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「あくびの刑事さんって……失礼な」
「だって……」
その印象しかなかった。
急に隣に座られて、声をかけられて驚いたけど、一昨日時枝さんの後ろに立っていた若い刑事さんだ。
「あの時は、まぁ……確かにしてたかもだけど…………俺は須見下。こんなんでも一応、捜査一課の刑事だから」
若い刑事さんは胸ポケットから【警視庁捜査第一課 巡査部長 須見下亮】と書かれた名刺を出した。
「それで、さっきの話はなんだ? 離れの絵がどうとか、再現しているとか……————君のお姉さんは、そんな話一切していなかったぞ?」
「え……? 話していないんですか?」
私はてっきり、私が話したことを全部お姉ちゃんは時枝さんにも話していると思っていたから、驚いた。
どうして……そんなこと……
「君が見たもの、感じたこと、全部初めから話してくれないか? 俺は人づてに聞く話って、あまり信用できないタチでさ。間に人が入ると、どうしたってそいつの主観が入ると思ってるから」
須見下刑事は、学生時代にそういう経験があったらしい。
自分の話した言葉が、いつの間にか全く違うものになっていて、誤解を解くのに苦労したんだって……
「私の話、信じてくれるんですか?」
「信じるも何も、それは聞いてから決めるよ。それで、何があったの?」
この人なら、私の話をちゃんと聞いてくれそうな気がして、私は最初から全部話した。
焼却炉で見つけた血まみれのグレーのセーラー服。
裏庭に落ちていた赤い三角ネクタイ。
離れにある絵のこと。
お姉ちゃんに話した後、三角ネクタイが消えてしまったこと。
二階堂家の使用人が犯人なわけがないと、だれも信じてくれないこと……
「うーん、なるほど……」
須見下刑事は、私の話を全部聞いた後考え込んでいた。
「……これは俺のカンだから、間違ってたら別にいいんだけど、あのお姉さん、君の見たものが全て妄想だって、わざと思わせているような話し方だった気がする」
「そんな……お姉ちゃんが? なんのために?」
「……今の所考えられるのは、君の言うように二階堂家に出入りしている人間が犯人だと知っていて、かばっている……か————それか、君が事件に巻き込まれないためだよ」
「……え? 私が?」
「相手は、六人も殺している殺人鬼だ。君が何かしら情報を俺たち警察に提供して、それが犯人に繋がるものだったら……? 君が犯人に殺される可能性だって、あるんじゃないか?」
「それは……そうですけど……」
確かに、それも一理ある。
お姉ちゃんは、私を事件から遠ざけようとしている。
私に何かあったら……って、本当に、そう考えて、私を思ってのことなのか————可能性はある。
「……でも、それじゃぁ、犯人はいつまで経っても見つからないな。その離れの絵、俺に見せてくれないか? 君の言う通り、犯人がその絵の通りに人を殺しているのなら……犯人はその絵を見たことがある人物ってことになる。それだけでも、無数にいる二十代から四十代の男って曖昧な犯人像からは、だいぶ絞られるだろう?」
須見下刑事は、二階堂家に出入りしている使用人の中にいる可能性ももちろん捨てきれないけれど、ほとんど誰も立ち入っていない場所なら、全く無関係な犯人が潜伏していても気づかれないんじゃないか、と言った。
知らぬ間に空き家に人が住み着いていたって事件は、どこにでもある話らしい。
つい最近も人のいるアパートの屋根裏部屋に、窃盗犯が住んでいたって事件があったとか……
「その離れがある裏庭に、防犯カメラとかはついてるか?」
「裏庭に続くドアになら、あったと思いますけど…………離れには多分ないかと」
正直、私は家のどこに防犯カメラがついているかは知らない。
前にダミーもいくつか混ざっているって、聞いたことはある。
管理室があるから、そこにいけば防犯カメラの映像は見れると思うけど……でも特に用事もない私は、その管理室が家のどこにあるか知らなかった。
繭子さんに聞けばわかるかもしれない……
日吉さんなら確実だろうけど、そんなこと聞いたら、きっと、まだ二階堂家の使用人を疑っているのかって、怒られそうで怖い。
「それなら、部外者が侵入していてもおかしくはない。君が拾ったっていうその猫だって、どこから来たのかわかってないんだろう?」
「そうですね……誰かに捨てられたのか、自分から迷い込んだのかもわからないです」
「とにかく、その離れの絵、見せてくれないか? 明日にでも一課長と一緒に確認しに————……いや、まずは俺一人で行った方がいいか」
須見下刑事は顎に手を当てて、何か考えこんで渋い顔をしてる。
眉間にシワがよって、
「…………」
「あ……あの……」
急に無言になってしまったから私が慌てると、少しして自分の中で答えが決まったみたいで表情が戻る。
「今日は無理だけど、明日の昼からなら行けるな。その離れ、明日見せてもらってもいいか?」
「え……ええ、いいですけど」
離れの鍵はお母さんの部屋にあるって聞いた。
繭子さんか柴田さんに頼んで、借りてきてもらえばいい。
わざわざ日吉さんを呼ぶ必要もない。
「君の話を信じるかどうかは、その絵を見てから判断することにするよ。さすがに物証がないものを、一課長に提出するわけにもいかないから」
そうして、次の日、隼人のお姉さんの告別式が終わった後、須見下刑事は本当に二階堂家に来た。
大きなアタッシュケースみたいな箱を持った、眼鏡の女性を一人連れて————
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