もうどうしてこうなのかわからない。

 グレーのセーラ服も、赤い三角ネクタイも、あの十二枚の絵も、どこにもない。

 これじゃぁ、どんなに私が見たって主張しても、誰も信じてくれない。

 やっと、私の話を信じてくれる人が現れたのに……

 これじゃぁ……


 ————嘘つき。


 誰かにそう言われたような気がした。

 実際は、誰一人言葉を発していない。

 ただ、空になった壁の棚を見つめているだけなのに。

 私は怖くて、両手で耳を塞いだ。


 私は、嘘をついてなんかいない。

 全部見た。

 この目で、確かに見た。


 それなのに……

 それなのに……


 ————全部あなたの見間違いよ。

 ————全ては妄想。あなたは疲れているの。


 誰の声だ。

 わからない。

 私に語りかけるこの声は、誰だ。

 頭の中で、誰かの声が響く。


 ————そんなに人の関心を引きたいの?


 違う、違う、そうじゃない。

 私はこの目で、見た。

 見たの…………!!



「————移動させられたみたいだね」

「え……?」


 また怒られる。

 そう思って、下を向いた私の耳に、鑑識の伊沢さんの声が届いた。


「ここ見て。ここだけ埃が不自然に落ちてる。ここにあったものを移動させた証拠」


 伊沢さんは棚の埃の形状を見て、そう判断した。

 須見下さんも同じ考えのようで、顎に手を当てて何か考えている。


「全部の窓に鍵がかかっているし、入り口は玄関しかない。っということは、誰かが俺たちの来る前に移動したんだな。葉月ちゃん、今日俺たちがここに来るって話は、他の誰かにした?」


 私は大きく首を横に振った。

 そんな話、していない。

 言われたのは昨日で、私は本当に来てくれるとは思っていなかったから……


「さっきお二人が来た時にいたメイドに話しただけです」

「うーん、それなら、葉月ちゃんが離れの絵の存在に気づいたことを知った人物がやったんじゃないかな? 葉月ちゃんがこの離れに入ったのは、今日で何度目?」

「二回目です」


 元旦に入って、その後今日までの五日間、私はここへは来ていない。

 絵を運び出している人を見た覚えもなかった。

 須見下さんはさらに質問を続ける。


「その絵の大きさはどのくらい?」

「あの、暖炉の上にあるのと同じくらいです」

「全部同じ?」

「そうだと思います。縦横の違いはありましたけど……」

「それを十二枚となると、一人で移動するなら何度か往復しないといけない。出入り口は玄関だけ……それに、鍵を持っていないと当然だけど出入りできない」


 いつ移動したのかは流石にわからないけど、須見下さんのいう通り、この離れからどこかへ移動するなら、その様子を目撃していた人がいるかもしれない。

 裏庭には離れ以外に大きなものを保管できるようなものはないし、屋敷内に運んだのであれば、誰かが見ているはずだと、須見下さんは考えているみたい。

 塀は防犯対策のために高く設定されている。

 絵を持ってよじ登るのも難しい。


 部屋の中央にあるイーゼルの周りをぐるぐると歩いて周りながら、須見下さんは歩いていた。

 きっと、考えを整理しているんだろうと私は思った。


「ん……ちょっと待って」


 でも、そんな須見下さんの動きを伊沢さんが止める。

 そして、床に右耳をぴったりと当て、コンコンと叩いた。


 何度かそれを別の箇所で繰り返した後、伊沢さんは床に敷かれていた絨毯を勢いよくめくり上げる。


「お、おい、何だよ急に!!」

「いいから、そこどいて!!」


 半分以上めくったところで、中央のイーゼルが大きな音を立てて倒れる。


「あ……」

「やっぱりね……」


 絨毯の下に、隠し扉があった。

 部屋の中央、イーゼルが立っていたそのすぐ真下の位置に。


「途中で足音が少し変わったから、変だと思ったのよ。それにこの感じだと、最近も開けられた形跡があるわ」

「確かにそうだな……————よし、開けるぞ」


 須見下さんが取っ手を引き上げ、中を確認すると、そこには階段があった。

 ライトで照らしてみると、かなり底が深いみたい。


「俺が異常がないか先に見て来る。ちょっと待ってろ」

「え、私も行きたいんだけど……!?」

「馬鹿か。犯人が潜んでたらどうするつもりだ。それに、全員下に降りた後、この扉を閉められでもしたら、二度と出てこられないかもしれないだろ?」

「うーん、それもそうね」


 須見下さんは左手にライト、右手に警棒を持って階段を降りていく。

 上からだと、その階段の先に何があるか全然確認できなかった。

 でも、これだけはわかる。

 多分、すごく広い。


「おーい、須見下! まだぁ?」


 五分くらい経っても、須見下さんは戻ってこなかった。

 伊沢さんの声に、返事もしない。


「え、まさか、死んだ?」


 伊沢さんは冗談なのか本気なのか、不安になるようなことばかり言っている。


「犯人と交戦中? 爆弾でも仕掛けられた? 声を発したら爆発するとか?」


 多分、映画か何かの設定だと思う。

 私は不安と心配でいっぱいだった。

 それからもうしばらくして、須見下さんは戻って来た。


「————やべぇぞ、この地下」


 階段からじゃなく、離れの玄関から……


「え!? なんでそっち!?」

「地下にでかい部屋が一つ。それから、外につながる通路もあったんだよ。そこからなら、この離れの鍵がなくても出入りできる。それより、重要なのは……」


 須見下さんはスマートフォンで撮った、地下の部屋の写真を私たちに見せた。


「十二枚の絵、葉月ちゃんが言ってた通りだ。これ、三人目の被害者・松本まつもと愛来あらいの時と確かに同じだ。それに、指……ああ、これは葉月ちゃんは見ないほうがいい」

「え?」

「ちょっと、中学生が見ていいようなもんじゃないからな……」


 須見下さんは伊沢さんのスマートフォンに写真を転送する。


「被害者たちの、なくなった薬指だ。一つ一つ瓶の中に、ご丁寧に番号付きで保管されてた」


 聞いただけで、恐ろしさに背筋がゾッとした。

 二階堂家の離れ……その地下室に、殺された人たちの指があるなんて……————


「地下の通路は、この家の塀の向こうに繋がっていた。それに、地下室の床にも壁にも、血痕が残ってる。ここまで状況が揃っているんだ。サイコ野郎が被害者を殺したのはここだろうよ。徹底的に調べろ。一課長にも報告する」


 須見下さんは、伊沢さんから視線を私に線を移すと、笑顔で言った。


「葉月ちゃん、君が話してくれたおかげだ。ありがとう。犯人は必ず、俺たち警察が捕まえる」

「はい……」


 信じてもらえた嬉しさと、犯人が二階堂家に潜んでいた怖さ……色々な感情が混ざり合って、私は涙が止まらなかった。

 これでもう大丈夫。

 おかしいのは、私じゃない。

 お姉ちゃんが犯人に狙われることもない。


 よかった。

 本当に、よかった。



 だけど……————


 須見下さんと伊沢さんから地下室の捜索について説明を聞いて、お母さんは、とても不機嫌そうな顔で私を見る。


「はぁ? 家宅捜索……何よそれ、本気で言ってるの? 冗談じゃない! 私は知らないわよ、そんなもの」


 面倒なことをした、余計なことをした……そんな目で、お母さんは私を睨みつけた。

 久しぶりに目を合わせてくれたのに、私に向けられたのは、明らかな嫌悪の目だった。


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