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最近、葉月の様子がおかしい。
美月がそう感じるようになったのは、冬休みに入って間も無くだった。
双子なのに全く似ていない姉妹。
それでも、美月にとって葉月は唯一の妹だ。
どんなに見た目が違おうが、
祖母の和子が生きていた頃は、同じ部屋で、同じ服、同じ食事、同じベッドで眠っていた二人。
小学生になってから少しして、そこでやっと自分の部屋をそれぞれ与えられたが、一人で眠るのは寂しくて、美月は慣れるまで何度も葉月の部屋に来ては、二人一緒に朝を迎えている。
世間がなんと言おうと、美月は葉月を可愛い妹だと自慢している。
葉月は楽観的な自分よりも、いつも一歩後ろから物事を冷静にじっと見ている子で、これじゃぁどちらがお姉さんかわからない————なんて、思ったこともさえある。
大切な家族だ。
幼少の頃から美月はこの家の誰からも愛されていると感じていたが、唯一、和子だけは違ったのを今でも覚えている。
誕生日の朝、目覚めると隣で寝ていた葉月の姿がなくて、レオンに尋ねると、和子と一緒に贔屓にしているデパートに出かけたと言われた。
美月は「私も一緒に行きたい」と何度もレオンに頼んだが、レオンは苦笑い。
その代わり昼近くに起きて来た珠美と一緒に別のデパートに行こうと車に乗せられた時、ちょうど和子と葉月が屋敷に戻って来て、車を降りているところを車窓から見ていた美月。
メイドがデパートの紙袋や箱をたくさん抱えて運んでいる中、和子に抱かれていた葉月は、歩き疲れて眠っていた。
愛おしそうに葉月の寝顔を見つめる和子の顔を見て、美月は気がついた。
自分は、祖母に愛されていないのだと。
皆に可愛い可愛いともてはやされて来たが、和子だけは美月を愛していないのだと気がついた。
二階堂家の大人は和子だけが、葉月の味方だった。
それなのに、和子は死んでしまった。
葉月の味方は、いなくなってしまった。
だからこそ美月は、可哀想な葉月の味方に、自分がならねばと思った。
もうこの家の誰からも、一番に思われることのない妹を、私が守らなくては、と。
中学生になると、二人にはかなりの学力の差があることがわかって来た。
しかし家庭教師は、常に美月のレベルに合わせて授業をする。
そのせいで葉月が可哀想だと思った美月は、自ら葉月には別の先生を手配してほしいと祖父に頼んだ。
そうして、影山が来てから葉月の成績はぐんと伸びる。
美月は嬉しかった。
自分がしたことが、葉月の役に立ったのだと。
それに、影山が来てから少しだけ、葉月は以前より明るくなったような、そんな気がしていたのだ。
だが、冬休みが始まってすぐ、葉月に何かが起きたようで、いつもと違うと、美月は本能的に感じ取った。
暗い表情。
いつもなら足を踏み入れない裏庭への散歩。
子猫を拾って、自分の部屋で飼うと言い出したこと。
以前の葉月なら、「受験勉強で忙しいのに子猫なんて飼っている暇がない」と言うはずだった。
葉月は何よりも、勉強を優先していた。
それが、今は勉強よりも何か他のことに関心があるようだと、美月は感じていた。
一体何が、葉月をそう変えたのか、美月は気になる。
いつも自分の思った通りに行動していた葉月が、急に予想外の言動をとるようになって来ている。
美月は理由が知りたかった。
それで、子猫の様子を見に来たという口実で、葉月の部屋を訪ねようとドアをノックする。
しかし、反応がなく、不審に思って中に入ってみれば、葉月はスマートフォンで何かを夢中になって見ている。
「葉月、何してるの?」
「お、お姉ちゃん……!?」
驚いて葉月が落としたスマートフォン。
拾って画面を見ると、それは今世間を騒がせている連続殺人事件の被害者が、犯人と思われる男に運ばれる様子が映った動画だった。
しかし、顔は全く映っていない。
「隼人くんのお姉さんが被害にあったんでしょう? 早く犯人が見つかればいいけど……これだけじゃ、ねぇ?」
葉月がこんなものに興味を持つとは意外だと美月は思っていた。
スマートフォンだって、何日か前まで受験勉強の妨げになるからと、あまり触らないようにしていたことを美月は知っている。
葉月が興味を持ったのは、知り合いの家族が被害にあったから……という理由でもないようで————
「————私、犯人は、二階堂家に出入りしていると思うの」
葉月は、机の引き出しから赤い三角ネクタイを出して、震える声でそう言った。
焼却炉で見たグレーのセーラー服のこと、拾った三角ネクタイのこと、あの離れにある絵のこと。
話を聞いて、やっと、なぜ葉月が変わったのか理解する。
「日吉さんに話したけど、信じてはくれないし……それに、お姉ちゃんだって、犯人に狙われるかもしれない。やっぱり、警察に全部話した方がいいのかな?」
葉月は、今にも泣き出しそうに瞳に涙を溜めながら、美月に尋ねた。
美月は、葉月から三角ネクタイを受け取ると、空いている手で愛しい妹の頭を撫でる。
「それで、様子がおかしかったのね? 大丈夫よ、葉月。私は、あなたの話、信じるわ」
「お姉ちゃん……」
葉月の瞳から、こらえきれずに涙が溢れ出る。
「一人で抱え込んで、怖かったわね。ごめんね、お姉ちゃんがもっと早くに気づいてあげられなくて……」
「ううん、信じてくれた……それだけで……————」
「今日はもう遅いから、明日、一緒に警察に行きましょう? レオンに頼んでおくわ。ね?」
「うん、わかった」
美月は三角ネクタイをたたんで自分のポケットにそっと入れると、もともとそこに入っていた白い花柄のハンカチを代わりにだし、葉月の頬を伝う涙を拭いてあげた。
「大丈夫よ。泣かないの。あぁ、それとね、さっき繭子ちゃんに頼んでおいたんだけど……」
「なに?」
「今日のパーティーで余ったプリンをね、持って来てくれるって。食べるでしょ?」
「プリン?」
「甘いもの食べて、気分転換しましょう。ね?」
似ていない双子の姉妹。
だけど、この二人の好物は同じだ。
「うん……」
母親の珠美と同じ、表面は少し苦いけど甘くて美味しい、シェフ特製の焼きプリン。
それからすぐに葉月の部屋のドアがノックされ、繭子がロイヤルコペンハーゲンのティーセットと一緒にプリンを持って来た。
「まだまだ余っているので、おかわりが必要だったらいつでも言ってくださいね。まぁ、あんまり食べたら太っちゃいますけど……」
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