「にゃー」


 ココの鳴き声で、私は目を覚ました。

 昨日の夜、お姉ちゃんと話をして、繭子さんが紅茶とプリンを持って来てくれて……

 そのあとの記憶が、あまりない。


 目は覚めたけど、まだ少し意識が朦朧もうろうとしていて、眠気が残っていた。

 もう少しだけ寝ようと目を閉じた時、今度は外からパトカーのサイレンが聞こえて飛び起きる。


 そうだ。

 今日、警察に行くって、お姉ちゃんと約束したんだ。

 時計を見ると、もうお昼近くで驚いた。

 警察に行く約束をしていたのに、このままだと影山先生が来る時間が迫ってる。


 あれ?

 でも、どうしてパトカーが来てるの?

 お姉ちゃんが呼んだ?


「にゃー」


 ベッドから降りて、不安そうに鳴いているココの頭を撫でる。

 そうしていたら、近づいていると思っていたサイレンの音は、遠くなっていった。

 たまたま、近くを通りかかっただけみたい。


「ごめんね、ココ。お腹すいたよね」


 ココに餌をあげて、私はパジャマから普段着に着替える。

 早くお姉ちゃんと一緒に、警察に……

 そう思って部屋を出ると、部屋の前に繭子さんが立っていた。


「わっ! 葉月お嬢様! 急に出てこないでくださいよ! びっくりするじゃないですか!」

「……ご、ごめん。って、知らないわよ。こんなところに立ってた繭子さんが悪いでしょ?」

「私はただ……お嬢様が中々起きてこられないので、心配になって様子を見に来ただけですよ。ノックしようと思ったら、急にドアが開くんですもん……」


 繭子さんはドアを叩こうとして握っていた右手を見せながら、口を尖らせている。

 たまたまタイミングが重なっただけなのに、そんな顔しなくても……


「まぁ、起きられたならいいんですけど……びっくりしましたよ、いつもの朝食の時間にも起きてこられないから、どこか具合でも悪いのかと……」

「それはないわ。ただ、すごく眠かっただけ」


 きっと、お姉ちゃんに全部話したから、安心して気が抜けたんだと思う。

 流石に影山先生とお姉ちゃんの関係を知ってしまったことは、言えなかったけど、この二階堂家の中に連続殺人犯がいるって、わかってもらえて嬉しかった。

 やっぱり、私にはお姉ちゃんしかいない。

 頼りになるのは、いつだってお姉ちゃんだけなんだ。


「朝食にします?」

「いや……それより、お姉ちゃんと行くところがあるから……」


 私は隣のお姉ちゃんの部屋のドアをノックしようと、一歩踏み出した。

 でも……


「美月お嬢様なら、出かけてますよ?」

「え……?」

「九時過ぎくらいでしたかね? 朝食をお食べになった後、レオンさんと一緒に車で……」


 私が起きる前に、お姉ちゃんはレオンと一緒に家を出ていた。

 繭子さんは、お姉ちゃんの行き先は知らない。


「今日からデパートで初売りが始まりますし、福袋でも買いに行かれたんじゃないですか? 毎年人気ですからね、美月お嬢様がよく行かれるダイオウデパートの福袋は……私も、今日がお休みだったら買いに行きたかったんですけど」


 まさか、お姉ちゃんが福袋なんかに興味があるはずがない。

 私もお姉ちゃんも、ダイオウデパートの福袋がただの在庫整理だってことは知っている。

 小学生の頃、同じクラスにダイオウデパートの社長の娘がいて、「あんなものに食いつくなんて、本当に庶民は愚かよね」と言っていたからだ。


 私たちと同じく裕福な家に生まれた割に、そういう品格のないことを平気でいう嫌な子だった。

 丸々太っている顔も不細工で、あの当時、多分あの子はクラスのみんなから嫌われていた。

 今どうしてるか知らないけど、不登校になって学校に通ってないとか、そんな話を聞いたこともある。


 本当の名前は忘れてしまったけど、ちゃん。

 英語を習っていたと得意げな誰かが、その子のことを影でそう呼んでいたのを思い出した。

 って意味らしい。

 私の大好きなプリンに、そんな意味があるなんて……と思っていたけど、丸々太って、いつもピンク色の服を着ていたから、私は最初そっちの意味よりポケモンから来てるんだと思ってた。

 そのプリンと違って、全然可愛くはなかったけど。


「繭子さんって本当に……」

「……え? なんです?」

「……なんでもないわ。それじゃぁ、朝食を用意してくれる? っと言っても、もうすぐお昼だけど」

「はーい、かしこまりました。お部屋で食べます?」

「うん、そうするわ」

「了解です!」


 繭子さんて本当に、のんきでいいわね————そう言いたくなったけど、やめた。

 きっと、お姉ちゃんは私が起きてこないから、先に何か別の用事を済ませに行ったんだと思う。

 帰って来たら、警察に一緒に行ってくれるに違いない。


 私は自分の部屋に戻った。

 そして、いつでも持っていけるように、あの赤い三角ネクタイを袋に入れようと、引き出しを開ける。


「あれ……?」


 そこに入れていたはずの、三角ネクタイがない。

 畳んで入れておいたのに……昨日、お姉ちゃんに見せた時は確かにここにあった。

 その後……私、どうしたのか…………思い出せない。

 別の引き出しに入れたかも……


 そう思って、机の引き出しを全部確認した。

 でも、どこにもない。

 クローゼットの引き出しも見た。

 しまいそうな場所、置きそうな場所は全部探した。

 でも、見つからない。

 どこにもない。


「どうしよう…………」


 物的証拠。

 あれがなければ、警察に行っても意味がない。


「なんで……?」


 嫌な予感がした。

 誰かが、私の寝ている間に持って行ったんじゃないか……


 誰か……

 そんなの、犯人に決まってる。


 芸術アート連続殺人事件。

 その犯人以外、あの三角ネクタイを持っていく理由がない。

 犯人につながる手がかりが残っているかも知れない、山下希星きてぃさんの血がついた三角ネクタイ。


 この部屋に、それがあるのを知っているのは————


「————お姉ちゃん?」


 でも、犯人は男。

 お姉ちゃんなわけがない。

 ありえない。

 そんなこと、ありえない。


 自分の考えを必死に否定していると、車のエンジン音が聞こえて来た。

 この音は、レオンが運転する車の音だ。


 窓から玄関の方を見ると、予想通りレオンの車が停まっている。

 お姉ちゃんが帰って来た。





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