見された日、須見下は時枝に詰め寄った。


「やっぱり、これは真犯人の仕業っすよ! 一課長、真犯人がまた殺しを始めたんす」


 レオンが犯人ではないと思っていた須見下は、このまま真犯人が殺人の手を止めるとは思っていなかった。

 一ヶ月以上経過し、真犯人が再び殺人を始めたのだと主張する。


「相手はサイコパスなんすよ。あの容疑者の精神鑑定の結果から見ても、やっぱり別人なんす。ドライブレコーダーの映像だって、金髪には見えなかったし……身長だって————」

「須見下、しつこいぞ。あの事件は、満島レオンが犯人だ。何度言ったらわかる? 真犯人なんて、いるはずがないだろう」

「でも……それじゃぁ、あの遺体はなんですか!?」

「また模倣犯の仕業だろう。司法解剖の結果が出ればすぐにわかることだ」


 しかし、時枝をはじめ、警視庁捜査第一課の刑事たちは、それを決して認めようとはしない。

 犯人は満島レオン。

 芸術連続殺人事件は、犯人逮捕で解決した。

 その一点張りだった。

 こう頑なだと、須見下が出した結論はこうだ。


「————上層部っすか? 上からの指示っすか? 一体誰がそんなこと……」

「…………」


 時枝は否定も肯定もしなかった。

 時枝よりも上の階級————警察官僚からの圧力がかかっているのは明白だ。


「いったい誰っすか? 誰が、捜査の邪魔を……?」


 時枝は一度、深いため息をついてから須見下の肩に手を置いた。


「お前こそ、少し落ち着け。一体どうしたんだ? やけにこの事件にこだわるな」

「それは……だって、人が死んでるんすよ? それに、あの子————」

「あの子?」

「二階堂院長の孫っすよ。あの子も、満島が犯人じゃぁないと……」

「ああ、妹の方か。そんなの、気にしなくていい。確かに犯行現場はあの子のおかげで特定できて、犯人も逮捕できた。だが、ただの中学生だ。まだ子供だ。そんな子供の意見をいちいち真に受けてどうする」

「だって……」


 須見下が葉月に肩入れしてしまうのは、昔の自分に葉月が似ているからだった。

 須見下も葉月と同じくらいの歳の頃、大人たちが誰も話を真剣に聞いてくれなかった経験がある。

 幼い頃からレーサーを目指していた須見下。

 しかし、一つ年下の従兄弟の方がレーサーとしての才能があり、須見下はプロになることはできないと悟る。

 中学の頃はそのため少々荒れていた。

 そして、いつの間にか暴行事件の犯人にされかけたことがある。

 結局、犯人は須見下の従兄弟だったのだが……


 その時、須見下の話を唯一信じてくれたのが、交通課の係長。

 須見下に警察官になるのを進めた恩師でもある。

 刑事になることを伝えると、精一杯頑張ってこいと背中を押された。


「いいか、須見下。お前はまだ刑事としての経験が浅い。それに、捜査は単独でするものじゃない。警察は組織社会。上の命令は絶対だ。お前の上司は俺だ」

「でも……」

「さぁ、そんなことより、もうすぐ昼休憩の時間だな。今日はどこの店に行きたい? 好きなものを奢ってやるぞ?」


 時枝にはこれ以上話しても無駄だと、須見下は悟った。

 結局、刑事の花形、警視庁の捜査第一課長といえど、上の命令には逆らえないのだと。

 時計を見れば、確かにもうすぐ正午。

 一課長付きの運転手兼秘書のような役割をさせられている須見下は、他の刑事ほど自由に動くこともできず、鑑識課の伊沢に連絡する。

 自分の代わりに葉月に会って、何か真犯人に繋がるものがないか、聞いて欲しいと。


 伊沢も犯人がレオンだとは思っていない為、すぐに葉月と会う約束をし、秘密裏に須見下の捜査を手伝うことにした。

 鑑識課に憧れて警察官になったが、鑑識課の課長も時枝と同じで、いくら伊沢が犯人は別人かもしれないと訴えても聞く耳を持たれなかったからだ。

 葉月が嘘を言っているようにも思えないし、何より鑑識官として自分が納得できていない。



「————それでね、できればでいいんだけど、お屋敷の監視カメラの映像を見せてもらえないかな?」


 喫茶店で新たな遺体が発見されていることを話し、伊沢は葉月にこう頼んだ。

 しかし————


「見せることはできると思います。でも、私、あの家のどこに管理室があるか知らないんです」


 葉月は、その映像がどこで見れるかを知らなかった。

 そこで、伊沢は後日、再び二階堂家を訪ねることを約束し、葉月はそれまでに映像がどこで見られるか調べておくと言った。




 *



「————管理室の場所、ですか?」


 繭子は葉月に聞かれて戸惑った。

 まだメイドとしては日が浅い繭子も、管理室があると聞いたことはあるが場所は知らない。

 近くにいた柴田も、他のメイドも誰も知らないと言った。


「メイド長か、レオンさ……っ」


 つい癖でレオンの名前を出してしまい、慌てて口を押さえる繭子。

 口に出してしまったせいで、レオンのことを思い出し涙目になって、黙り込んでしまった。

 代わりに柴田が言った。


「メイド長なら知っているかと。水沢さん、聞いてきてくれる?」

「はいはい、聞いてきます!」


 すぐに繭子は薫を探しにその場から離れた。

 葉月は、繭子が泣いていたように見えて、首をかしげる。


「……泣いてる……?」

「ああ、それはですね……」


 柴田はそっと、他のメイドたちには聞こえないように、耳元で葉月に話した。


「水沢さん、実はレオンさんに片思いしてたんですよ。それが、あんなことになってしまったから……」

「なるほど……だから、なんだか最近元気がなかったのね……」


 葉月は納得した。

 想いを寄せていた男がまさか、殺人の容疑者だなんて、いくらあの能天気な繭子でもショックだったろうと……


 しばらくして、繭子は薫と共に葉月のところへやってきた。

 こうして並んでいるのを見ると、やはり一応血は繋がっているようで、顔は少々違うが、身長や体型がそっくりな二人。


「葉月お嬢様、管理室に、一体なんのご用ですか?」

「監視カメラの映像を見たいの。気になることがあってね」


 薫は一瞬、葉月の目を訝しげに見たが、すぐに視線をそらし、一礼しながら答える。


「かしこまりました。では、ご案内いたします」


 案内された管理室は、薫が使っている部屋のすぐ隣だった。




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