須見下は、鑑識課の伊沢いざわ遥香はるか巡査部長を連れて二階堂家に現れた。

 葉月はまさか本当に来るとは思っていなったため、驚きながらも近くにいた柴田に離れの鍵を珠美からもらって来るように頼み、今、三人で離れの前で届くのを待っている。


「さすが二階堂家ね。これじゃぁ家っていうよりどっかの高級ホテルみたい。裏庭っていっても、すごい広いじゃん。この離れだって、築年数はかなり古そうだけど平屋だってだけで普通に一軒家くらいの大きさだし」


 遥香は一通り離れの外観を見た後、右手で眼鏡フレームの端をつまみ、クイっと上にあげ、ジッとドアノブを見つめる。


「ピッキングの跡は見た感じないね。傷はあるけど、これは普通に使っていればつく程度の傷だし」


 遥香は須見下の警察学校時代の同期だ。

 小学生の頃、刑事ドラマを見ていて刑事ではなく、鑑識の仕事に興味を持ち警察学校に入った。

 なんとなく警察学校に入って、なんとなく刑事になった須見下とは違い、非番の日でもいつでも作業できるように鑑識セットを持ち歩いている変わり者である。

 特に鑑識の制服が好きなのだが、さすがに非番の日に着て出歩くのは目立ちすぎるため、普通の女性用のスーツを着用しているが、できることなら四六時中鑑識の制服を着ていたいと思っている。


「鍵を持ってないと入れなさそうだけど……それで、この中にその絵があるって?」

「はい、壁にキャンバスが並んでいる棚があって……その一番下の段に」


 初対面だというのに、遥香はまるでずっと前から知り合いだったかのように気さくに葉月に話しかけてくれて、葉月は少し気が楽になった。

 人見知りをするタイプではないが、自分から話しかけるということをあまりしないのだ。

 話題を振られた方が話しやすい。


「なるほどね。で、あの焼却炉で血まみれのセーラー服を見て、さらに三角ネクタイを見つけたってわけね?」

「はい、この辺りに」


 葉月が三角ネクタイの落ちていたあたりを指し示すと、まるで名探偵かのように「ふむふむ」と口に出して言う遥香。

 一方で須見下は、葉月が指し示した場所の前にしゃがんで地面を見る。


「君が子猫を拾ったのは、12月26日……ということは、もう一週間以上経ってる。その間に雪も降ったし、ここから物証を探すのはさすがに難しいかもな……」

「そーね。そうなると、やっぱりこの離れじゃん? 焼却炉の方も、このタイプは完全燃焼するまで焼き尽くすものだろうし……セーラー服の一部でも残っていれば、科捜研ならどうにかいけるかもしれないけど…………可能性としてはかなーり低いわ」


 葉月は少し胸が熱くなって、手を当てる。

 嬉しさと興奮で涙が出そうだった。


 今まで、葉月の話をここまで真剣になって聞いてくれた大人はいない。

 二階堂家の娘とはいえ、所詮は子供の言うことだと、真剣に考えてもらったことがない。

 誰も葉月の話を、最後までちゃんと聞いてはくれなかった。

 だからこそ、自然とあまり自分から話すことはしなくなり、葉月の口数も減っていった。


 なにか明確に悪意を向けられたわけではない。

 ただ、みんな美月のことしか見ていないし、美月の話しか聞いていないのだ。

 二階堂家の使用人たちも、病院の関係者も、学校の先生もクラスメイトも、みんな、美月の機嫌だけ取っておけばいいと思っている。

 腐れ縁の隼人だって、美月と葉月のどちらか選べと聞かれれば、迷うことなく美月を選ぶだろう。


 いつも美月と葉月の意見が割れる場合、みんな美月の意見に賛同する。

 みんなわかっている。

 美月が将来、二階堂家の主人になることを……

 だからもう、子供の頃からずっと、美月の機嫌さえ損ねなければ将来は安泰。

 何不自由することなく、二階堂家の使用人として、二階堂総合病院の関係者として、甘い蜜を吸い続けられる。

 葉月は、美月のおまけでしかない。


 そういうやましい考えも、忖度そんたくもなしに接してくっれる人は、初めてだった。

 それが二人もいる。



「————お待たせしました!」


 息を切らしながら、柴田が鍵を持って現れた。

 葉月は鍵を受け取り、鍵穴に差し込んだ。


 右にひねるとガチャリと音がして、空いたのを確認すると須見下がドアを開ける。

 犯人が潜んでいる可能性もあるからと、警棒を持って中を確認。

 今日は午後から非番ということになっている。

 いくら警視庁の捜査一課長付きの刑事とはいえ、非番の刑事に拳銃の携帯は許されていなかった。


「……誰もいないな」


 離れの中は須見下が思ったより綺麗で、暖炉の上にある袴姿の女学生の絵と目があった。

 芸術方面にはまったく興味がない須見下の目にも、その絵はとても美しく、心惹かれるものがある。

 須見下の後に続いて、遥香と葉月も中に入る。

 柴田も、そのさらに後ろから、初めて離れの内部を珍しそうに眺める。


「それで————例の絵があるのは…………ああ、この棚ね?」


 いくつもキャンバスが側面をこちらに向けて並んでいる棚を見つけ、遥香は近づいた。

 しかし————


「ない……」


 葉月は目を大きく見開き、驚きの表情で立ち尽くす。


「どうして……!? ここにあったのに…………なんで————!?」


 左手の薬指がない、セーラー服の少女の絵。

 一番下の段にあったはずの十二枚の絵が、なくなっていた。


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