4 Ally



 篠田娘々ここの通夜が行われたのは、1月4日の夜。

 彼女の母親は、これ以上娘の体に傷をつけて欲しくないと泣いていたが、連続殺人事件の被害者ということで、遺体は司法解剖に回されたあと遺族の元へ返された。

 死因は失血死。

 紺色のセーラー服のひざ下までの少し長めのスカートで隠されていた彼女の太ももには、鋭い刃物で切られた跡がいくつかあり、そこから大量に出血したものと思われる。

 赤いリボンが結ばれていた両手両足首には、細いロープで縛られていた跡があった。


 また少量だが残された血液からは、他の被害者と同じように睡眠薬の成分も検出されている。

 偶然見つかったドライブレコーダーの映像からもわかるように、彼女は犯人に薬で眠らされ、車でどこかに運ばれて、数日間どこかで監禁された後に殺されたようだ。

 車のナンバーは映像に映っていなかったが、解析チームにより別の映像から特定できた。

 しかし、それは偽装ナンバー。

 車種はどこにでもある黒いミニバン。

 犯人が彼女に薬を飲ませていることから、顔見知りの可能性もあるため、会場には数人の刑事が参列者の中に紛れて目を光らせている。


 犯人は男。

 運転免許を持っていることから、十八歳以上。

 女性一人を軽々抱きかかえられるほどの筋力があり、身長はおよそ175cm前後。

 二十代から四十代くらいの間ではないかと思われる。


 血は繋がっていないとはいえ、シノダ製薬社長の娘の葬儀には、多くの参列者がいた。

 その全員の中から怪しい人物を見分けるのは、至難の技だ。

 そもそも、この参列者の中にいない可能性もある。


 それでも、この猟奇的連続殺人事件の星をあげたい。

 捜査第一課長・時枝正道警視正は、この日自ら通夜に参列していた。


「いいか、少しでも不審人物がいないか確認するんだ」


 犯人は現場に戻ってくる。

 時枝はそれを確信している。

 遺体が発見されたあの現場に多くいた野次馬の中に、参列者がいるかもしれない。

 時枝がこれまで経験してきた殺人事件の多くは、皆、必ず何かしら共通点があり、犯人は被害者と顔見知りによる犯行の可能性が高い。

 殺人事件の捜査で大事なのは、どんなに些細なものでも、被害者と犯人の繋がりを見逃さないことだ。


「本当にいるんすか? 相手は六人も殺してるんすよ? とんだサイコ野郎じゃないすか」

「いや、いる。いいから、俺を信じろ」


 時枝の隣に座っていた須見下すみしたりょう刑事は、そんなの昔の話で、海外で起きたようなサイコパスによる猟奇的犯行だと疑っている。

 サイコパスには、時枝がこれまで現場で培ってきた経験なんて通用しない。

 全く予想外の行動を取ることだって十分に考えられる。

 それに、昔と違って今は自分の犯行————彼らにとっては作品を世界中のどこにいても確認できる時代だ。

 スマートフォン一つで、誰もがそれを写真や映像に収めることができる。

 これだけ世間で話題になっている事件だ。

 わざわざ現場の様子を確認しに行かなくても、勝手に誰かが知らせてくれる。


「そういうもんすかね……」


 正直、納得はいっていない。

 だが、この捜査一課長に引き抜かれ、専属車両の運転手をしつつ、常にそばにいなければなららない須見下は、彼の命令に逆らうことはできなかった。


 仕方なく言われた通りに会場にいる参列者を見渡す。

 しかし、やはり人が多すぎて、刑事としての経験の足りない須見下にはこの中から容疑者を見つけるなんてことはできない。

 捜査一課に引き抜かれる前に、交通課で行なっていたスピード違反の取り締まりとは勝手が違う。


 その代わり、会場に一際大きな花輪が運ばれているのが目についた。

『二階堂総合病院』の院長から送られた花輪は、おそらくこの中で一番高い。

 菊、百合、蘭の三種類でしか構成されていないシンプルなものだったが、一番大きく、目立つ場所に式場のスタッフが大慌てでセッティングし直している。


 僧侶が経を読み上げ、焼香を促すと、真っ先に祭壇の前に立ったのは、その二階堂総合病院の院長・二階堂章介だった。

 章介は時枝にとって命の恩人。

 須見下も何度か時枝が参加した会食の場で見たことがあるし、警察病院には研修医時代にこの二階堂総合病院で働いていた医師も多く、警察幹部にも二階堂総合病院の患者がいて、昔から関わりが深い。


 先日、警視庁に直接、美月が訪ねてきたことに須見下は本当に驚いた。

 世話になっている院長の孫娘とはいえ、部外者に捜査状況を話すだなんて……一課長は一体何を考えているのか、須見下にはわからない。


「あ……」

「ん? どうした、須見下。誰か不審な男でもいたか?」

「あー、いえ、なんもないっす」


 須見下は焼香の順番を待つ人の中に、景星学園中学の制服を着た女学生を見つける。

 あれは院長の孫……妹の方で、名前は二階堂葉月だと気がついた。

 篠田娘々ここの弟が景星学園中学の三年生だったことを思い出し、同級生の姉だから親しくしていたのだろうかと思う。


 しかし、そんな話はあのとき出ていなかった。

 二階堂葉月は五人目の被害者・山下希星きてぃの制服を自宅の焼却炉で見たと言っていたが……篠田娘々ここについては何も言及していなかったし、事件の話は途中から時枝の甥である影山の話に変わっていた。

 姉の美月は楽しそうに時枝たちの話を聞いていたが、葉月は終始下を向いて、暗い顔をしていたなと思い出す。


 通夜が終わり、親族と数名残った参列者たちに夕食が振舞われる。

 その席でも、刑事たちは目を光らせていた。

 もちろん須見下も、時枝がまだそこにいるため帰ることもできない。


「一課長すみません、一瞬、一服して来ていいっすか?」

「ん? ああ、いいぞ。だがあまりあまり吸い過ぎるなよ?」

「わかってますよ」


 喫煙所を探して案内表示の通り歩いていると、須見下は自動販売機のベンチに前に座っている葉月を見つける。

 その隣には、被害者の弟の隼人。


「————誰も信じてくれないって……なんでだよ。美月は?」

「お姉ちゃんも同じよ。私が見たものは、全部、見間違いだって」


 盗み聞きをするつもりはなかったのだが、須見下は反射的に柱の影に隠れていた。


「たとえ、焼却炉で見たグレーのセーラー服が見間違いだったとしても、それじゃぁ、あののことはどう説明するの? 全部同じだったのよ? 使われている花も、リボンだって、あの絵をそのまま再現しているとしか思えない……」

「それじゃぁ、お前の家の使用人の誰かに、殺されたのか? 姉さんは……」


 離れの絵について、須見下は一切聞かされていない。

 美月が警視庁を訪ねて来て時枝にした話に、そんなものはなかった。

 被害者の顔がみんな美月と似た系統の顔で、美月が狙われるのではないかと思っているとか、焼却炉で血まみれの制服を見たとか、そういう話だった。

 離れの絵の話なんて、聞いていない。


「————隼人、ちょっとこっちに来てくれる?」


 須見下が隠れれいる柱とは反対側から隼人が母親に呼ばれて、祭壇の方へ戻って行き一人になった葉月。

 その空いたベンチに須見下は座った。


「離れの絵って、なんの話?」


 突然声をかけられて、驚いた葉月の瞳は大きく揺らいだが、須見下を捉える。


「————あくびの刑事さん?」



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